81話『めいど』
「お邪魔します。」
ユリが呟きながら慎重に扉を開ける。
そのまま慎重に俺たちも入っていく。
外側がボロボロな割に、毎日丁寧に掃除しているのか中はかなり綺麗だ。
「この中に長谷がいるのか。」
俺は廊下を見回しながら扉を閉める。
扉を閉めた瞬間、周囲が一気に暗くなった。
「灯ついてないのか!?」
愚痴をこぼしながら光源を手に入れようとドアに手を伸ばす。
慌てて扉のノブを掴むが違和感があった。
「ユリ、転移書簡は使える?」
「多分使えるんじゃないの?」
ユリは不思議そうな表情を浮かべながら魔法陣を取り出す。
「『転移書簡』。」
ユリが詠唱をすると同時に魔法陣が浮かび上がる。
少し安堵する横でユリが魔法陣に手で触れ要とした瞬間、魔法陣から火花が散って弾かれていた。
「え、なにこれ?」
困惑するユリの横で俺は嫌な想像が浮かび上がる。
さっきから違和感のあるノブを何度も捻るが、ガチャガチャと音を鳴らすだけだった。
「ねえ、もしかしてだけど……。」
ユリが嫌そうな顔を浮かべながら扉を見る。
何か言いたげな顔に俺は首を縦に振った。
「開かない。」
4人も同じ空間にいるのに、廊下が一瞬でシーンと音が聞こえてくるくらい静かになった。
「ホラーゲームとかでよくある展開だね……。」
タツヤが場を和ませようと話すが、足が震えているのが見てわかる。
「とにかく化け物がいないか探しに行くか……。」
「待って!慎重に動かないと全員死ぬかもしれないからみんなで動こう!」
ユリがサイアを抱きしめながら震え声で話しかけてくる。
確かに普通にこの屋敷に閉じ込められるだけなら普通に怖いだけで済むかもしれない。
ただ、扉だけでなくユリの転移書簡も使えないとなると、この屋敷に住んでいる奴が神器を超える能力を持っていることになる。
「とりあえず俺とショウで先陣を斬ろう。」
タツヤがそう言いながら、カバンに入れていたランプを取り出して火をつける。
そのまま廊下を右に曲がって歩いていく。
俺は2人が後ろからついてきているのを確認しながらタツヤの後を追う。
タツヤが窓の方を見ると、目を見開いて立ち止まった。
「なあ、俺たちがこの屋敷に入ったのって正午くらいだよな?」
タツヤの質問に疑問を浮かべながら窓を見てみると、俺も困惑した。
取り付けられた窓からは満点の星空が浮かぶ綺麗な夜景が広がっていた。
「確かに真っ昼間だったな。」
俺も窓の外の光景に整理がつかないまま頷く。
「もしかして、この屋敷の中だけ別空間なのかな?」
ユリが少し落ち着いた様子で考えを言いながら魔法陣の書かれた紙を渡してきた。
「なあ、これは?」
「『転移書簡』。」
俺の手に持った魔法陣が展開すると同時に、サイアが作り出した氷の礫をユリの本から展開した魔法陣に落とす。
俺の手に持った魔法陣から氷の礫が飛び出てきた。
「さっき弾かれたよな?」
「多分、この空間から外側に干渉することだけ無理らしいね。」
俺に手渡した魔法陣を鞄に戻しながら返答する。
どっちみち、この屋敷が出られないということで少しがっかりした。
「そうなるとこの屋敷の中で空間を操っている奴を倒さないといけないのか……。」
「屋敷の外にいる可能性は?」
「俺の勘だけど、敵が神器の効果を遮断するほどの力で精一杯って可能性はないか?」
タツヤの意見を聞いて、ユリは納得したような表情を浮かべる。
確かにユリの神の書を封じる以上、敵もかなりの力を必要とする。
「もし抑制で手一杯だったら、屋敷の外で戦うのは不利だから、こんなわけわからん空間に安全な箇所でも用意して抑制に専念できるようにするのが得策だと思う。」
「んじゃあ、とっととその敵を探し出すか。」
「その必要はないと思います。」
サイアが後ろを向きながら俺に返事をする。
彼女の視線の先には月明かりに照らされた人影が立っていた。
人影は廊下の端にいるせいか、サイアよりも背が低く感じる。
俺とタツヤは2人の前に立ちはだかって槍とダガーを構える。
