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Phase.001『 天色の龍は慶歌と云う 』

 

 

 

「――コレ、本当に上手くいくんかネェ」

 襟足を結んだ銀髪をなびかせ、美しい青空を見上げながらそう言った光酉(みつとり)は、口(ひげ)同様に丁寧に整えられた(あご)(ひげ)を撫でる。

 そんな光酉に並び、美しく波打つ桃色の長髪をなびかせる菜月(なつき)も、行進する雲たちを見送りながら言った。

「どうかしらねぇ……」

 光酉は、その彼の言葉に応じるようにひとつ息を吐くと、次いで視線を下ろし微笑んだ。

 光酉の視線の先には、光酉のバディであり恋人でもある瑠璃(るり)が居た。

「――ま、俺としては瑠璃の可ン愛い和装が見られたからイイんだけどサ」

 瑠璃は、髪や睫毛(まつげ)、肌までもが雪のように白く、酷く幻想的な雰囲気を(まと)う外見をしている。

 さらに、背丈は光酉の胸あたりほどまでしかないため、その容姿から少年や少女にも間違われがちだ。

 だが、実際は立派な青年であり、光酉と同じく異能隊に属する軍人でもある。

 しかし、そんな瑠璃は今。

 とある事情から、軍人の装いとは程遠い和装を纏っている。

 また、そうして和装を纏っているのは瑠璃だけではない。

「それにはアタシも同感。シズルも、任務でもなければこんなカッコしてくれなさそうだものねぇ」

 光酉同様、自身の恋人でバディでもあるシズルを愛しげに見下ろした菜月は、シズルの髪を優しく撫でる。

 対するシズルは、その菜月の言葉に頬を染めた。

 そして、短く切り揃えた(すみれ)色の髪を揺らし、猫を思わせる三角形の獣耳と尾をせわしなく動かしては言った。

「う、だって……、こんな衣装みたいなのは流石に恥ずかしいから……。僕、こういうの似合わないし……」

 すると、シズルの言葉に不思議そうにした瑠璃は、首を傾げながら言った。

「?  シズル、似合ってるよ?」

 そんな瑠璃に続き、足元に届きそうなほどに長い若草色の長髪を踊らせたマリウスも言った。

「僕もそう思います! シズルさん、すごく似合ってますよっ」

 そのマリウスも、瑠璃、シズルに劣らず少年少女を思わせる外見をしている。

 しかし、他の二人同様、マリウスも立派な青年であり軍人である。

 また、バディが恋人である事も同じだ。

 そんなマリウスのバディである(かがり)もまた、マリウスらに同意するようにして頷く。

「そうですよ。三人とも本当によく似合ってますしまさか俺がマリィのこんな晴れ姿を拝める日が来るなんて思ってもなくてこれはもういよいよ天に感謝しないといけない事態で……」

 そして、鴉羽(からすば)色の髪を爽やかに切り揃えた炬はそう言い終えると、片手で目元を(おお)った。

 無論、感極まっての事である。

「アンタも相変わらずね」

 菜月は、そんな炬を半目がちに見ては言った。

「一見、真っ当そうな顔して、マリウスの事となるとす~ぐ壊れちゃうんだもの」

「ハハハ。ヒトは見た目だけじゃ、ってヤツだネェ」

 その炬の様子を楽しげに見ながら、光酉は笑った。

 その時。

 その場の全員が、ふん、ふん――と、その光酉の言葉に賛同するような、大きな獣の――例えるなら馬の息遣(いきづか)いのような音を二度ばかし聞いた。

 背後から突如聞こえたその音に、一同はゆっくりと背後を振り返る。

 そして、一同がそのまま視線を上に移し終えたところで、光酉が言った。

「アラ~……お前サン。こんなにデカかったかァ……。やっぱ実際に会わないと分からないコトも、あるよネェ。――データ頼りも禁物だ」

 彼らの瞳に映ったのは、清々(すがすが)しい青空から生まれたような、美しい天色(あまいろ)の龍だった――。

 

 

ー Phase.001『 天色の龍は慶歌(けいか)と云う 』ー

 

 

慶歌(けいか)は、僕たちの最高傑作なんです……」

 その日。

 異能部隊〈D.C(ディー・シー)仁本(にほん)支部総本部には、とある研究所に属す科学者たち数名が訪れていた。

 彼らの研究所から逃げ出した、最高傑作の捕獲依頼のためである。

 そんな中、まさに(わら)にも(すが)る思いで――といった表情で事の次第を説明しながら、揃えた中指薬指で度々と自身の眼鏡をせわしなく上げるのは、今回の依頼主でもある研究所の所長だ。

「慶歌は、僕たちの希望の光でもあります。――だから、一刻も早く安全な場所に戻したくて……」

 ぱさついたクセの強い紺色の髪を時折わしゃわしゃと掻きながらそう言うと、所長は会議室中央にホログラムを生成した。

 ホログラムとして映し出されたのは、世間では幻獣や神などとして分類される存在――、立派な双角に長い髭や(たてがみ)の生えた大蛇を思わせる――まさに想像に易い “龍”であった。

