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第一話

長時間の馬での移動は正直疲れる。腰と、何より股関節が痛い。心の中で愚痴りながらも長かった戦争が今日漸く終わることをカミラは心から喜んでいた。

 花の国フローリアと薬の国メディシアの戦争はここ数年で激化していた。互いに物資は減り、死者数は増加。それでも医療が発展しているメディシアの方が、十分な治療を受け戦いに復帰する兵士が多かったためか優勢であり、フローリアが劣勢なのが現状であった。このままではフローリアは負ける。それなら被害をこれ以上大きくする必要はないと降伏することを国王陛下は決断した。

 提案は互恵貿易の開始を条件に受け入れられた。メディシアは新薬の開発のためにフローリアにしか生息していない植物を求めていた。反対にフローリアは医療の進歩が遅れており医薬品が不足しがちであった。互いに国に必要なものを手に入れ、この無駄争いを終わらせることができる。今日の目的は降伏と貿易についての調印であった。

「間もなくメディシア王国に入ります」

前を進む馬車に乗る御者から声がかかりカミラは姿勢を正す。ここまでも気を抜いていたわけではないがこの先はまだ敵国だ。何かあってから油断していたでは済まされない。

「カミラ」

 横から同じく騎乗したカインに名を呼ばれたためそちらに視線を移す。

「街に近づいたら馬を降りよう。少しでも印象を良くしたい」

カインはカミラが所属するフローリア王国直属騎士団の団長である。そしてカミラにとっては、女であるカミラを性別で見下さず、剣の実力で評価してくれた特別な存在だった。

艶のある黒髪を木漏れ日が照らし、その中でほほ笑むカインはイケメン度合いが底上げされている。

「承知しました」

「あと、笑顔だよ」

「……承知しました」

 カミラ自身、自分のデフォルト表情が仏頂面であることは理解していた。だが少しでも自国の印象が良くなるなら自分の表情筋などどうなってもいいではないかと覚悟を決める。

「そんなに悩むことかい?」

「普段笑顔でいることが少ないので。意識するとひきつりそうです」

「はは! それは困るな」

 笑い事ではない。変な顔の護衛だなと思われる程度ならまだいいが、馬鹿にしているのかなどと思われては堪らない。

「……この間の自主訓練中にさ」

「…? はい」

「第三騎士団の団長いるだろ? あの人のかつらちょっとずれててさ」

「へ⁉」

「もうさ、剣振るたびにふよふよ動いてて。いつ落ちるか気が気じゃなかったよ」

「ふふっ」

「ん。その顔で行けよ」

この上司はどこまでイケメンなのだろうか。少なくとも見た目だけでは自分や団員達は今日までついてこなかっただろう。カミラは改めてカインの人柄の良さを実感した。

「ありがとうございます」

「さあ、見えてきたぞ」

 木漏れ日は既に途切れ、視線の先には小さく町が見える。

上手くいく。不思議とそう感じた。


はずだった。

「今、なんと?」

「そちらの騎士様を私の伴侶として迎えたいと申し上げました。締結の追加条件として」

 緩くウェーブがかった薄ピンクのロングヘアをふわりと揺らして、鈴の音のような可愛らしい声でシャルロット・ホワイトは繰り返した。

「失礼ですが、この者は女です」

 ベルドットはフローリアを代表して調印にきた外交官だ。普段は温厚で動じることがあまりない男だが、そんな彼も声に戸惑いを隠せていない。カインも姿勢こそ崩さないが目を丸めている。