窓から月明かりが差し込み、こちらに近づいてくる人影を照らし出す。
ロングスカートのメイド服を纏った暗い緑髪の少女が細目で微笑みながら近づいてきていた。
「なあ、あいつと戦う必要はあるか?」
タツヤがダガーを少し下ろしながら俺に尋ねてくる。
確かにメイドらしい少女からは殺意が全く感じられないし、手に持っているのはただの箒だ。
「まあ叫ばれると厄介だから怪しいものじゃないとでも言うか?」
「不法侵入しているから絶対それ通じないぞ……。」
「オゴッ!!」
俺とタツヤがヒソヒソで話していると、頬を細長い箒が掠めてユリの腹部に激突した。
後ろでふらつくユリを支えている状態をみて、俺とタツヤは顔を見合わせた。
「「走れ!!」」
タツヤとともに叫ぶと同時に、俺は踵を返してユリを担ぎ上げながら走り始める。
「箒でダウンさせれるやつに正面から戦うのは危険だよな!」
「あいつは走らず歩いてきてる!このまま走るぞ!」
タツヤが一瞬後ろの振り向いて確認しながらさらに早く足を動かす。
廊下の角を曲がったところで、2つの廊下の曲がり角があった。
「ショウはユリ連れてるから前の廊下を曲がれ!俺はサイアと一緒に奥を曲がる!」
「2人とも気をつけろよ!」
俺は2人に声をかけた後、1つ目の廊下を曲がる。
目の前に上へと登る階段があったので全速力で階段を駆け上がっていった。
上の階に到達したところで、人1人抱えて走った負担が体にかかり、その場で倒れ込んだ。
階段の下から一瞬あのメイドのヒールの音が響いたが、すぐに遠のいていくのを感じた。
「づかれた……。」
「う〜ん、ここは……。」
ようやく目が覚めたらしいユリが上半身を起こして周囲を見回す。
廊下には奥に2方向へと向かう分かれ道と扉が1つ見えていた。
「2人は?」
「あのメイドから逃げるために二手に分かれた。今は1階でメイドと追いかけっこしていると思う。」
「わかった、とりあえず立てる?」
杖を使いながら立ち上がったユリが俺に手を差し伸べてきた。
俺は伸びてきた手を掴んで、だいぶ疲れた体を再び起こした。
「タツヤ様、こちらです。」
俺より前に出て先を走っていたサイアが扉を開いて合図する。
後ろからはメイドのヒールの音だけ聞こえてくるが、姿は確認できない。
俺が部屋の中に滑り込むと同時に、サイアが部屋に入って扉を閉めた。
壁に耳を当てて廊下の音と様子を確認する。
ハイヒールの音は俺たちの入った部屋の扉の前をそのまま通り過ぎていった。
「危なかった……。」
壁伝いに座り込んだ俺にサイアが部屋の中にあったおしゃれな椅子を持ってくる。
「大丈夫、君が座って。」
「私より息切れしているタツヤ様が座るべきです。」
若干無言の圧を感じるサイアの発言に俺は頷きながら座る。
すぐにサイアは近くにあった机を運んでドアのバリケードにし始める。
「さて、このままどうするかだな……。」
少し考え込んでいると、部屋の隅に置いてあったクローゼットからガタリと音が聞こえてきた。
ドアの前に突っ立っていたサイアがクローゼットの方を見ずに氷で作られたナイフを投げつけた。
「「ヒィッ!!」」
俺の叫び声と同じような声がクローゼットの中から聞こえてきた。
慌てて俺も立ち上がってダガーを取り出したところで、クローゼットが開く。
「すんません!許してください!」
クローゼットから出てきたローブを着た人影は流れるように土下座の姿勢をとりながら謝罪の言葉を次々と連ねていた。
その姿に、少し見覚えがあった。
「お前、確か隣のクラスのやつじゃなかったっけ?」
俺は震えるローブを着たやつに近づいて触る。
咄嗟に触ったことで反射的に顔を上げたそいつは、丸メガネの奥が涙でくしゃくしゃになった顔を俺に見せていた。
「あれ、あいつじゃない……。」
俺の顔を見たそいつは少し安堵の表情を浮かべていた
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