90話『立方体の集合体』
「先生、何があったか話してもらってもいいですか?」
アサハラ王国から転移で来たユリが反対側の座席に座った福田先生に話しかける。
福田先生は怒られている訳でもないのに頭を下げて体を震わせていた。
最も、昼食中に呼び出してしまったからか、ユリが若干不機嫌そうだから怒っているようにも見えなくはないが……。
「ここは村の宿屋だし、見回りの兵士もいるので安全ですよ?」
ユリが不思議そうに福田先生に話しかけるが、震えの止まる様子はない。
「先生、3人くらいの生徒を知らないか?」
お茶を飲みながらタツヤが尋ねると、福田先生が肩を震わす。
「許してくれ……。」
福田先生が震え声で呟く。
嫌な予感を覚えて2人に視線を向けると、タツヤとユリも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「もしかして、あの巨体から逃げるのにその3人を置いてきた感じか?」
タツヤが尋ねると、耐えきれなくなったのか福田先生が涙を流し始めた。
「全部鷹見が悪いんだ!」
福田先生が嗚咽まじりに叫ぶ。
鷹見飛鳥は福田先生のクラスの元放送委員だったはずだ。
体育祭の時ははっきりと聞こえる声で実況を担当していたのはよく覚えている。
「あの子が僕と3人の生徒にあのゴーレムを使って襲いかかってきたんだ。僕は命からがら逃げたから助かったけど、他の3人が捕まっているかもしれない。」
「案内してください。」
福田先生が呟いていると、カエデが横から話しかけてくる。
「3人を助けに行きます。鷹見さんも元々は同じクラスの生徒だから、話せばわかると思います。」
「もう行きたくない……。」
福田先生が震えていると、廊下からガシャガシャと歩く音が聞こえてきた。
「ユリ様、皆様のお知り合いという方が来ています。」
廊下で見張りをしていたサイアがドア越しに話しかけてくる。
ユリが何かを言う前にドアが開いて、黒髪に大きな鎧を着ている人間が現れた。
「お、夢野。」
タツヤが入ってきた鎧の青年、夢野空に向かって話しかけた。
夢野はタツヤの声掛けに見向きもせず、福田先生に近づいていく。
「おい、2人はどこいった!てめえと一緒に逃げたじゃないか!」
夢野が声を荒げながら福田先生に掴みかかっていた。
唐突に客人に誰もすぐに対応出来ずに目の前の状況を眺める。
「知らない、僕は必死に逃げていて気づかなかったんだ!」
教師とは思えない声を上げながら福田先生が泣きじゃくる。
元から頼りない先生なのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
「夢野君、みんなと離れた森まで連れて行ってくれる?」
カエデの質問に夢野が首を縦に振った。
「鷹見に襲われたのは近くの森だ。玻璃の森って言われていたと思う。」
夢野は次々と答えながら福田先生のローブの袖を掴む。
「お前も来い!」
「嫌だ!」
泣いている福田先生に一切躊躇いなく引きずって外へと出ていく。
俺はカエデと一緒に2人の後を追う。
数日くらい前に森が生い茂った山を登ったが、あの時とは違って木の幹がかなり太く、根っこが地面から剥き出しになっていたりと、かなり様子が違った。
昼間だし晴れのはずなのに視界が暗くて、いつ足を引っ掛けてもおかしくない。
地面は日が通らずに乾かないからか、地面が湿ってぬかるんでいる。
「この森で鷹見と戦ったのか?」
俺の質問に福田先生が首を縦に振る。
「気をつけろ、鷹見もそうだがもう1人敵がいる。」
周囲を見回しながら夢野が空から降りてきて羽を仕舞う。
森に着くまでに説明されていたが、羽が生えて空を飛べる鎧は何度見ても驚きそうになる。
