9話『森の主』
「熱いよ……ショウ……。」
目の前で赤い炎に包まれたカエデが俺に向かって手を伸ばす。
必死にカエデに手を伸ばすが、沼から出てきた巨大カエルが間に割って入る。
巨大カエルの奥から聞こえてくるカエデの声は少しずつ弱くなっていく。
もう少しで手が届きそうなところで腹部に衝撃が走った。
ハッと瞬きをすると、木製の屋根が目に映る。
頭を持ち上げると、タツヤの頭が俺の腹に乗っかっている。
息を整えながらタツヤの頭をポンポンと叩く。
タツヤが眠たい目を擦って起き上がる。
「悪い、どっかぶつかったか?」
寝相の悪さを自覚しているタツヤが申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「いや、ちょっと怖い夢見てたから助かった。」
俺はベッドから降りて服を着替える。
扉を開けると、廊下にはレイスケが立っていた。
「やあ蒼山くん、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。」
にこやかに微笑むレイスケを無視して階段を降りていく。
宿屋の一階にある食堂に入ると、すでに3人が食事をしていた。
「遅いよショウ。」
カエデがパンを飲み込んで手を振ってくる。
元気そうなカエデを姿を見て、安堵しながらテーブルに座り中央に置かれたパンを1個口に頬張る。
数分後、タツヤがレイスケを連れて食堂へやってきた。
「やあ君たち、ひとつ頼みたいことがあるんだ。」
レイスケは俺の隣に座って、1枚の紙を取り出す。
その紙には正方形の図面が書かれている。
「なんだこれ?」
「僕の建設予定の家の間取り図だよ。」
レイスケが楽しそうに説明を始める。
「僕はこの村に泊めてもらってるけど、さすがにいつまでも居候ってわけには行かない。ということで自分の家を森の中で建てて自給自足の生活をしようと思っているんだ。」
レイスケが真剣な表情で俺たちを見回す。
「言っとくけど家の制作は手伝わないぞ。」
俺はレイスケに強く当たる。
「木材とかの準備って斧使うよね?この中に斧使える人いないけど。」
「建築や素材集めは僕がやるつもりなんだ。君たちに手伝って欲しいことはモンスターの討伐だ。」
そういうと、レイスケは別の紙を取り出した。
紙には細長い体に吸盤の形をした口を持つ生き物の姿が描かれている。
図鑑で見たことある、ヤツメウナギを彷彿させる見た目だ。
「アースイールですか?」
サイアが物珍しそうにレイスケに聞く。
「ごめん、倒したことないから名前わからないんだ。」
レイスケが申し訳なさそうにみんなに説明をする。
レイスケが言うには、家を建てようと思った場所にこの生き物が出没しているらしい。
攻撃しようにも、異様な動きで矢を避けるせいで矢が先に切れるらしい。
「まず、なんでそんな危ない山の中に作ろうと思ったの?」
「あの森の中だと薬草が育ちやすいんだ。」
頭の中で、昨日サイアを眠らせたクッキーを思い出す。
「何の薬草を育てるか教えてくれるか?」
「今より高品質のポーションを作るのに必要な薬草だね。もしいいのが出来たら君たちに渡そうかなって思っているよ。」
俺はレイスケの返答を聞いたあと、カエデの方を向く。
このグループのリーダーは、あくまでカエデだ。
「まともな薬を作るなら、手伝うよ……。」
悩んだ結果、カエデはレイスケの提案を飲んだ。
巨大カエルとの戦いで、レイスケの作ったポーションで助かったのが要因だろう。
「じゃあ早速準備してくるね。」
パンを1個手に取ってレイスケは廊下へ出ていった。
「大丈夫なのか?」
俺は頭を抑えているカエデに話しかける。
「あいつがサイアに薬持盛ったのは許せないけど、あいつの作ったポーションを利用できるなら、その方がいいのかなって思って……。」
不安そうな表情を浮かべるカエデの頭をさする。
「もしあいつがとんでもない薬作って困らせてきたら、ぶん殴ればいい。」
俺の発言で少し安心したのか、カエデはクスリと笑う。
数分後、準備ができた俺たちは、再び昨日の森へと向かう。
森の入り口に到着すると、慣れた動作でタツヤが馬車を止める。
「どうだ、だいぶうまく操れるようになっただろう!」
タツヤがにっこり笑いながら荷車の方を向いた。
ものが散乱した荷車の中からユリがタツヤへと近づいていく
「無事止めれるようにはなってるけど、馬たちが勢いよく走っている時に急カーブさせないで……。」
俺はユリを宥めながら荷物の下敷きになってるレイスケを助け出した。
サイアを抱えたカエデに続いて馬車から降りると、目の前に昨日通った道があった。
カエデが嫌そうな表情で、予備のマントの裾を握りしめる。
「大丈夫だ、あいつの情報は知れたから問題ない。」
俺は昨日なんとか引き上げた槍を手に持ちながら話す。
昨日戦ったあの巨大カエル、正式名称はフライフロッグと言うらしい。
最初直訳した時、「『空飛ぶカエル』ってなんだよ!?」とタツヤと調べていたが、飛ばしてきてた炎で燃える液体から、直訳は『油ガエル』が正しいと言うことになった。
「まあアイツと戦うことになったら普通の武器で戦えばいいさ。」
