おつかい
「あっちー」
僕こと、甲斐田都木は砂漠の中に立っていた。
戦闘用の軍服を羽織っているので、体温調整用の冷却器官は備わっているものの顔面には、常に40度近い暑さと周囲の暑さをまとってぶつけてくる容赦のない風が気力を奪ってくる。
もう4年もここに立っているのに、慣れないものだ。
「それじゃ、やってみようか」
「うん!」
本来であれば、振休なのでこんな仕事場に来なくてもいい。
それでもこうして足を運んだのには理由がある。
振休は、家でツチノコのようにひっそりしていたい気持ちがあるにはあるが———。
「アハハハハ!」
満面の笑みを浮かべている、今年で4歳になる少女。
「パパ! それじゃ、やってみるね?」
そういって、彼女の体が淡く発光したのが見て取れた。
刹那。
目の前から少女が消えた。
ことは、数日前。
少女………、スミレちゃんが魔法の覚醒をする兆しが出たためだ。
兆しとは、他人の魔力が可視化できることだ。
最初は驚いたものだ。
魔法の覚醒は、およそ二次成長期に重なるもののはずだ。
それがこんなにも早い段階でくるとは………。
「うーん」
「どうしたの、スミレちゃん?」
「なんか、今の段階だと一部は使えそうだけど………。機能していない部分もあって………。よくわからない」
もしかして、多重魔法使い?
魔法は、一人一つの系統という縛りがあった。
でも、スミレちゃんは違うのかな?
そう思い、日程を合わせて今日という日にどんな魔法が使えるのか練習をしに来たのだ。
とりあえず、ものは試しに防衛局駐屯基地にスミレちゃんを連れてきた。周囲への被害が心配されるが、ことここであれば、特に問題ない。
なぜなら、周囲は広大な砂漠。
中央管制からは、20キロは離れている。
それに地下施設へは頑丈な岩盤で守られている。
さらに三年前のコロニー襲撃事件をきっかけにコロニーへの地下保護の予算が審議され、外殻は衝撃吸収を目的とした耐魔法性のポリマー樹脂系装甲盤が24層も追加された。
だからこそ、スミレちゃんの魔法能力特訓を行うことができるのだ。
が————。
「まさか………予想の斜め上をいったな」
目の前から姿が消える前。
僕の空間認知でおかしなものを感じ取った。
目の前にいるはずのスミレちゃんと同じ反応をもう一つ感じていたのだ。
「もう出てきてもいいよ?」
僕が駐屯地の後ろ側に声をかけると、そこから華やかな顔をしたスミレちゃんが現れた。
一連のことでわかったことがある。
彼女の魔法は『過去旅行』だ。
特定の時間帯に座標を指定して、自分を現在から過去の時間へ移動させる。
というか、魔法の五大課題を今、見せられるとは思いもしなかった。
『生命回帰』、『星の創生』、『次元世界』、『解放者』、そして『時間干渉』。
言わずもがな。
時間に干渉できれば、未来・現在・過去に干渉できれば不可能はないという課題。
………でもうちには、すでに時間に干渉できるメイドがいるのだし、この課題はすでに昔のものだ。
でも、困ったことにスミレちゃん自身の能力はこれだけではない………らしい。
時間の巻き戻しは、ごく一部。
………うーん、僕としては何事もなく過ごしてほしいのだけど。
彼女の将来に一抹の不安を感じながら彼女の魔法訓練を今日は行い続けた。
これで、魔法の暴走が起きたらシャレにならない。
時間は例え一つの事象を変更されても揺り戻しが来る。
僕は、あくまで魔法による『時間』の歪ができないか見守るだけだ。
………最悪、歪が形成されたら僕の全力魔法で帳消しにするしかない。
その回答がもうすぐ出るとは僕はつゆほども思ってなかった。
仕事明け。
心地の良い振動に揺さぶられ、いつの間にか意識を手放していた。
『本日もCR3をご利用いただき誠にありがとうございます。この電車はコロニー中央線各駅停車鷹三行きです』
馴染みのある駅到着のアナウンスによって目が覚めた。
どうやら、また電車内で眠っていたようだ。
『ピポンピポンピポン!』
夜勤明けの電車は、眠気を誘う。
以前は、そのまま目的地を通りすぎていたがさすがに慣れた。
目をこすりながら体を伸ばしていると、アナウンスが再び流れた。
『次はCR3-22、神薙ショッピング前、神薙ショッピング前。お出口は左側です。聡明快速線、アンダームーン工場、全蔵門線はお乗り換えです』
目的地の場所にもうすぐ着くようだ。
窓の外を見る。
窓から人口太陽の光が夜勤明けの目に容赦なく刺さる。
夜通しの仕事明けから戻って来た時にこれだけの光量は、憂鬱な気分にさせられる。
僕が住んでいるところは、内部人口7万人からなる地下都市【コロニー3】だ。
人類はこれまでに環境の汚染を繰り返し、また外敵との遭遇を回避するためこのようなコロニーを建設した。
そして生存している人類のほとんどは、地下に住むようになった。
このコロニー3は、数百年もの間形成と再構築を繰り返し、今では地下数キロ、東西南北と中央の5ブロックにわたり、それぞれの分野ごとに分かれて独立した都市構造をとっている。
コロニーのもとになったのは、今から1000年前に使用されていた地下鉄線を利用して作製されたと言われている………らしい。
