75話『ただの真剣士』
俺とタツヤは武器を持って両側から長谷に近づく。
長谷が赤い棍棒を勢いよく地面に叩きつける。
そのまま巻き上がった砂煙と炎の煙幕に隠れた。
「あの棍棒はぶつかったものを燃やす。攻撃は避けるのに専念しろ!」
「わかってる!」
タツヤが返事をしながら砂煙に一歩近づく。
突然、砂煙の中からタツヤに向かって石の礫が飛んできた。
「あっぶな!」
タツヤが軽く悲鳴上げながら礫をしゃがんで回避した。
それと同時に砂煙から飛び出た長谷が棍棒を振り上げてタツヤに近づいていた。
カバンの中に入っていたダイキの槍の1本を投げつけた。
長谷は避けるのが間に合わないタツヤから視線を移して、俺の飛ばした槍を弾いた。
ダイキの槍が炎に包まれて地面に落ちる。
「あぶねえな!」
一瞬俺を睨みつけた後、長谷は足を捻って向きを変えてタツヤから離れた。
長谷にダガーを振りかぶっていたタツヤはそのまま勢いよく地面に倒れ込んだ。
「隙あり!」
長谷がすぐに踏みとどまって棍棒を振りかぶった。
「タツヤ、よけ……!」
俺が叫ぼうとした瞬間、突然タツヤが消え、あの神器のダガーだけが地面に転がっていた。
「「は?」」
俺と長谷の声が重なった。
足を踏み込む音と同時に、長谷の後ろに回っていたタツヤがダイキの短剣を突き刺した。
「こいつ!」
長谷は背中の激痛に表情を強張らせながら、タツヤの頬に左肘を叩き込んだ。
頬を押さえながらタツヤが俺の後ろに回り込んだ。
「タツヤ、大丈夫か!?」
「こめかみぶつけたかも……。」
ポーションを飲みながらタツヤが返事をする。
長谷の方を向くと、ポーチの中から取り出したポーションを背中に垂れ流す。
「この世界のポーション、結構便利だよな。」
長谷は笑いながら俺に棍棒を向ける。
俺はタツヤを庇いながら長谷から距離を取る。
次の瞬間、長谷は棍棒を背後に向かって叩き込んだ。
何もない空中でガキンと棍棒がぶつかる音がすると同時に小さい棒状の物が燃えながら地面に落ちる。
「あっつ!」
誰もいない長谷の後ろから聞き覚えのある女子の声が聞こえた。
反射的に振り下ろしたらしい長谷は困惑した表情を浮かべながら道の側まで距離を取る。
さっきまで長谷がいた空間に、黒いフードを被った少女が立っていた。
「棍棒を女子に振り下ろさないでください。」
フードを取ったナオミが、両手に新しいナイフを腰のポーチから取り出していた。
「透明化かよ……。まあいい、音と気配でギリギリ対応ができる!」
長谷は叫びながらナオミに向かって棍棒を振り被る。
ナオミは再びマントを被って透明化して棍棒をかわしていた。
「2人は早川さんと夏川さんの元へ向かって。」
長谷と戦っているらしいナオミの声が聞こえてくる。
ぱっと見だと長谷が棍棒をただ空中に振っているだけのヤバい人にしか見えない。
「屋根の上から確認したけど、2人とも別々で戦っている状態なんです!多分どっちもクラスメイトです!殺してでも止めてください!」
何もない空間から聞こえる声に、タツヤと共に首を縦に振ってその場を後にした。
「ユリは近くにいるはずだ。悪いけどタツヤはそっちに行ってくれ!」
俺は頬を抑えるタツヤに軽く謝りながら十字路で分かれた。
次の十字路に差し掛かった瞬間、横の道から突風と共にザックリと切られた後のある鎧を纏った騎士数名が悲鳴を上げながら道路の真ん中を転がってきた。
倉田が戦っているのかと思って横の道を覗き込む。
道の真ん中には見たことのある長髪の男が剣を鞘に収めていた。
「くそ、また新手かよ!」
俺に気づいた長髪の男が曲剣を鞘から振り抜いた。
凄まじい風圧が目の前から飛んできた。
何か来ると思って咄嗟に槍を斜めに構えると、槍の柄に火花が散るほどの衝撃が襲いかかってきた。
見えない何かを食らった衝撃で少し後退りする。
横から舞う砂埃の方を見ると、隠れていた建物の角に斬撃の跡があった。
「どうなってんだよその剣……。」
「てめえ、頭の知り合いか。」
長髪の男は再び剣を鞘にしまいながら踏み込んでいた。
多分風の少なくともあんな遠距離攻撃を何度も出されたら戦いにくい。
