92話『砂かけ女』
「ユリ様!」
サイアが私を抱えて全速力で走る。
さっきまで私が隠れていた木が両断されていた。
驚く暇もなく、サイア急ブレーキをかけて後ろへ戻る。
新しく向かっていた箇所の地面に斬撃の跡があった。
「しぶといですね。」
後ろから聞こえる声に振り向くと、頭巾を被った少女が徐々に形成されていった。
「ユリ逃げて!」
カエデが赤い剣を少女の胴へ横から振り込むが、少女の体は粒状になってかわした。
「とりあえず、あなただけは許しません。このデュナ・メサネットの裁きを受けてください。」
デュナと名乗った少女が後ろのカエデを睨みつけるとともに、頭巾を掴んで振り回してきた。
カエデは体を逸らしてかわしているが、頬から少し血が出ていた。
「カエ……。」
近づこうとした瞬間、後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、カエデと戦っているはずのデュナが私の腹部に拳を叩き込んでいた。
腹部の痛みでその場に座り込む。
「ユリ様、こちらへ!」
伸びてきたサイアの手を握って立ち上がると、サイアの後ろに人影があった。
そこにはカエデと戦っているはずのデュナが透明な武器を持って立っていた。
「サイア!」
私が叫びながら突き飛ばすと同時に、腹部に鋭い痛みが沈み込んできた。
腹部を見ると、たぶんガラス製の透明な剣の切先が見えていた。
後ろを振り向くと、デュナが剣を差し込んできていた。
「どういうこと?」
前を向くと、いまだに透明な剣を構えたデュナがいる。
それにカエデも現在進行形でデュナと戦っている。
「分身系?」
剣を抜こうと前に倒れながら鞄から取り出したポーションを腹部にかける。
刺された箇所はすぐに塞がっていくが、痛みだけはまだ残っている。
顔を上げると、前にいたデュナが透明な剣を振り上げる。
「バーニングスター!」
詠唱しながら杖に灯った炎をぶつける。
杖がぶつかった部分にポッカリと穴が空いた。
「とりあえずこれで1体……。」
安堵しながら振り変えると、穴の空いた箇所が粒状のもので再び閉じていった。
「そんなことある!?」
「ユリ様!」
後ろからサイアが氷のナイフを次々と2体のデュナに向かって投げつける。
2体のデュナの体をたくさんの氷のナイフが突き刺さっていくが、すぐに小さな粒子が埋めていった。
2体が透明な剣を構えて近づいてくる。
「なんなのこいつら……無敵なの!?」
「2人とも伏せて!放たれろ!」
少し遠いところからカエデの叫び声と共に赤い刃が私たちと2体のデュナの間に割り込んできた。
サイアが咄嗟に私を押し倒すように伏せると同時に、赤い炎が森の中へと燃え広がった。
顔を上げると、さっきまで立っていた2たいは消えて、周囲には炎が燃え広がっていた。
「収束。」
カエデが周囲に飛び散った炎を剣の柄へと収めながら私たちに走り寄ってきた。
さっきまでカエデと戦っていたデュナは消える様子もなく、木の上で頭巾を掴んでいた。
「あいつは倒せなかった?」
「真っ二つにしてもだるま落としみたいに縮んでまた元に慎重に戻ってきて倒せない。どうなってるのあいつ!?」
カエデが困惑した表情で話しかけてくる。
たちあがろうと地面に手を置くと、違和感を感じた。
とりあえず立ち上がると手についた砂を払い除けると、頭巾を被り直したデュナが地面に着地すると、周囲の木の影から4体のデュナが現れた。
「増えた!!」
「増えんな!!」
私とカエデが驚いていると、デュナが地面に触れると地面が光り、透明な剣が作られた。
「一体なんなのあいつら……。」
「多分正体はわかった。」
私が呟くと、カエデが驚いた表情を浮かべる。
「本当!?」
「あいつに直接魔法をぶち当てる。2人はそれまでの足止めをお願い。」
「わかった!」
私の頼みを聞いたカエデが多分本体?の頭巾を被ったデュナに走り寄って剣を振り下ろしていた。
サイアも木の上に登った後、次々と氷のナイフを上から他の4体に向かって投げつけていく。
私はその場から少し距離を取って、杖と水の魔導書を取り出す。
「スプラッシュマグナム。」
詠唱と同時に形成されていく球体をそのまま大きくしていく。
攻撃したところが粒子状になって飛び散ったりすぐに塞がる、地面から透明な剣を作り出すのを見て思った。
あのデュナとかいう女は、多分砂のモンスターだ。
違和感が決め手になったのはさっき立ち上がる時だ。
