82話『一つ目の巨人』
「ここもダメね。」
ユリが少しため息を吐きながら廊下にある扉のノブを次々と捻っていく。
残念ながら4個ほど確かめたがどの扉も開く気配がない。
「少し早く歩くぞ。」
「なんで急かすの?」
「後ろからめっちゃ殺気を感じる。」
話を聞いたユリはさっきよりも早足で次の扉へと向かう。
俺も後ろを確認しながらユリの後を追う。
後ろの廊下を見る限りあのメイドの姿はないが、それとは別の気配が背後からする。
前にも一度感じたことはあるが、この屋敷の雰囲気に気圧されてどんなやつが後ろからついてきているのかはわからない状態だった。
「あ、ここ開くわね。」
ユリが一番端の扉のノブを掴んで開く。
次の瞬間、部屋から飛び出てきた赤黒い足がユリの鳩尾にめり込んだ。
「ユリ!」
俺が壁に激突してお腹を抑えるユリに振り向いた瞬間、後ろから何かが軽快に走り寄ってくる足音が聞こえてきた。
「しまっ……!」
俺が後ろを振り向くと、赤ん坊の顔がついた犬が飛びかかってきていた。
咄嗟に後ろに下がろうとするが、床でお腹を押さえていたユリの足に引っかかった。
次の瞬間、眼前まで飛びかかってきたヒューマンヘッドの頭部が部屋から飛び出てきた赤黒い腕にガッチリと握りしめられていた。
「え?」
痛みが和らいできて立ち上がったユリを支えながらヒューマンヘッドと腕を交互に見る。
次の瞬間、苦しそうな表情を浮かべていたヒューマンヘッドの頭部が粉々に砕けて周囲に血が飛び散っていた。
部屋の中から全身赤黒い単眼の化け物が姿を現した。
「あれ、あいつどっかで見たことがあるような……。」
「学校で話題になってたホラーゲームのサイクロプスでしょ!とにかく逃げるよ!」
そのサイクロプスの打撃を喰らって少しお腹を抑えているだけでなんとかなっているユリに驚きながら反対側の廊下を曲がった。
曲がった先の廊下の中央には平たく蟹みたいに目が飛び出ている、小さな棘のついた大きい触手がついた生物がいた。
「なんでアノマロカリスがここにいるの!?」
ユリが困惑した表情を浮かべながら、アノマロカリスの真横を素早く通る。
アノマロカリスは大きな触手を振り回しているが、体を捻ったりできないらしくただその場で暴れているだけだった。
真上から飛び越えてそのまま奥の廊下へと走っていく。
背後からグチャンと音が聞こえて振り向くと、サイクロプスがアノマロカリスを踏み潰しながら俺たちに迫っていた。
さっきのヒューマンヘッドといい仲間という意識はないのだろう。
さらに廊下を曲がって扉を通り越したところで、突然後ろから襟首を掴まれた。
「しまっ!」
俺が叫ぶよりも先に通り越した暗い部屋へと閉じ込められ、口を塞がれた。
必死に叫ぼうとするが、口を塞ぐ力と俺を羽交締めにする力が強くて動けない。
廊下の方からは、ドスドスと走り去る音が聞こえてきて疑問が浮かび上がった。
俺を今捕獲している奴はサイクロプスじゃないのか?