「承知しております。ちなみに私も女です。そして我がメディシアでは同性婚を認めておりますので問題はございません」

 カミラはもう何が何だか分からなかった。

王国につき城に案内され、調印の場に通されたまではよかった。笑顔も崩さなかった。

そこで会場に現れたのがシャルロットだった。

「この度はご足労いただきありがとうございます。メディシア国第二王女のシャルロット・ホワイトと申しますわ。外務大臣を務めております。本日はどうぞ…」

 シャルロットはベルドットからカインへ順に視線を交わし、最後にカミラを見てふわりと微笑んだ。

「よろしくお願いいたします」

 その笑顔は一輪のマーガレットのように愛らしく、カミラは一瞬呼吸を忘れた。

 その後会談が始まり、今回の戦争においてフローリアは降伏する旨をベルドットが伝えた。問題はその後だった。

「そちらについてですが、和平にいたしませんか?」

「……っ! それは、いえ、私達にとってはとても有難いお話ですが…。よろしいのですか?」

 降伏と和平ではフローリアの今後が大きく変わる。一番は他国との貿易が同条件で続けやすい事だろう。

「はい」

「っでは!」

「ですが、条件が二つございます」

 ここで間違えてはいけない。三人に緊張が走る。

「一つは当初の通りですわ。資材と薬の互恵貿易の開始です」

「もちろん可能でございます。それについては本日書面も持参しております」

「ありがとうございます。もう一つは」

 透き通った白い瞳がカミラを見る。

「そちらの騎士様を私の伴侶として迎え入れたいのです」

 そして今に至る。

 女であることは明言した。しかし同性婚が可能な国ならば関係ないことだったようだ。

「あの」

「カミラ」

 思わず口を開いてしまったカミラをベルドットは窘める。あくまでもカミラは護衛としてこの場にいるのだ。発言権は本来無い。

「構いませんわ。騎士様のお名前はカミラというの?」

「……はい。カミラ・ブロッサムと申します」

 瞬間、柔らかな微笑みは花束のように広がった。

「素敵な名前ね! 可愛らしい容姿にぴったりだわ」

「かわっ⁉ あ、ありがとうございます」

 容姿を可愛いと言われたことにカミラは動揺した。亡くなった両親以外から初めて言われた言葉だったのだ。女の割に高い身長と戦闘向きだからと騎士になって以来伸ばしたことのないショートヘア。極めつけは平均よりも慎ましい胸。カミラは所詮イケメンの部類だった。

「カミラは何を言いかけたの?」

くりくりと大きな瞳で見つめるのはやめてほしい。自分を可愛いと言ってくれた自分より可愛い目の前の王女をどういう顔を向ければいいのか分からない。カミラは心底動揺していた。

「なぜ、私なのでしょうか?」

「気になる?」

「はい」

 もったいぶるように紅茶を一口飲み、シャルロットは漸く口を開いた。

「ひとめぼれよ」

 今度こそベルドットは口が開くのを抑えられなかった。カインとカミラも同様の表情だ。当然だろう。国と国の重要な話し合いの場でひとめぼれしたなどと言い出したのだ。

「申し訳ないが、そのようなふざけた条件を飲むわけにはいきませんな」

 ベルドットの言い分は当然だった。

「あら、残念ですわ」

 シャルロットはティーカップとソーサーを静かにテーブルに置いた。

「では、戦争は続行ですわね」

「なっ⁉ 何故そうなるのですか! 元より我々は降伏の意を示した上で本日参りました。当初約束していた調印は交わされるべきです」

 思ってもいなかった発言にベルドットは珍しく声を荒げる。

「その予定でしたが」

 伏せられていた目線が再びカミラを捉える。

「そちらの態度が悪ければ、考えを改めざるを得ません」

その笑顔はもはやマーガレットなどには誰も思えなかった。

シャルロットが求めている答えをカミラはすぐに理解した。

「…あの」

「なあに?カミラ」

「私でよろしいのでしたら、お受けいたします」

「カミラっ!」

 ベルドットが声を上げるもカミラはそちらを見ない。この選択が正解だと解ったから。そしてそれはこの場にいる者全員が感じた。

「本当!」

 美しい笑顔だった。

「ありがとう、カミラ。とても嬉しいわ」

 シャルロットの笑顔はやはり花のようで、今の彼女を見たものは「まるでマーガレットね」と、少女の可愛らしさを真実の愛に例えるのだろう。

 先程までの会話を聞いていなければ。

(カレンデュラだったのか)

 母が病で死に、父が戦死した。それが自分の人生における絶望の全てだとカミラは思っていたが間違いだった。まだ残っていたのだ。

 カミラはそう感じた。

(ひとめぼれなんて嘘に決まっている。きっとフローリアが裏切らないようにする為の捕虜みたいなものだ)

