96話『次にやること』
「お待たせ。」
扉を開けて、ユリと夢野が入ってきた。
俺とタツヤ、カエデとサイアは机にトランプを置いて2人に向き直る。
「みんなはどうなったの?」
「まず福田先生は意識不明で医務室送りね。」
先生の状態を聞いて、少し項垂れる。
「あんたが蹴ったんでしょ。」
ユリが呆れた表情で話しかけてくる。
確かに局部に向かって蹴り込んだのは俺だ。
ただ尻だけ蹴っておこうと思っていたが暴れてひっくり返って局部に直撃するとは思っていなかった。
「浅原お抱えの医師が調べたところ、精巣は破壊されたって。」
「尚更申し訳なくなってきた。」
俺は青ざめて泡吹いていた福田先生を思い出しながら心の中で謝罪する。
「いや、お前の骨折考えると妥当だろ。お前が潰さなくても俺が潰してただろうし。」
横からタツヤが笑いながら励ましてくる。
タツヤはポーションで治癒できる範囲のケガで済んだらしいが、福田先生の入れ替わりのせいで酷い目に遭ったから相当根に持っているのだろう。
「それと星宮は目を覚ましたけど、深川さんも意識不明の重体なの。」
「だいぶ酷いの?」
カエデが心配そうにユリに尋ねる。
「鷹見も言っていたけど、両手とか数箇所を骨折していてポーションの治癒が追いついていない。」
ユリの説明を横で聞いていた夢野が苦しそうな表情を浮かべる。
学校でも仲が良かったのを見ていたから、だいぶ心苦しいのだろう。
「とりあえず、3人は浅原王国で滞在してもらう。」
ユリはそう言いながら転移書簡を持ち上げる。
「最後に鷹見だけど、小杉さんのいる教会のところで事前活動をさせることを天川と決定していた。」
最後の鷹見の処遇を聞いて、少し複雑な気持ちになる。
いじめの復讐というのは分かるが、俺たちまで巻き込む必要はなかっただろと今でも思っている。
「言いたいことはわかるけど、責めないであげてね。」
ユリが俺に向かって呟く。
「さてこれからの行動だけど、まず夢野たちはどうするんだっけ?」
「深川は浅原たちに頼んで、俺たちはリズラス王国へ向かう。他の学校のやつを探したいからな。」
夢野はそう言いながら水晶玉を取り出して俺たちに向けてくる。
意図を察した俺とタツヤは床の鞄から水晶玉を取り出して、夢野の水晶玉に近づける。
3つの水晶玉が光を放ち、徐々に光を戻していく。
水晶玉の中には『ソラ・ユメノ』と文字が浮かび上がっていた。
「ありがとう、それで俺たちも南へ移動を……。」
「ショウとカエデ、サイアはアサハラ王国で過ごして。」
俺の言葉を遮るようにユリが話しかけてきた。
「ちなみに理由は?」
「自分自身でも理解してるでしょ。」
ユリが呆れた表情で俺に話しかけてくる。
やっぱり俺の首から吊り下げられている腕のことだろう。
「ちなみにショウだけじゃなくて、なんで私も?」
「あんたも療養よ。あんた左腕痛めているでしょ?」
ユリの質問を聞いたカエデが不思議そうな表情で腕を動かす。
腕を動かしていると、一瞬カエデが顔をしかめていた。
「多分ゴーレムの石を喰らった時かな?」
「ショウみたいな骨折まで行ってなくても、ヒビ入ってるかもしれない。ポーション飲んでいても、一度見てもらったほうがいい。サイアは2人の子守ね。」
「「誰が子供だ!」」
ユリの説明にカエデと共に反論する。
サイアは特に気にしてないように首を縦に振っていた。
「それで、俺たちがアサハラ王国にいる間、2人はどうするんだ?」
「馬車で南に行く。」
俺の横でユリの作戦を聞いたタツヤが目を見開いてユリを見ている。
現在、馬車を操縦できるのはタツヤと操縦を覚え始めていた俺の2人だ。
そして、俺が重傷を負ったからしばらく馬車を操れるのはタツヤだけになる。
「ペースはゆっくりにしないか?」
「何言ってるの?次の目的地メジスト王国は島国だから船で行く必要もあるから早く港に着くように飛ばしてもらうから。」
ユリの発言を聞いたタツヤが頭を抱えていた。
「いやだ〜。」
タツヤが心から思ってそうな言葉を呟きながらベッドに倒れ込んでいた。
小鳥の声を聞いて目を覚す。
急いで飛び起きて周囲を見回すが、何かが追いかけてきているような気配を感じない。
無事に撒いたのかと安堵しながらポケットから水晶玉を取り出す。
「アサハラ王国の方向!」
僕が必死に叫ぶと同時に水晶玉の中に、針が浮かび上がって俺の真後ろを指していた。
周囲を見回しながら表面に卍が描かれた盾を握って立ち上がる。
