74話『水竜の槍使い』
「あっちに指名手配のやつがいるってよ!」
宿屋から出てきたらしい冒険者たちの声を聞いてそっちへ向かう。
いるとしたら長谷かその部下の長髪の男だろう。
「なあ、指名手配の奴ってどんなんだ?」
走っていた槍持ちの冒険者に話しかける。
長谷か部下のどちらかで対応はそれなりに変わるし、下田とか他の学校のやつの可能性もある。
今は出来る限り情報を集めないといけない。
「狼種の獣人の女らしい。氷を生み出すから炎魔法が使えるやつが必要だ。」
冒険者の放った情報2つを聞いて、少し混乱する。
「なあ、仲間の奴隷に丁度その条件の獣人がいるんだが……。」
俺の話を聞いた冒険者が気まずそうな表情で俺を見てくる。
「その奴隷、脱走とかしたのか?」
「俺の仲間と一緒に行動していたはずなんだけど、誰が指名手配を?」
「依頼主はシモダってやつだったはずだ。」
名前を聞いてすぐに察した。
「情報ありがとな!」
俺は他の仲間を待っている冒険者を置いて依頼所の方向へ向かう。
依頼所の前では武器を持った冒険者たちが集まっている。
近くにいた杖を持ったちょび髭の男に近寄って尋ねる。
「すみません、指名手配中の獣人はどこに行ったんですか?」
「依頼所に宿屋の主人を置いた後、氷で階段を作り逃走したらしい。俺の炎魔法でやっつけてやろうと思ったんだが……。」
とりあえず、目の前の魔法使いらしきやつに燃やされなかっただけ安堵した。
ちょび髭の男に一礼して依頼所の中に入る。
依頼所の中を探し回るが、カエデとユリの姿がない。
「2人ともどこに……。」
「俺らも知りたいねんな。」
後ろを振り向くと、水色の長い柄の暗い藍色のポニーテールの青年がいた。
背中には水色の柄に赤黒い穂先のついた槍が括り付けられている。
間違いなく、1組の下田淳二だ。
「よお下田、俺の仲間を指名手配したのは本当か?」
「他の奴らと一緒にあんたらの捕獲方法を考えてたんだけど、各個撃破が一番手っ取り早いってことになったんや。」
下田が笑いながら槍を手に取った。
「んじゃ俺は獣人狩に行ってくるんで。」
そう言って下田は徐々に人が混み始めている依頼所から間を縫うように出て行った。
急いで人混みを通り抜けると、下田が地面に槍を突き刺していた。
「放たれろ!」
次の瞬間、地面に突き刺された槍から勢いよく赤黒い水が吹き出した。
水の破裂した勢いで飛び上がった下田はそのまま近くの家の屋根の端に捕まっていた。
俺は背中の雷竜の槍を手に取って、屋根を登っている下田に向ける。
「おい、何をやっているんだ!」
さっきの魔法使いらしきちょび髭の男が俺の前に立って邪魔してくる。
男を押し除けている間に下田が屋根を上り切って走り始めていた。
「しまった。」
「ショウいた!」
後ろを振り向くと、ユリとナオミが走り寄っていた。
「悪い、下田に屋根へ逃げられた。」
「下田?あいつ長谷側についたの!?」
「じゃあ私が追います。水晶で行き先を言いますので少々お待ちを。」
ナオミは一言呟くと、下田が登った家とその隣の家の壁をゲームのキャラみたいに壁を連続でキックして登っていった。
俺とユリも急いで壁を伝ったナオミの走った方向を向かう。
『こちら直美、今近くの貴族の屋敷、ヘルト邸へ向かっています。』
俺のカバンの中の水晶玉からナオミの声が聞こえてきた。
「どこだそれ!」
「突き当たりを右曲がって3つ先の十字路のところを右に行ってそこから左!」
「よく覚えてんな!」
「ごめん、私ちょっと遅れる……。走るのやっぱり疲れる……。」
ユリが息をあげながら呟く。
俺は一度頷いた後、ユリに言われた道順で走っていく。
左へ向かう道を曲がった瞬間、凄まじい風圧と共に目の前から下田の頭部が俺の腹部へ突撃してきた。
「ぐおっ!」
「ぎゃっ!」
俺と下田はそのまま十字路の真ん中まで吹っ飛ばされた。
下田が飛んできた方向には、馬車を止めてきたタツヤと、あのラッパ状の銃の音が出る方を俺たちに向けた倉田の姿があった。
「タツヤ、来たのか!?」
「おう!」
「蒼山くん、すぐに離れて!」
倉田が必死に叫んでくる。
横に倒れていた下田がすぐに起き上がって持っていた槍を突き立てようとする。