 渋面を隠せないベルドットも警戒を解かないカインも考えは同じだった。しかし下手なことを言ってまたシャルロットの機嫌を損ねては、今度こそ本当に戦争続行の可能性がある。

事前に国王が降伏する意向を国民に伝えたことにより国内は既に終戦モードだ。そこに戦争は継続される、なんて結果を持ち帰るなど出来るわけがない。これ以上国民を傷つけるわけにはいかないのだ。

「……少し、彼女と話しをさせていただきたい」

「構いませんわ。私は一度退席いたします。終りましたら外にいる者にお声がけを」

「お気遣い感謝します」


 シャルロットが侍女を連れ出て行った部屋はまさに通夜のようだった。

 あの問いに答えは一つしかなかったと、ここにいる三人は分かっている。

しかし一介の騎士に、一人の国民に、国のために犠牲になってくれなどとベルドットは言えなかった。

 その気持ちはカミラも感じていた。だが今回護衛になっただけの一端の女騎士の名前を覚えてきてくれた。それだけでカミラは満足だった。

「私なら、大丈夫です」

「……すまない。本当にすまない…」

 ベルドットのそれは、婚約を受け入れてくれという返答だった。

「っ! 私は納得できません!」

 反対したのはカインだった。

「カミラはっ! 剣の腕があり人間性も良い。いずれ騎士団の上に立つ者になるでしょう。そんな人材を敵国に渡すと言うのですかっ?」

 カミラはカインが自分をそこまで評価しているとは思っていなかったため少々驚いた。

「口が過ぎるぞ」

「しかしっ」

「カイン」

「っ。申し訳ありません…」

 今シャルロットに、フローリアがメディシアを敵国だと思っていると勘違いされては堪らない。ベルドットはカインの発言を窘めた。

「どうにか、ならないでしょうか。……カミラは、私の、大切な友人なんです……」

「カイン……」

 頭を下げたカイン。しかしベルドットも良い解決策が浮かばず返答できない。

「カイン、私は大丈夫です」

 顔を上げたカインとベルドットにカミラは告げる。

「私が母に続いて父も亡くなり独りになった時、国王様は私に騎士というお役目と、団員という家族を与えてくれました。私がメディシアに嫁ぐことで戦争が終わり貿易が始まれば、フローリアに、延いては国王様に恩を返すことになるでしょう。それは純粋に嬉しいのです」

 これはカミラの本心だった。

 おそらく、メディシアでの扱いは良いものではないだろう。もしかしたら過酷な労働を強いられるかもしれない。他にも恐ろしい未来はいくつも考えたが、世話になった国へ恩を返せることをカミラは本当に嬉しく思えた。

「ベルドット様、カイン団長。一人の騎士のことをこんなに真剣に考えていただけて、それだけで私は十分です」

 二人は何も返せなかった。


「お待たせいたしました。お話は済みました?」

「はい」

 ソファに腰かけたシャルロットの前にカミラは出る。

「改めまして私、カミラ・ブロッサムは、シャルロット・ホワイト様との婚約を受け入れます」

 震える手を強く握り、首を垂れる。

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

 これから、きっと辛い日々が待っているのだろう。だが、もう逃げられないのだ。カミラは覚悟を決めて頭を上げる。いや、上げようとした。

正面から何かに抱きつかれなければ。

「やった~‼ いいのっ?いいのよねっ? 二回もいいって言ったものね! よかった~‼」

「へっ⁉ えっ⁉」

 これは本当に先程まで女王のように場を支配していた女なのだろうか。それほどシャルロットの変貌は凄まじい」

「私の方こそ不束者だけどよろしくお願いね! あっ、お部屋! カミラのお部屋を用意したの! そこでゆっくりお話ししましょう!」

「え、あ、はぇっ?」

「さぁ! こっちよ!」

「えぇっ⁉」

 カミラを連れて飛び出したシャルロットが、調印を済ませてからだと連れ戻されたのはその数分後だった。

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