必死に水晶玉の針が刺した方向へと走っていく。
茂みに右足を突っ込んだ瞬間、足に痛みが走った。
木が刺さったというより、何かが噛み付いてきた感覚だ。
急いで右足を茂みから引き出すと、老婆の顔が付いた犬が齧り付いていた。
「ヒューマンヘッドかよ!」
急いで右足を振って犬を振り放す。
水晶玉を地面に投げ捨てて、背中に背負っている筒から羽のついた槍を1本手にとって、人面犬に向かって投げつける。
人面犬は少ない動作で首を曲げて、槍をかわしていた。
老婆の顔がニタニタと笑いながらにじり寄ってくる。
警戒しながら、背中の槍筒に手を伸ばす。
投擲用の槍はあと3本、おっ手を考えるとさっき投げた1本を捨てるのも無駄にはできない。
人面犬が右回りに走って近づいてくる。
盾を人面犬に向けながら、槍を筒に戻す。
勢いよくかけだして、人面犬が飛びかかってきた。
「放たれろ!」
僕が避けると同時に、盾の表面から勢いよく風が吹き出してくる。
周囲の風に巻き込まれた木々がへし折れて人面犬に突き刺さっていく。
人面犬は苦痛の表情を浮かべながら、暴風に乗って上空へと吹っ飛んでいった。
数秒後、上空から人面犬が叩きつけられて血を流していた。
地面に投げ捨てた水晶玉が光を放っている。
少し安堵しながら地面に突き刺さった槍を抜き取って筒へと戻す。
地面に落ちた水晶玉を拾っていると、周囲から気配を感じる。
さっき神器を使った時からバレるのは覚悟していた。
急いで走ってさっき針が刺した方向へと走っていく。
後ろから犬の声が聞こえてきて少し安堵した。
追手じゃないならまだ余裕はある。
今はただ、浅原くんがいるだろう王国へと走り続けなくてはいけない。
「もう少し待っててね、ヒロくん。」
僕は逃げ出すのを助けてくれた友達や仲間たちを思いながら地面を蹴る。
足に激痛が走ってその場に転ぶ。
さっき人面犬に噛まれたところだろう。
立ちあがろうとした瞬間、後ろから3つの足音が聞こえてきた。
「まさか!」
振り向いた瞬間、緑色の人影が僕の腹部に棍棒を叩き込んでいた。
川に向かって吹っ飛ばされると同時に、肩に何かが突き刺さるような痛みが来た。
3体のゴブリンが笑っているのを見ながら転がり落ちて、川の中へと落ちた。
普段着ていた鎧がないおかげで、溺れずに住みそうだが、少し意識が遠のきそうだ。
「まだ生きないと、生きて王国へ行かないと……。」
意識を必死に残しながら川に浮かぶ。
急いで伝えなければならない、あの国に勇者になるであろう転生者が閉じ込められていることを……。
「カヒト、あいつ落ちたか?」
後ろからゲラが矢を筒に戻しながら話しかけてくる。
その横でパッジが笑いながら自分よりも大きな盾に寝そべっている。
正直に考えて棍棒は直撃していたが、手応えは軽かったから自身はない。
「お前の矢って毒塗ってあるよな?」
「今回は体を痺れさせる薬だから確実な死はないけど、まあ溺れ死ぬんじゃないか?」
「けど神器の盾はまだ回収してないから早く奪わないと……あ。」
川を眺めていたパッジが流れていく転生者に指をさしている。
後ろを振り返ると、浮かんでいた転生者が流れに身を任せて滝へと落下して行くところだった。
「やべえ!急いでひっとらえ……!」
ゲラが再び弓を構えていると、川から巨体が水飛沫が上げて出てきた。
川からは灰色の鱗を月の光で煌めかせる巨大魚が転生者を飲み込んでそのまま滝の下へと落ちていった。
「ヒネリアロワナ……山の洞穴から出てきたか。」
北に見える山を一瞬見てから川から後ずさる。
「なあ、神器どうする?」
ゲラが気まずそうな表情で俺に話しかけてきた。
ヒネリアロワナが落ちた滝の先には人間の新王国の作ったちょっとした拠点がある。
いくらゴブリンの精鋭である五人衆の3名でも、数では確実に負ける。
「お前ら、頭に怒られに行くぞ!」
「おうそうだな!」
「やらかした以上、怒られないとな!」
俺の提案に、パッジとラゲが笑いながら答えていた。
ここまで読んでいただ、ありがとうございます。もしこの作品を読んでいただいた後に感想を書いていただければ励みになります。また、どこか漢字や文法の間違いがあった場合、指摘していただけるとありがたいです。
また季節の変わり目のためか、体の不調が少し悪化しているので、休暇を取らせていただきます。
次の投稿は早くて7月1日、遅くても7月10日から再開する予定であることを報告しておきます。
それまで喜んで待っていただけると幸いです。