立ち上がる時に私は地面に触れたが、サラサラと乾燥した砂がついていた。
この森は全体的に日が差し込まず地面はぬかるんでいる。
多分彼女の力を最大限活用するために、何らかの手段で別の地域から砂を持ってきたのだろう。
だが、逆に考えるなら別の場所から砂を持ってこないといけないくらい、この場所はデュナにとって相性が悪い場所だということだ。
太陽の光も防いでくる木くらい高いところに水の球が到達した。
「ユリ!まだ!?」
カエデが頭巾を剣の柄で防ぎながら叫んでくる。
「大丈夫、これでいける!」
私は叫ぶと同時に水の球が破裂して上空から地面に降り注いできた。
「まずい!」
デュナが悲鳴に近い声で叫ぶが、もう遅い。
上空から落ちてくる水を被った分身体のデュナが次々と湿って固まっていった。
本体のデュナは頭巾と砂のドームで体を覆って水を全て防いでいた。
「そこの魔法使いか!」
水で固まったドームを崩しながら出てきたデュナが私に向かって少し光を発つ手を伸ばしてくる。
距離はあるし、砂も全部湿って使い物にならない。
さらに頭巾で視界が狭まっているからか、両手で持った剣を振り上げているカエデに気づいてなさそうだ。
「ごめん!」
カエデが叫びながら剣を振り下ろした。
同時にデュナの開いた手の中から透明な何かが飛び出してきて肩に突き刺さった。
多分、デュナ自身の体を構成していた砂から作った飛び道具だ。
地面に落ちたデュナの上半身が渦を巻いて、地面に落ちた下半身の砂を巻き込んで再び体を元に戻す。
「カエデ、そいつの体も濡らさないとダメだ!」
私は叫びながら再び杖を構える。
デュナは目の前のカエデと上から氷のナイフを投げるサイアのせいで私に近づけなさそうだ。
「スプラッシュマグ……!!」
詠唱をしようとした瞬間、肩からの激痛が全身に伝わってきた。
「ああああ!!」
腕を押さえてその場に倒れそうになる。
「ユリ!大丈夫!?何があったの?!」
カエデがデュナを剣でいなしながら話しかけてくる。
涙を必死に拭きながら肩を見ると、さっきまで刺さったままだった飛び道具がなくなっている。
伝わってくる激痛の幅が徐々に広がっていく。
私の肩に刺さったガラス製の飛び道具を体の中で破壊させたのだろう。
「今しかない!」
デュナが叫びながら砂の山へと変化した。
カエデの振り下ろす剣を分断しながら回避して私へと向かってくる。
「まずは水の魔法を止める!」
デュナが叫びながら頭巾を振りかぶってきた。
「放たれろ!」
後ろからカエデが叫びながら赤い刃を私たちに向かって投げてきた。
私が近くにいるのに刃を投げてきたことに驚いたのか、デュナは飛んでくる刃に向かって頭巾で切り裂く構えをした。
「サイア!」
私が叫ぶと同時に、木の上にいたサイアが人の頭ほどある氷の塊をデュナの上に落とした。
驚いた表情を浮かべるデュナから必死に離れて伏せる。
腕が痛むが気にしている暇はない。
背中が少し熱くなると同時に氷が一瞬で溶けるような音、そしてデュナの悲鳴が聞こえてきた。
振り向くと、全身の砂が固まって動けなくなっているデュナの姿があった。
「まずい……動けない……。」
「カエデ、今!」
私が力一杯叫ぶと同時に、カエデがデュナの胴体を鉄の剣で薙いだ。
分断されたデュナの胴体が地面へと落ちる。
「これでいい?」
「頭巾を投げ捨てて踏み砕いて!」
私はカエデと両断されたデュナの元に駆け寄って下半身の砂を踏み潰す。
カエデも少し躊躇いながら頭巾をひっぺがして周囲を見回す。
「ユリ、転移の魔法を!」
「『転移書簡』!」
カエデの頼みにいち早く答えて鞄から魔法陣の書かれた紙を渡す。
浮かび上がった魔法陣にカエデが素早く頭巾を投げ込んだ。
『返せ!あれは私の神器だぞ!』
固まって動く気配のない上半身だけのデュナから怒鳴り散らかすような声が聞こえてくる。
多分この上半身のどこかに、彼女の核となるものがあるはずだ。
「2人はショウ達の元へ向かって!」
「ユリは?」
「私は多分戦えないから、この女の核を探し出したら転移で宿屋まで離脱する。」
「わかった、気をつけてね!」
私の意見を聞いた2人は、首を縦に振って森の奥へと走っていった。
私は動かない砂の塊に視線を戻す。
「んじゃ、あなたの本体を探させてもらうね。」
『やめろ!』
怒りのこもった叫びをあげる固まった砂の上半身に、私は左手を突っ込んだ。
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