89話『本の虫の昼食』
静かな部屋の片隅にあるベッドから起きて、本を手に取る。
あの館から持ち帰ったあのメイド、ミリア・オクトヌベスの日記だ。
転移書簡であの館にあった本を全部持ってきて読み始めて2日経った。
騎士と会った後をまだ読んでいないから、他に何か有益な情報がないか調べるていた。
「きょうはあたらしいしゅじんのぶかが3にんきた。みんないいひとだった。」
ページをめくると、黒い鎧と緑髪のメイド、可愛らしい男の子と頭巾を被った女性、銀色の竜が描かれていた。
「なんなのあいつら……。」
描かれた絵に少し困惑しながら見ていく。
まず気になったのは、最初に目に入った銀色の竜だ。
この異世界のモンスターについてまとめられた図鑑で、ワイバーンのページを横で開いている。
図鑑に載っているワイバーンは、全部で7種類。
部屋の外から見えるクロロンみたいな黒い通常種、人間の髪と同じように魔力の属性で変わる赤、緑、青、茶、黄、白の6種類だ。
この日記に描かれている竜と同じ銀色の種類は見当たらない。
竜系のモンスターはワイバーンのほかにサラマンダーと言われる種類もあるが、こっちは翼の生えていないから絵の竜とは完全違う。
とりあえずアルビノのワイバーンってことにでもして、再び絵を確認する。
そして一番気になっている頭巾を被った女性に目を向ける。
普通に怪しいのは確かだが、もしかしたらこいつが長谷と一緒に目撃された女性かもしれない。
日記から顔を上げると、少し疲れが体にのしかかってくる。
「どれくらい見てたのかしら?」
「2時間ほどです。」
部屋のドア前を見ると、棒立ちしているサイアが無表情で呟く。
そんなに見ていたのかという驚きと、ずっとその場で棒立ちしていたのかという困惑が同時にきた。
「立ちっぱなしで疲れない?」
「特に何も感じません。」
私の質問に、サイアは特に気にしてなさそうに答えている。
一応形式上は主人と奴隷だが、申し訳なさしかない。
「そうだ、一緒に美味しい物でも食べに行かない?」
私は未だに直立状態のサイアの頭をさすりながら話しかける。
サイアは少し考えた後、口をひらく。
「今度主人がこっちに帰ってきた時のために、美味しい店を探してみませんか?」
サイアは少し微笑みながら地図を取り出す。
確かに3人に学校の人を探させに行って2日間、ろくに外に出ていない。
少し不安になりながら自分の腹部に触れる。
スカートよりちょっと上に肉が乗ってる感覚があった。
「よし、運動がてら外に出ようか!」
急いでローブと帽子を着て廊下へと出た。
「あ。」
廊下を出て横を向くと、私の数少ない高校の友達、鈴原藍がいた。
翡翠の森で戦ったのが最後の会話にもなっていたからだいぶ関係は険悪になっているかもしれないと思っていたが、目の前で振り向く笑顔を見るにいつの間にか修復されていたのだろう。
「ラン、どうしてここにいるの?」
「今は翡翠の森とアサハラ王国の仲介役をやっているんだ。」
そう笑いながらランが書類を持ち上げる。
「ところでユリたちはどこに行くの?」
「今から昼食でも行こうと思うんだけど、一緒に行く?」
私が尋ねると、ランが目を輝かせながら首を縦に振っていた。
いつものランに戻ってくれたような気がして、安堵する。
現在翡翠の森と王国のやりとりについてあまり話したことなかったから、そこらへんの情報をついでに聞こうかなと思いながら王国の廊下を歩いていく。
「それで、王国と森の関係はどうなってる?」
王城を出て道を歩きながらランに話しかける。
「今のところ森に来る人は極端に少なくなっているから、争いごとは無くなっているよ。」
「少なくなっている?誰も来ないように言っているんじゃ……。」
「多分王国から来る人は居なくなったけど、翡翠の森の薬草とかミカンくんたちが作る蜂蜜を狙う人間がたまに入り込んでくることがあるの。まあ森に入った時点でワームドラゴンにすぐバレて肉食の虫たちに食い散らかされてるから被害はないけど。」
ランの説明を聞いて、安堵と困惑が同時に心に浮かぶ。
とりあえずあの蝶ともう戦わなくて済むと思うだけよしとしておこう。
「それにしても、この辺りってレストラン多いね。」
話題を切り替えようと思って、周囲を見回しながら話しかける。
周囲にはレストランが多く乱立していた。
「王国が森との間で交易を行うようになって、蜂蜜を王国に渡しているの。」
「それ、王国側から何かもらってる?」
「貰わない代わりに王国の人が森に絶対に入らないように言って、入ってきた人間の処遇はこっちに任せるってことなってる。」