「それで、もう1人いるっていうのは?」
「ああ、俺たちは鷹見に襲われた際、そこのクソ教師と星宮と深川の3人と俺で2手に分かれて逃げたんだが、その時に銀色の頭巾を羽織った女が俺を追いかけていたんだ。」
夢野の話を聞いて、タツヤがその場で不思議そうな顔を浮かべる。
「どうしたタツヤ?」
「いや、そういえば長谷の脱走に頭巾の女がいたって聞いていたの思い出したんだ。」
タツヤの話を聞いて、倉田の言っていたことを思い出す。
確か5人くらい人がいたと聞いていて、パーズ王国では下田と黒井、長谷と戦った。
もし残りの2人が鷹見とその銀色の頭巾の少女なら辻褄が合うだろう。
「みんな、そろそろ到着するぞ。」
木の枝に捕まりながら夢野が話しかけてくる。
慎重に近くの木の根を跨ぐと、パキッと音が聞こえた。
慌てて足元を凝視するが、特に木の枝とかはない。
「あ……あ……。」
後ろから聞こえる声で、まさかと思いながらタツヤと共に振り返ると、福田先生が苦笑いを浮かべながら足元を見ている。
福田先生の足元には折れた枝があった。
周りから木の枝が折れる音や葉っぱの擦れる音が聞こえ始める。
「フロートフレイム。」
ユリが炎の魔導書を取り出しながら詠唱する。
杖に精製された赤い炎が少し浮かび上がり周囲を照らすように分裂していく。
明るくなった森の木々や地面から赤い光がチカチカと反射していた。
「1234……6体!」
カエデが叫びながらすでにさやから抜いていた鉄の剣を赤く光る場所に投げつけた。
鉄の剣がぶつかり、赤い石が砕けると同時にその辺の地面が歪んだ。
「ユリはあかりを消さないように集中して、ショウとタツヤは前の2体をお願い!私とサイアは後ろの2体をやる!夢野と福田先生は地面に隠れていた1体をお願いします!」
カエデが早口でまくし終わると、木の間から手を伸ばしてくる茶色いゴーレムに向かって走っていった。
福田先生たちの方を確認しようとしたところで、太い木が根っ子ごと倒れてきて分断してきた。
倒れてきた木の根の方からゴーレムが起き上がる。
「図体だけで言ったら俺たちは不利かもな。」
俺も目の前で起き上がったゴーレムに愚痴をこぼすタツヤと並んで武器を構える。
俺たちを見下ろすゴーレムの足元ではワニのような形のゴーレムが近づいてくる。
顎に当たる部分が開いて、中に赤い石が見えた。
「口の中にあるのかよ……。」
「ダガーで壊せそうか?」
「立ち上がった方を頼む。俺はそっちが終わるまでワニを惹きつける。」
タツヤは案を立てると同時に、ワニ型のゴーレムに向かって突っ走っていった。
俺は立ち上がったゴーレムの方に視線を移すと、俺に向かって拳を振り下ろしてきていた。
すぐに避けると、数秒遅れて拳が地面に叩き込まれていた。
「遅い!」
ゴーレムの赤い立方体に槍の穂先を向けるために顔を上げる。
次の瞬間、ガコンという音と共に振り下ろされた拳から砂のキューブが俺の腹部に突っ込んできた。
「アガッ!」
一瞬息が詰まるが、なんとか踏みとどまる。
「でかい図体の割に、小細工が多いゴーレムだな。放たれろ!」
俺は愚痴をこぼしながら赤い石に槍の穂先が打ち出された。
轟音を響かせながら赤い石が砕けると同時に、前に倒したゴーレム同様にさまざまな素材で出来たキューブが地面に転がっていく。
「でかいの倒した!そっちは……。」
タツヤの方を振り向くと、頭から血を流しながら口からキューブを飛ばしてくるワニに抵抗するタツヤの姿があった。
キューブを飛ばしまくったのか、ワニ型のゴーレムの尻尾と後ろ足部分はすでになくなっていた。
「大丈夫か!?」
