77話『落ちる短剣と焼ける矢』
背後から風を切る音が聞こえてくる。
咄嗟にしゃがみながら足を後ろに振り上げる。
微かにつま先が何かに当たった感覚とともに真横で一瞬黒いローブが視界に入る。
「もらった!」
棍棒を勢いよく振り込むが、すでに黒い影は再び透明化していた。
振り回した棍棒は何にもぶつからず、ただ虚しく空を薙いだだけだった。
「くそ、どこに……。」
耳に全神経を注ぎ込んで気配を探る。
右の方から微かに足音が聞こえた。
ポーチにしまっておいた石の礫を宙に放り投げる。
野球でもやっていた1人バッティングだ。
さっき音が聞こえた方向に向きを変えて、棍棒に礫をぶつける。
礫は無数の破片へと砕け、炎を纏って散らばり飛んでいった。
3つくらいの燃える破片が空中で何かにぶつかった。
「熱い!」
黒いローブを被った杉原が姿を現した。
すぐさま杉原に向かって両手を伸ばして走り寄る。
再び杉原が透明化をしようとしている。
「逃すか!」
足を早めてさっきまで杉原がいた空間に突撃する。
左指に布が引っかかる感覚があった。
反射的に鷲掴むと同時に柔らかい感触が伝わってきた。
「キャア!!」
透明化が解けた杉原が顔を赤らめながら太いドライバーみたいなナイフを振りかぶっていた。
無理な姿勢だが右手で持った棍棒を振り込む。
棍棒は杉原の突き出され始めているナイフを弾き、炎をまとわせた。
「放しなさい!どこ掴んでるんですか!」
杉原は少し涙目になりながら俺の腹部に蹴りを入れ始めた。
「透明化する奴をようやく捕まえたんだ!絶対に逃すわけにはいかねえよ!」
「その割に手つきがいやらしいですよ!」
「知るか!!」
俺は杉原の脛に蹴りを叩き込む。
「痛い!」
杉原が足の痛みで少し叫びながら俺の鳩尾に蹴りをめり込ませた。
さっきまで腹筋で受けれていた場所じゃないから急に痛みが走ってきた。
杉原は再び透明化をして姿を消す。
たださっきと違って足音が少し大きめに聞こえてくる。
足音の聞こえる方に石の礫を投げつける。
ゴンという音が聞こえると共に、黒いマントを被った杉原が姿を表した。
「なんでそこまでうまく気配を探れるんですか?」
杉原がナイフを投げつけながら話しかけてきた。
無視して棍棒でナイフを弾いた時には、杉原が俺にナイフを振りかぶって構えていた。
「人に見せられない顔にするのは心苦しいですが、この世界のポーションを考えるとそれくらいの怪我は問題ないですよね?」
杉原の冷たい声が耳元から聞こえてくる。
次の瞬間、ゴンという音と同時に杉原の体がぐらりと揺れる。
後ろ飛びで少し距離を取るが、杉原はナイフを手から落として虚な目で倒れ込んだ。
杉原の頭部からは血が少し垂れている。
地面に転がっている白い破片を確認してから壁の上に目をやる。
すでに夜になっているからうまく見えないが、おそらく仲間だ。
「さて、お前にはついてきてもらおうか。」
俺は杉原を担いで立ち上がった。
杉原は虚な目で俺を見てくるが、喋る気力もなさそうだ。
俺は杉原を背負って周囲を見回す。
周囲にいた住人たちは戦いに巻き込まれないように逃げたらしい。
俺は深呼吸をして、壁に向かって歩いていった。
「さあさあ逃げ惑うがいい!神の命を忘れ、我らを裏切りし愚者どもよ!」
上空から黒石の高らかな笑い声と共に矢が何本も降り注いでくる。
「ユリ〜!どこだ〜!!」
横でカエデが必死にユリを探しながら叫んでいる。
何かいい方法はないか考えながら走っていると、見覚えのある通りに辿り着いた。
「カエデ、こっちだ!」
俺はカエデの腕を鷲掴んで通りを走っていく。
目の前に見える建物を見て、カエデも俺の意図に気づいたらしい。
「おい貴様ら!これはどういう状況だ!」
何人かの鎧を着た兵士と白い鎧を身に纏った騎士が目の前の建物から出てきた。
間違いなく前に共に戦った騎士、ドゥーワ・アルバインの姿だ。
「すみません!匿ってください!」
「おい、どういうことだ!」
突っかかるように話しかけてくるアルバインにカバンの中の水晶玉を投げつけながら2人で門を通り抜ける。
「アルバインさん、聞こえますか!」
カエデが鞄から取り出した水晶玉に向かって必死に叫ぶ。
『なんだこの水晶!お前らの声が聞こえるぞ!』
水晶玉の中で、驚いた声を上げるアルバインが映り込んだ。
矢のほとんどは俺達に向かってくるが、何本かは水晶の中でアルバインに向かって飛んできていた。
『なんなんだこの飛び回る矢は!今すぐ説明しろ!』
アルバインが飛んでくる矢を片手で持っている大剣で次々と叩き折りながら訪ねてくる。
「矢を操る敵です!奴の狙いは俺たちです!あなたに迷惑をかけて申し訳ございませんがお力を貸していただけないでしょうか!」
『私にも矢を打ち込んでくる奴をみすみす逃すわけにはいかない!協力する!何をすればいい!』