「足音は消えたな。」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには長身の見覚えのあるイケメンがいた。
「谷岡?」
俺が尋ねると長身のイケメン、谷岡が首を縦に振った。
学校では男子バスケットボール部の部長を務めていて、マネージャーの富士と付き合っている隣のクラスのやつだ。
「お前もここに閉じ込められたのか?」
「ああ、近くの村で幽霊屋敷の調査っていう依頼があったからそれをう受諾してきてこのざまだ。」
谷岡は苦笑いを浮かべながら部屋の扉を少し開けて覗く。
まだあのサイクロプスがいるのか、ソッと扉を閉める。
「あいつらはなんなんだ?種族もみんな別々だし。」
「俺もよくわからないけど、敵であることに変わり無いからしばらくここにいよう。」
谷岡の提案に俺は首を縦に振った。
「何があったか話してくれるか?」
俺は丸メガネの少年、宇喜田洋介に尋ねる。
申し訳なさそうな表情を浮かべている宇喜田が口を開く。
「僕と西宮くん、富士さんの3人で幽霊屋敷の調査の依頼をしてここに来たんだ。」
宇喜田の発言を慎重に聞く。
サイアがカバンにしまっていた水を屋敷内にあったコップに入れて宇喜田に差し出す。
「それでこの屋敷に入って緑髪のメイドと戦ったんだけど、その際に僕の神の書を奪われたんだ。」
手渡された水を飲みながら宇喜田が起こったことを話す。
「けど奪われたくらいで何が起こるんだ?」
「あの緑髪だったメイド、僕の神の書の能力を使用したんだ。」
目の前の話を聞いて、俺は困惑の表情を浮かべた。
確か片岡が神器は渡された本人とその血縁者たちしか使えないはずだ。
「そのメイド、お前の書簡を使ったのか?」
「うん、僕の神の書『恐想書簡』は対象にした生物にとっての天敵やトラウマ、恐怖の対象を具現化する能力なんだ。」
宇喜田の話を聞いて脳内にこの世界に来て最初に出会った赤ん坊の顔の人面犬を思い出す。
あれと再び戦うことになると考えると、少し怖くなってきた。
「それで誰が怖かったのかわからないけど僕が友達と作ったホラーゲーム『サイクロプス』のサイクロプス、それとサイクロプスの影にアノマロカリスと隠れて見えにくかったけどもう1体いた。」
「おいサイクロプスはまずくないか!あのゲームでロケラン効いてなかったやつだぞ!」
俺が驚いて立ち上がりながら叫ぶ。
ドアから廊下を覗いていたサイアが静かに指を口に当てる。
「実際、逃げながらサイクロプスに持っていた炎の魔法や西宮の刀身部分の重さを最大100倍まで重くできる槍で攻撃したけど、無傷だった。なんとか蜘蛛の子を散らすように3人で逃げて、僕はクローゼットに隠れてその後、君たちに見つかった。」
そこまで聞いて、俺はため息をついた。
あのサイクロプスをどうやって倒すのかのビジョンが全く浮かばない。
「一応具現化した奴らは倒すことは可能だし、その人が思い出した対象を克服できれば具現化されたものは消える。」
「じゃあそれ克服すればいいんじゃねえの?」
「僕も試そうとしたけど、アノマロカリスはやっぱり怖いよ。」
テーブルの上の水を飲み干しながら宇喜田は申し訳なさそうに頭を下げていた。
まあ俺も倒したとはいえあの人面犬を怖がるなと言われるのはだいぶ
どうしようか考えていると、扉がコンコンとノックされた。
扉の前にいたサイアが手に何本も氷のナイフを持って距離を取る。
開いていく扉から緑色の髪が見えた。
「さっきのメイドだ!投げろ!」
「待って!」
後ろの宇喜田の声が届くより先にサイアが氷のナイフを投げつける。
開いていく扉から緑髪になった富士静が驚いた表情で3本のナイフを交わしていた。
「ヒィッ!」
富士は声を震わせながらサイアに杖を向けていた。
「リビングボール!」
富士が震え声で詠唱をすると同時に、緑色のエネルギー弾が杖から打ち出されてサイアへと向かっていた。
咄嗟にサイアは後ろに下がりながらエネルギー弾を凍らせて受け止めた。
そのまま上に放り投げると同時にバリンと音を立てながら凍ったエネルギー弾が弾けた。
「富士さん、その獣人は味方です!」
いつの間にかテーブルの下に隠れていた宇喜田が宥めようと声をかける。
テーブルの下にいる宇喜田を見て状況を理解したらしい富士は扉を閉めて杖を床に置いた。
「小畑くんこんばんは。そこのオオカミちゃんも味方なんだよね?さっきは攻撃してごめん……。」
富士はサイアに謝りながら青白いカチューシャを整えていた。
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