「石のキューブだけ気をつけろ、土と砂、木で作られているキューブはかすり傷で済む!」
タツヤはそう言いながら太い木の裏に隠れる。
戦っていたタツヤを見失ったワニが俺に口を閉じながら俺の方を向いてくる。
近づこうと脚を動かしてくるが、あまり進んでくる様子はない。
ただ、さっき雷をもう1体に打ち込んだばかりだからまだ穂先が生成されてない。
「タツヤ、何か策が思いついたら教えてくれ。ここは俺が……。」
木の影に隠れたタツヤに一瞬向いて話しかけながらワニに視線を戻すと、ワニの右前足がバラけて、細いものが伸びてきていた。
よく見ると、キューブの角と角で繋がってチェーンストラップみたいに伸びていた。
「ムチか!?」
咄嗟に槍で防ぐ構えを取るが、キューブのムチは俺が倒したゴーレムの残骸へと伸びていった。
ムチの先端が残骸のキューブに触れると、そこを中心に次々と倒したゴーレムのキューブがくっついていく。
「え、もしかしてこれ……。」
次々とムチが前足へと戻っていくと同時に、ワニの体が再び形成され始めた。
ワニの体が再構築し終わると同時に、体に組み込まれていた木製のキューブが背中へと登っていき、筒を形成していく。
木製の四角い筒の穴が、俺に向けられる。
「ショウ伏せろ!」
木の影から飛んできたタツヤの声に反応して咄嗟に横に飛び伏せると、真上を四角い石の塊が飛んでいき、後ろの倒れた木を砕いていた。
急いで起き上がってタツヤが隠れている木の裏に隠れる。
ワニは動きが全体的に鈍いためか、俺を見失ったらしい。
「あいつら、仲間のパーツリサイクルしてんじゃねえよ!」
俺は表面を石のキューブで覆っていくワニに向かって愚痴をこぼす。
「というか、砲台作ってねえか?」
嫌そうな表情でタツヤが話しかけてくる。
「あいつもう口開かずにキューブ打ち出してこれるよな?」
「どうすんだよ!なんか表面石で固めているせいで時間かかるぞさらに!」
俺とタツヤが軽く口論していると、口を半開きになったワニが俺たちに近づいてきた。
「半開き?あっ!」
タツヤが何か閃いたのか立ち上がってナイフを投げる姿勢をとった。
咄嗟に口が閉じて砲門から石の塊を撃ち出してきた。
石の塊をしゃがんで避けながら手招きするタツヤの跡を追ってワニの後ろへと向かった。
ワニは口が再び半開きにして再び体を動かす。
「なあ、もしかしてこいつ……。」
「赤い石が核と同時に目の役割もあるな。」
タツヤが呟くと同時に、俺はワニの死角から半開きになった口に槍を突っ込む。
砲門が俺たちに向けられるが、狙いが定ってなく地面に次々と石の塊が撃ち込まれていた。
次の瞬間、ワニの口が閉じて、今度は横に開いた。
咄嗟に槍を横にして、閉じてくるワニの口を抑える。
「タツヤ!」
俺が叫ぶと同時に砲門が向けられる。
それと同タイミングでタツヤ青いダガーを開いた口から赤い石目掛けて投げた。
ダガーは見事に石に直撃し、砕いた。
ワニを構成していたキューブが、そのままバラバラになっていった。
「おい、そっちは大丈夫か!」
上空から福田先生を掴んだ夢野が降りてきた。
「なんとか、そっちは?」
「ゴーレムは俺だけでなんとかした。ただ他の3人はゴーレムを負ったのか多分はぐれた。」
夢野が申し訳なさそうに話しかけてくるが、ユリの周囲を明るくする魔法がまだ続いているのを見る限り、無事と考えていいだろう。
「とりあえず、今はお前の仲間を探しに……。」
「ここだよ。」
突然聞こえてきた声に後ろを振り向くと、髪が茶色くなった鷹見飛鳥が青髪の半裸の男子をゴーレムに持たせながら近寄ってきていた。
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