ランの話から、森に来た人間のその後を考えながら歩いていくと、一つのレストランに近づいてきた。
店の看板にデカデカとホットケーキの絵が描かれている。
「あ、あそこ前に行ったことあるけど美味しいホットケーキ作ってたよ。」
「じゃああそこにしよっか。」
私はさっきまで無言で横を歩いていたサイアに話しかける。
サイアは隣で地図を書いていたのか、いろんなレストランとかの名前がメモを書いていた。
サイアも首を縦に振ったのでレストランに近づくと、看板に目がいく。
『獣人の入店お断り。』
看板を見て、その場で硬直する。
「獣人の差別ってどうにかならないのかしら?」
「私は気にしてませんので、お2人だけで行ってください。」
サイアが横から微笑みながら話しかけてくる。
どうしようか考えながら周囲を見渡すと、見たことのある猫耳の獣人がいた。
「君は確か、天川の……。」
「あ、どうも。」
白いローブを着た猫耳の獣人が私に振り向いて話しかけてくる。
確かマオとか言っていた気がする。
「皆さんは何をしているんですか?」
「今この店で昼食を食べようと思ったんだけど、サイアが入れないの。」
店に目を向けたマオが妙に納得した表情をする。
「この店の店主、料理に獣人の毛が入っているって苦情を入れられてから毛量が多い獣人を入れるの拒んでいるんです。私も別ルートから入手しないと食べれませんでしたね。」
「別ルート?」
「持ち帰り形式です。店内に入れなければいいので、たまに天川さんに頼んで買ってきてもらっています。」
マオの話を聞いて、一応安堵した。
「じゃあ私中に入って買ってくるけど、何にする?」
「私はユリ様が選んだものならなんでも……。」
「ハニーホットベリー入りって頼むといいよ!」
ランの提案を聞いて、それにしようかなと思いながら店の中に入った。
店の中はそれなりに人がいて、楽しそうに談笑しながらホットケーキを食べていた。
「いらっしゃいませ。」
ふと声の聞こえた方を見て、その場で固まった。
そこには執事を連想させるような綺麗な装いを纏った男性がいた。
顔は整っており、イケメンと言っても過言ではないだろう。
ただそれ以上に気になるのは、灯の反射で光り輝く毛の一本も無い頭部だった。
「ええっと……持ち帰りって可能ですか?」
「それでしたらあちらのカウンターでお待ちください。」
店員が案内した方に視線を向けると、また別の頭部を丸めた店員が頭を下げていた。
「お持ち帰りですね。何になさいますか?」
店員が爽やかな笑顔で話しかけてくるが、頭が光っていて気が気でない。
「ハニーホット……ベリー入りを6枚お願いします……。」
「かしこまりました。」
店員は微笑みながら店の奥へと入っていった。
しばらくその場で待機していると、バスケットを持って店員が戻ってきた。
バスケットの中身を確認すると、美味しそうなホットケーキが入っていた。
「会計は銀貨6枚です。」
「あ、ありがとうございます。」
微笑みながらお金を受け取った店員に一礼して店を出た。
「ユリ、買えた?」
ランが目を輝かせながら話しかけてくる。
その横でサイアも少し期待したような眼差しを私に向けていた。
「買えたけど……色々と衝撃がすごかった……あの頭は一体……。」
「毛が入ってないって証拠のためだけに全店員丸坊主にしているんだって。」
「私の部屋で食べようか……。サイアはこれ代わりに持ってね……。」
私は頷いているサイアにバスケットを渡して、ランに肩を借りながら王城へと戻った。
私の部屋に到着してバスケットの中にあるホットケーキを取り出して皿に乗っけて行く。
口に含んだ瞬間、口の中に甘い味が広がる。
「すごく甘い……。」
「ミカンくんたちが作ってる蜂蜜をふんだんに使っているからとても美味しいよ。」
サイアも少し嬉しそうに足を揺らしながらホットケーキを食べている。
2切れ目を食べようと切り分けた瞬間、水晶玉が光り始めた。
『ユリはいるか!?』
「いるけど、どうかしたの?」
水晶玉に返事しながら覗き込む。
水晶玉の中では、タツヤの姿が映っていた。
『すぐにこっち来てくれ!福田先生がいたけど少し錯乱してる!抑えるの手伝ってくれ!』
タツヤが必死に叫ぶ後ろで、暴れる福田先生にグーパンされているショウの姿があった。
「今私、食事中なんだけど……。」
『後で食えるだろ!』
タツヤの発言を聞いてテーブルに振り向くと、ランが親指を立てていた。
すでに2枚食べ終わったサイアはすでにダガーを腰の鞘に戻している。
私は少しため息を吐きながら転移書簡を取り出した。
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