水晶玉から協力してくれることがわかって少し安堵する。
「今屋敷には人はいますか!」
『兄上は今王城にいる!使用人も休暇を取らせているから屋敷にはいない!』
「すみません!屋敷がまた壊れるかもしれませんが絶対にあいつを捕らえます!あなたは遠距離攻撃を使える兵士を連れて屋敷を囲んでください!」
『何するつもりだ!?』
アルバインの驚いた声を最後に、カエデは水晶玉をカバンにしまった。
後ろから飛んでくる矢を弾いたり叩き折ったりしながら、屋敷に扉を蹴り開けて滑り込む。
「自ら袋の鼠になるとは、飛んだ愚か者だな!」
後ろから聞こえる黒井の声を聞くと同時に、廊下の中心まで走って後ろを振り返った。
大量の矢が玄関から押し寄せてきた。
「「放たれろ!!」」
俺とカエデは同時に叫びながら槍と剣を突き出した。
柄から打ち出された雷の穂と炎の刃が打ち出された。
まず俺の穂が矢の集合体の中心に穴を開けるように通り抜けていく。
それでも突き進んでくる矢の集合体に後から飛んでくるカエデの炎の刃が俺の開けた中心に投げ込まれた。
「走るよ!」
カエデが腕を掴んで扉と反対方向へ走っていく。
俺たちが窓に近づいたところで後ろの刃が爆発した。
窓ガラスを蹴破って飛び降りて、姿勢を低くしながら上を見上げる。
炎とともに燃え盛る矢が次々と窓を突き破って飛び出していった。
矢の群れは周囲を飛び回っていた後、燃え尽きて次々と地面に落ちていく。
「攻撃してこない?」
「というより、これ自動追尾じゃないのかな?」
カエデの意見を聞いて上を見上げる。
「どこに行った!!姿を表して正々堂々勝負したまえ!」
屋敷の空には黒井が矢を掴んで飛び回っていた。
俺たちを正確に追ってきていた矢は俺たちを探しているみたいに動いている。
「あいつの視界内に入らないとダメっぽいな、しかも屋敷の炎で影が強くなってバレてないっぽいな。」
「わかった、囮をお願いしていい?」
カエデの言葉に俺は首を縦に振る。
俺は屋敷の壁から離れて庭を足音を立てて走っていく。
「黒井、俺はここだ!」
「そこにいたか!」
黒井は叫びながら索敵の動きをしていた矢を次々と飛ばしてくる。
俺は1度深呼吸して槍を振り回し始めた。
まだ穂先は生成されてないが、鱗と石突だけで叩き折ることは可能だ。
それにさっきの狭い場所での爆発でほとんどの矢が壊れたのか、飛んでくる矢が数えれる量だけだ。
カエデの方を見ると、バレないように屋敷内の炎を剣に吸収させて刀身を形成していた。
黒井に視線を戻すと、3本ほど矢がまだ飛び回っていた。
俺はカバンに入っていたもう一本のダイキの槍を黒井目掛けて投げつけた。
「無駄だよ!我が矢はどんな複雑な軌道でも精密に動かすことができるのだよ!」
黒井が笑うと同時に3本の矢が同時に投げた槍に突撃して弾いた。
「さて、取って来る猶予はないぞ!」
俺の周りを数本の矢が取り囲む。
「必要ねえよ!」
「放たれろ!」
俺ができる限りの大声で叫ぶと同時に、カエデが小声で叫びながら形成された刃を打ち出していた。
黒井が気配で振り向いた時には刃が破裂していた。
爆発の威力的には黒井に怪我一つ負わない火力だが、黒井の掴んでいる矢に火が燃え移った。
「あっつ!」
黒井が反射的に矢から手を離したところで目を見開いて落下した。
うまく腹から落ちた黒井は少し唸って顔を上げている横に、走り寄ったカエデが勢いよく弓を持った手に蹴りを入れる。
弓が手から離れたところで、俺を囲っていた矢が次々と地面に落ちていった。
すぐに黒井の頭を踏んづけながら水晶玉を取り出すカエデに近づく。
「アルバインさん、敵を捕獲しました。屋敷の裏庭に来てもらっても……。」
『今から向かう!貴様らも覚悟しとけ!』
そういうと水晶玉に一瞬映ったアルバインの殺意のこもった声が聞こえてきた。
俺と楓は屋敷の焼けこげた廊下を外から眺める。
「修繕費、払える?」
「浅原から報酬もらってるからそっちは問題ないけど、数ヶ月前に壊されてようやく修繕終わったばかりだろうから怒りは相当だろうな……。」
俺の返答を聞いたカエデは、頭を抱えてその場に項垂れていた。
『あとそうだ。』
再び水晶玉にアルバインが移り話しかけてきた。
『さっきお前の仲間のシーフらしき奴が東の路地裏で助けを求めていると言っていた。どっちか1人は行ってやれ!』
それだけ言って、再びアルバインの姿が消えた。
それと同時にカエデが立ち上がって、刃を確認してから東側へ走り出した。
「ごめんショウ!黒井をお願い!」
それだけ言うと、カエデは塀を飛び越えて姿を消した。
「そいつがあの矢の群れを操っていたやつか!」
裏庭に来たアルバインと兵士たちがやってきた。
俺は黒井の服の裾を掴みながら頷いた。
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