俺は槍を構えて間合いを詰めるために掛け出す。
急に間合いを詰めてきた俺を見た長髪の男は抜刀を途中で勢いを落とし防御する構えに入った。
突風で少し足がもつれるが、あの斬撃は中断されたからか飛んでこなかった。
槍の穂先が曲剣が一瞬ぶつかったが、すぐに長髪の男が弾いて俺から距離を取る。
「痛えな。」
長髪の男は曲剣を持った右腕を抑えながら俺を睨みつける。
前みたいに感電させる攻撃を警戒したのだろう。
「冒険者、我々も加勢する!」
後ろから声が聞こえると共に、俺の後ろから数名の鎧を着た騎士が剣と盾を構えて俺の前に立つ。
後ろを見ると、さっき攻撃を喰らった騎士たちをモンクらしい青年が杖と本を取り出して詠唱をしていた。
長髪の男の後ろにもモンクの仲間らしい冒険者数名が立っていた。
「速やかに剣を降ろせ!命は助けてやる!」
一番前に立った豪華な装飾を着た白い鎧を纏った騎士が長髪の男に向かって呼びかける。
しかし、囲まれているはずの長髪の男は不適な笑みを浮かべて白い鎧の騎士を見つめていた。
「我が主人よ!なぜ敵に取り囲まれているのですか!すぐにそこの腐った騎士たちを蹴散らしてください!」
長髪の男が耳を押さえたくなるほどの叫び声をあげる。
それ以上に言っていることが全くわからない。
「冒険者、お前の知り合いなのか?」
前で盾を構え直した騎士が不思議そうな声で尋ねてくる。
首を横に振って返答する。
「あなたは我が主人の旧友では無いのですか!」
さらに騎士たちの視線がちらほらと俺に映る。
確かに長谷は知り合いだが、普通に敵対している状態だ。
「あなた方は共に天から人類の抹殺を神より命じられ、神器を授けられたのをお忘れなのですか!」
長髪の男は必至の形相で左手を俺に差し伸べてきた。
騎士たちの視線が一斉に俺に向けられる。
俺は長髪の男のやっていることが分かって身震いした。
「貴様、あの盗賊の仲間なのか!?」
前で盾を構えていた騎士が俺に話しかけてくる。
「違います!あいつの仲間じゃ……。」
「なぜ動揺しているのですか!あなたのその手に持つ雷の神器なら、木っ端微塵にするなど容易いことでしょう!」
「そうなのか!?その槍は神器なのか!?」
前の騎士が俺に向かって尋ねてくる。
否定をしたいが、神器であることが事実だから否定しづらい。
しかも長髪の男の演技に磨きがかかっているせいで騎士たちが少し信じ込まれ始めている。
「盗賊の言うことを信用するな!」
突然後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
振り向こうとした瞬間、俺の真横を赤い髪が通っていった。
再び視線を長髪の男に向けた時には、カエデが剣を振り下ろして曲剣を叩き折っていた。
後ろに下がろうとする長髪の男の首に赤い刃が近づいて止まった。
長髪の男は刀身が根本から折れた曲剣を見て呆然と突っ立っていた。
「嘘だろ……。頭の友人が相手してるんじゃ……。」
まだ何か言いたげな長髪の男の首に、カエデの剣の峰が叩き込まれた。
「この人を拘束しといてください!」
それだけ言うと、カエデは上を見て再び走り始めた。
「おい、カエ……。」
「待て!」
俺が急いでカエデの跡を追おうとするが、騎士たちが俺を取り囲む。
「貴様はあいつの仲間では無いよな!?」
騎士たちが震える手で俺を揺らしてくる。
「違います!あいつはただの盗賊で俺はあいつを捕まえに……。」
俺が必死に説明をしようとした瞬間、俺を揺さぶる騎士の額に矢が深々と突き刺さった。
その場で騒いでいた騎士たちがすぐに静まり返った。
「何を言っているんだ、我が同志よ!」
上から聞いたことのある声が聞こえてきた。
その場で倒れる騎士を横目に、恐る恐る上を見あげる。
右側が黒く左側が赤いマントを羽織った黒髪の青年が俺たちを見下ろしていた。
「久しいな、共に神より承った使命を果たそうではないか!蒼山!」
奇妙な形をした弓を高々と振り上げながら、黒石暦の姿があった。
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