正直、歴史的空白期間があるため真偽はわからないが………。
あと、講義中に眠っていたから覚えてない。仕方がない。だって、眠かったから。
他にもコロニーは現存し、今ではコロニーは世界各地に点在している。
その中でもコロニー3は、古くから現存する大きな都市である。
電車の減速時に座っていた席から立ち上がり、停車した電車のドアからホームへと降りる。
地下都市ではあるが、四季を再現しているせいで、秋始めの冷たい空気が頬を裂くように吹き付ける。防寒着であるコートの襟首を絞めて体温を冷まさないように急ぎ足で目的地に向かう。
目的地の神薙ショッピングモールは、このコロニー3内で最も大きいモールで大体の物はここで買うことができる。また、このコロニー3で働く人の時間帯がバラバラであることから24時間年中無休なので利用客が絶えることがない。実際、夜勤明けの自分に対してもうれしい場所である。
そうはいっても………めんどくさい。
内心、自分の身内に文句くらい言いたいが、返ってくるのは容赦のないパンチなので自分の中に押し戻し、ため息を吐く。
送られてきたメッセージの買い物リストを開く。そこには何行にもわたって必要な物品の数々が羅列していた。
「かなり量あるじゃん………」
口から不満が漏れていく。
僕が夜勤明けだというのに、問題の姉たちは容赦なく大量の物品を買ってこい、とのご命令だ。
今更ながら、四乃宮家のメイド業がいかに大変かを思い知らされる。
そして姉達には寛容さを学んでほしいものだ。
こういった突然の買い物案件の時に、僕のリュックは便利である。
僕が使っているリュックは姉二号の会社の力によって、僕の魔法を付与したものだ。
中は亜空間になっており、収納スペースも見かけの1000倍以上はある。
人間が50人はいっても余裕でくつろげるくらいのスペースだ。
でも便利道具を持っているからと言っておつかいに行ってこいと言うのは別の話である。
まあ、愚痴っていても仕方がないので指定された物を棚からカゴに詰め込んでいく。
買わなければいけないものは消耗品がほとんど。
これならモール内の日用雑貨コーナーで事足りそうだ。
いつもメイドの紅葉さんが買い物をこなしていた。
今日は休みで友達と会いに行くとのことで代理として僕が帰りがけに買うことになった。
四乃宮邸に住み込みで働いているメイド兼僕の保護者の有能性を実感させられる。
住んでいるとは言っても、僕は捨て子。
本来なら、このコロニー内部ではなく地上地区に住むべきなのだろうが、姉一号とメイドの交渉術のおかげでコロニー内部での生活が認められている。
感慨に耽ながら、メモの商品をあらかた詰めたときに、見計らったタイミングで新たなメッセージがとんできた。
『最新のゲーム、予約しといたから受け取っておいて。場所:いつものとこ』
これは姉さん二号からの要望だと一発でわかった。
姉二号は、僕に対して容赦がない。
でも、一企業の社長である。
つかえるものは使う合理主義者と自分で豪語していた。
実際は、僕を馬車馬のように使いたいだけの動機が見え隠れしている。
そして、今日は家でのリモートワークのはず。
荷物くらい自分で取りに行ってよ。
だが、姉二号の命令は絶対である。
再度ため息が出る。
背負っていたリュックにどんどん詰め込んでいく。
仕事用の着替えとセキュリティーカードしか入っていないのが幸いした。
ここに現地調達したお肉を入れていなくてよかったと安心してしまった。
ショッピングから出て駅前近くのコンビニへ向かう。
コンビニでは不真面目そうな店員同士がおしゃべりに更けていた。
聞き耳を立てていると先日発売されたゲームの話をしているようだ。
そちらをほっといてコンビニにあるマルチメディア端末に左手をかざす。
今のコロニー市民には、左手にマイクロチップが埋め込まれており、買い物関係は手を見せる・かざすだけで終わる。
決済終了のレシートをもってレジに行くと先ほどまでしゃべっていた一人が鬱陶しそうにレシートを読み込み、店奥から小さな段ボール箱を持ってきた。
決済が確認されると店員はまたそそくさと奥に引っ込んでにぎやかな会話に戻っていった。………大丈夫かな、ここの店員?
ちらっと店の隅を見るとカメラが店内奥側を向いておらず、店のカウンターを映しているのに気がついた。
おそらく、ここはそういう場所なのだろう。
客よりも店員の信頼がない。
予想でしかないが、ここの店員たちは、このあとコロニー内部の住民権を失うだろう。
このコロニーは、一見平穏そうに見えて弱肉強食。
椅子取りゲーム。
コロニー内部の人間に点数をつけて利用価値のある人を内部に、価値が喪失もしくは大損しそうな人は吐き出す。
例外も存在するが———。
だけど、彼らのことは僕には関係ないことだ。
渡された段ボールをまたリュックに入れておく。
用事が済んだのでまた駅ホームに戻り、電車で家のある最寄り駅を目指す。
時計を見ると時刻はすでに9時を回っていた。
買い物をするだけで、二時間も時間をかけていた。
———明日が、休暇でよかった。
だけど、本心は貴重な時間が無くなったことを嘆いていた。
僕は、ため息を吐きながら帰路についた。