穂先はさっきみたいに長く赤黒くなく、透き通るような水色の2センチくらいの穂先になっていた。
咄嗟に突き立てられる槍を転がって交わす。
胸に向かって伸びてきていた槍は俺の指を軽く切りつけた。
「痛ぇ。」
「蒼山くん、下田くんから5メートル離れて!」
倉田が鬼気迫る勢いで叫びながらラッパ銃の引き金を引いた。
俺が転がって下田から距離を取った瞬間、下田が勢いよく吹っ飛んでいった。
「その突風起こせる銃、強くない!?」
俺は倉田に軽く笑いながら立ちあがろうとして左手を地面についた瞬間、少しバランスを崩した。
「え?」
左手を見ると、切り付けられた指の小さな傷から、血が飛び出して線を描いていた。
線を辿っていくと、吹っ飛ばされた下田の槍の穂先へと向かっていた。
「あいつの槍は5メートル範囲内の触れた水を吸収して穂先に変換するんだ!」
倉田の説明を聞いて、急いで立ち上がってタツヤ達の方へ行く。
下田から5メートル離れたからか、指の出血はポタポタと落ちるだけになった。
「よし、出血が普通になった。」
「僕の右腕もあれで動かせないくらい血抜かれた。一度離れたらまた触れられない限りは問題ないよ。」
俺はタツヤの後ろに回りながら槍を構える。
立ち上がった下田は赤黒くなった槍の穂先を俺たちに向ける。
「とりあえず、お前が出したサイアを捕まえる依頼を取り消してくれるか?」
「嫌やね、俺も脅されてやっているんや。それにまだ肝心の騎士や貴族に鉄槌を下すっていう本題が出来てないし!」
そういうと下田は槍を地面に深々と突き刺した。
「放たれろ!」
下田が叫んだ瞬間、地面に突き刺された槍から泥水が弾き出てきた。
周囲に湿った砂煙がすぐに落ちる。
「この国の地下にはご丁寧に水道が引いてある……。」
下田は笑いながら地面に突き刺した槍を引き抜いて高々と掲げる。
地下の水道から引き抜いた水が次々と地面から線を伸ばして穂先に集まっていく。
「この槍は水さえあれば穂先をどんな形にも変えられるんや!お前らはこの槍でぶっこ……。」
「放たれろ。」
まだ何か言おうとする下田を無視して地面に槍の穂先を向けて呟く。
穂先が地面へと射出され、爆発する。
「バババッババア!!」
穂先の爆発で舞い上がった土煙の中から、感電したらしい下田の悲鳴が聞こえてきた。
土煙が晴れると同時に、水を被った下田が白目を剥いて倒れていた。
「まあ。水使う相手だったらこうなるな。」
タツヤが遠い目をしながら倒れた下田に近づいていく。
「タツヤ、容態は……。」
「少し痺れているだけだね。気絶するくらいで済む。」
タツヤの返答を聞いて、少し安堵する。
敵対したとはいえ、元々同じ学校の奴だったから死んでほしくはなかった。
「さて、今テロでいいのか?それを起こそうとしている奴は他に誰がいる?」
「とりあえず長谷とその部下がいるとだけは言っとくわ。さっきの感電で俺の舌回らんくなってもうたし。」
「よしあとで話そう。」
タツヤはつぶやいて、下田の額に拳を叩き込んだ。
下田は目を回しながらその場でうつ伏せになった。
「これで痺れが取れても問題ないな。」
「とりあえず、さっき行った2人とカエデとサイアを探そう。どっかで戦っている……。」
俺がタツヤに話しかけようとした瞬間、目の前を火の玉が通って横の家の壁にぶつかった。
煉瓦作りの壁には焼けこげた跡がついている。
「よお、1ヶ月ぶりくらいかな?」
火の玉の飛んできた方を振り向くと、石を握った長谷の姿があった。
「倉田は下田を抱えて逃げろ。」
俺は下田の持っていた槍を手に取る。
倉田が少し躊躇いながら下田を抱えて逃げていった。
俺は倉田が逃げた方向とは逆の方向に下田の槍を屋根に向かって投げ込んだ。
これで下田が起きて倉田から逃げたとしても、すぐに再び闘いに加わることはできないはずだ。
「さて、何考えているか詳しく聞かせてもら……。」
俺が話しかけようとした瞬間、脇腹を石の礫が掠めた。
「一ヶ月、ろくに体を動かせなかった分のリハビリと行こうじゃねえか。」
長谷は俺を睨みつけながら背中に背負っていたあの赤い棍棒を俺に向けていた。
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