「かっけぇ……」

「確かにかっこいい……」

 そのホログラムの龍に並んで感想を漏らしたのは、異能隊に戦闘員として所属している軍人――春丞(しゅんすけ)太郎(たろう)であった。

 異能隊側として会議に参加しているにも関わらず、緊張感のかけらもない様子の春丞、太郎は、ホログラムに向かって静かに目を輝かせている。

 そんな春丞は銀色、太郎は黒色の髪を共に上げ、大いに額を晒した髪型で並んでいるため、その二人の様子は幼い男兄弟のようでもある。

「まぁ、かっこいいのは結構だが、自分たちで作っておきながら管理しきれねぇようじゃな……」

「うう……」

 そんな春丞、太郎にため息を吐きながら次郎(じろう)が言うと、所長は萎縮(いしゅく)した様子で頭を垂れた。

 正論に対して萎縮した、というよりは、筋肉質な長身にスキンヘッド、加えて左半身にはトライバルタトゥーという次郎の外見に気圧(けお)されての事である。

「逃げ出しちゃ困るんなら、相応の備えくらいはしておくもんだろ?」

「お、仰る通りです……。返す言葉もありません……」

 やはり、次郎のような外見の者には縁遠いのか、その威圧感には所長と共にやってきた数名の科学者たちまでもが気圧されているようであった。

 次郎の言葉に、所長以外の科学者たちも落ち込んだように頭を垂れる。

 次郎は、その様子にも重ねてため息を吐く。

 すると、そんな双方の様子をにこやかに見守っていた京香(きょうか)がひとつおおらかに笑い、(なだ)めるように次郎の背を軽く叩いた。

「ははは。まぁ、逃げてしまったものは仕方がない。――ヒューマンエラーは人間界の特産品だしな」

 そして京香は、次郎からその場を引き継ぐようにして前に出る。

「――ところで、春摩(しゅんま)博士。ひとつ尋きたいのだが……」

「は、はいッ! なんでしょうかッ!」

 すっかり萎縮した様子であった所長――春摩は、異能隊仁本支部の最高責任者――《D.C》総隊長である京香の問いに、勢いよく背筋を正した。

 そのまま彼女に敬礼でもしそうな勢いの春摩に、京香は深緋(こきひ)色の瞳を細め凛とした笑みを返す。

 そして、両脚を隠すほどに長い、深い桔梗(ききょう)色の美しい長髪を揺らすと、両手を腰に当てて言った。

「うむ。春摩博士に尋きたいのは他でもない。この自立型プログラムの龍神の事だが……。君たちの最高傑作、――この慶歌なる龍神に、攻撃性はあるのかね?」

 春摩は、ハッとした様子で身を乗り出すと、力強く首を横に振った。

「いっ、いいえっ……!! 彼に攻撃性はありません……ッ!!」

 春摩を中心とする《春摩研究所》の科学者たちが作り上げたその龍神は、電子世界で誕生した高度な自立型プログラムであった。

 そんな彼が“自立型”と称されるのは、彼が設定された範囲の行動しかできないはずのプログラムでありながら、人間や動物のような高い自主性をもつためである。

「慶歌は……人間や動物、植物なども大好きで、いつも色々な事に興味を持っては意欲的に学んでいましたし、初めて見るものを敵視したり怖がる事もありませんでした……」

 一般的な人工知能たちは主に、人間からの問いや命令に応じる形でその能力を発揮する。

 そのため、人間からのアクションなど、何かしらのトリガーがなければ行動を起こさない者がほとんどだ。

 しかし、春摩(いわ)く。

 春摩らが開発した電子世界生まれの龍神――慶歌は、自主的に思考を行い自主的に発言をしたり、自由時間には自分のしたいと思った事を一切の命令なしに自発的に行ったりしているのが常である、との事であった。

 とはいえ、それも膨大な学習データから構築、生成されている行動や発言、応答に過ぎない。

 しかし、そうでありながらも、慶歌は慶歌自身から春摩らに学びたい内容やしたい遊びを提示するなど、従来の人工知能たちを大きく上回る自立度や自主性を見せたのである。

 もちろん、感情や性格、好みなども、細かく設定すれば、人工知能たちにも人間や動物相当の個性を組み込む事は可能だ。

 だが、慶歌には、安全性を高めるための最低限の設定しか行っておらず、細かな個性を埋め込むような事はあえてしていなかった。

 つまり、そうであるにも関わらず、慶歌は確かな個性のもと、高度な自主性を発揮したのだ。

「慶歌……」

 春摩は、そんな慶歌の日頃の様子を思い出したのか、一段と熱の籠もった様子で訴えるようにして言った。

「――慶歌は、好奇心旺盛ですが、非常に優しい子です……。ですから、そんな慶歌が自分から第三者に危害を加えるような事は、絶対にありません!!」

 すると、そんな春摩に対し、安心させるような笑顔を向け、京香は頷いた。

「うむうむ。そうかそうか。それならば安心だ」

 その京香の笑顔で安堵したのか、春摩は胸をなでおろすようにした。

 京香は、そうして落ち着きを取り戻したらしい春摩を前に、考えるようにして顎に手を当てる。

 そして、それから少し黙して考えた後、呟くようにして言った。

「――では、そうだな……」

 その京香に、会議室に集う全員の視線が集まる。

 その視線の中、京香は顎に手を当てたままコツリ、コツリと二度ばかしヒールを鳴らし立ち止まると、軽く息を吸った。

「――つまり、彼が我々に友好的であり、人語を理解するというのならば、交渉の余地もあるやもしれん、という事だな」

 その京香の言葉に、春摩は大きく息を吸った。

 

 

 

 

 

Next → Phase.002

 

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