俺が和ませようとカエデに話すが、カエデは複雑そうな表情をしている。
「今まであの剣の力で戦ってきたから普通の武器使えるかな……。」
「おい剣道部!」
話をしていると、他のみんなも準備ができたらしい。
森の中へ俺、カエデ、タツヤ、サイア、レイスケ、ユリの順番で入っていく。
慎重に森の中を歩いていくと、昨日の沼地が見えてきた。
沼の表面には、黒くなった炭の塊みたいなものが浮かんでいる。
想像以上に酷いフライフロッグの死体を通り過ぎて、さらに奥へと向かう。
途中二の腕くらいの大きさのトカゲや赤いカラスに襲われたりしたが、ヒューマンヘッドより強くはなかったからか、難なく倒せた。
森の深いところにきたところで、レイスケが近づいて肩を叩いてくる。
「確かこの辺に……いた!」
レイスケが指差した場所に、白いミミズみたいに細長いモンスター、アースイールがいた。
全く動く気配を見せないが、見た目からあまり近づきたいとは思えない。
「ここまで僕に戦わせないでくれてありがとう。」
そう言うと、レイスケはマントの下からボロボロの弓を取り出した。
白い矢筒から、矢を一本取り出した。
「おい、その弓で倒せるのか?」
「そういえば言ってなかったね、僕の神器について。」
レイスケがつがえた矢をモンスターに向けて振り絞る。
「僕の神器は弓じゃなくて、この矢だ!」
レイスケが叫ぶと同時に放たれた矢はアースイールの尻尾に突き刺さった。
微動だにしないモンスターを見てレイスケがガッツポーズを取る。
「僕の神器は矢筒とその中で生成される矢だ。1日に1本しか使えない代わり、やが刺さった生物を即死させる能力だ。」
レイスケが自慢げに矢筒を俺たちに向けてくる。
刺さった生物を即死させるという言葉に鳥肌を立てながら、作り笑いで拍手をする。
レイスケは一通り自慢した後、真顔になって動かないアースイールを見る。
「おいどうしたんだ?あのモンスターの死体処理に行かないのか?」
タツヤが構えていたダガーを腰に収めながらレイスケに聞く。
俺はレイスケと同じ気分だ。
倒したはずなのに水晶玉が光らない。
「ユリ、あのモンスターに攻撃してもらえるか?」
俺の質問にユリは首を縦に振ると、杖を持って詠唱を始める。
「スプラッシュマグナム!」
ユリの杖に水がまとわりつき、球状になってモンスターへ放たれる。
水球はモンスターに近づいて破裂した。
次の瞬間、アースイールは不規則な動きで細長い体を動かす。
「何が即死だ!生きてるじゃん!」
タツヤは悲鳴を上げながら収めていた青銅のダガーを投げつける。
投げられたダガーはアースイールに刺さったが、モンスターは不規則な動きで俺たちに飛びかかってきた。
俺は槍をしっかり握ってアースイールと飛びかかられたレイスケの間に入る。
構えた槍に、アースイールがグルグルと白く細長い体を巻きつける。
アースイールが顔を持ち上げながら吸盤状の口から牙をちらつかせる。
次の瞬間、足がついている感覚が消えた。
驚いて足元を見ると、少しだけ地上から足が浮いている。
「なんだこれ!?」
皆が槍に巻き付いているアースイールから俺の顔、俺の足元の目線を向けて、困惑した声を上げる。
「おいこいつ浮遊できる能力でも持ってるのか!?」
「サイアちゃんこの生物について知ってるよね!?教えて!」
「空飛ぶ能力は持ってないはずです!」
急いで槍からアースイールを振り解こうとするが、解ける気配がない。
ふとアースイールの頭部を見ると、キラリと細い何かが見えた。
目を凝らすと、火の光が反射して細い糸が見えた。
「誰か!こいつの頭部にとんがったもの投げて!」
俺はみんなに向かって叫ぶと、カエデが鉄の剣を投げてきた。
鉄の剣がアースイールの頭上を通ると、細い糸が2本に分かれた。
重力を感じていると、尻に鈍い衝撃が走った。
そのまま座りながら、アースイールの首を握りしめる。
アースイールは動く気配を見せない。
「こいつ……死んでるぞ!」
俺はアースイールから手を離すとサイアが豪華なダガーで槍に巻き付いた部分を切り落とす。
立ち上がって近くの木の上を確認する。
周りを見るが、木の葉っぱが邪魔でどこに何がいるかわからない。
「あそこだ!」
死体からダガーを抜き取ったタツヤが俺と反対方向の木の上に指をさす。
じっと目を凝らすと、緑の葉っぱの中から白い影が見えた。
「あいつね!」
カエデが鉄の剣を腰にしまって赤い剣を取り出す。
剣にはすでに赤い刃が付いている。
「放たれろ!」
赤い刃が木の中の白い影へ向かって打ち出された。
赤い刃は白い影に避けられ、爆発した。
白い影が木々を伝い、俺に向かって飛びかかってきた。
槍で伸びてきた爪を防ぎ、さっきまでアースイールがいた平地に弾き飛ばす。
飛び降りた白い影が立ち上がって俺たちを睨みつける。
「猿?」
ユリが嫌そうな表情で白い影を見る。
全体的に俺たちより大きい白い毛並みの猿が、目の前で細長い棒を持って俺たちを睨みつけていた。
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