68話『最大の剛腕』
「…てください。起きてください…。」
目を開けると、目を見開いてポーションを必死に私の口に注ぎ込んでいるサイアの姿が映った。
体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが走る。
「動かないでください。ポーションを何本も使ったからマシなだけで、今のユリ様は大量に出血しており、身体中の骨が折れています。」
サイアが慎重に私の体を地面に伏せさせながら話す。
目を瞑る前までのほとんど死んでいたかもしれないのを考えると、マシになった方ではあるが、まだ動かない方が良さそうだ。
なんとか我慢して動かせる首を動かして道の方を見る。
道のど真ん中には私に致命傷を負わせた、事切れたジャイアントが倒れていた。
「あのグローブとかいうジャイアントはどうなった?」
「今はご主人が単独で戦っています。」
単独で戦っていると聞いて驚いて起き上がりそうになる。
咄嗟に身体中に痛みが伝わってくる。
「まだ動かないでください。」
「けどカエデが…。」
「お待たせ!」
返答に戸惑っているとタツヤが見覚えのあるメイドを抱えて走り寄ってきた。
「んじゃ頼むよ上原!」
「後方に連れていけないとは聞いてるけどこんな敵の本陣の真隣で治癒すると思わないよ!」
上原さんが聳え立つ城の壁を見ながら震え声で呟くと、私の真横に座ると杖を私の腹部の上に構える。
「神よ、傷付きし者を癒した…。」
上原さんが詠唱を始めた瞬間、少し奥の家が倒壊した。
その場の全員の視線が集中する煙の中から、あのグローブとかいうジャイアントが顔を上げた。
「何あれ…。」
詠唱を止めた上原さんがグローブを見て、悲鳴に近い声で尋ねてくる。
声を聞いてか、グローブの血走った赤い目が私たちに向けられた。
そのまま私が倒したジャイアントの死体へと視線を移す。
「お前らか?」
倒壊した家の木材を掴みながら話しかけてくる。
すぐにサイアが私たちの前に立って氷の壁を生成し始める。
同時に私たちの上にある壁に向かって、家だった木材が衝突した。
「上から!?」
「間に合いません!」
サイアの一言で背筋が凍ってさらに痛む。
壁の破片が落下して私たちに向かって降りかかってきた。
ドームを展開しようにも杖を持つ腕を動かすのも痛すぎて上手く出来なず、目を瞑った。
「危ない!」
声が聞こえると同時に、バキンと聞いたことのない音が聞こえてきた。
目を開けると、壁を蹴って飛び上がったカエデの剣が巨大な壁を真っ二つに焼き切っていた。
「みんな、だいじょ…!」
カエデが空中で私たちに声をかけようとした瞬間、カエデの剣が赤い破片を散らばして折れていた。
カエデの剣は、刀身の折れた部分からジェット機のエンジンを彷彿するような勢いで炎がサイアに向かって吹き出した。
「ヒッ!」
軽く悲鳴をあげて炎を全力で避けたサイアの構築していた氷の壁が秒で溶けた。
軽快に着地したカエデが青ざめた顔で私たちの方を向いた。
その手に持った剣の刀身は黒く変色して灰みたいに散っていった。
「それ神器だよね?壊れるの!?」
上原さんが信じられなさそうな顔で話しかけてくる。
刀身の無くなった剣に視線を落とした後、カエデは青ざめた表情で私たちに視線を向ける。
「壊れてない、炎が切れた…。」
慌てているカエデの話を聞いて、状況を察した。
折れた瞬間に刀身を形成していた炎が一気に放出されて刀身を形成出来なくなったんだ。
「サイアちゃん、援護お願い。」
「了解です。」
カエデが予備で用意していた鉄の剣を構えながら慎重にジャイアントに一歩ずつ進んでいく。
「上原さん、治癒をお願い。」
2人がジャイアントに立ち向かっている間に、上原さんに話しかける。
残念ながら上原さんはジャイアントに怯えて、聞こえていないらしい。
タツヤが上原さんの肩を叩いてこっちに視線を向けさせる。
「上原、こいつの治癒を頼む。」
「かかっかみょ!」
「落ち着け!」
上原さんが必死に唱えようとするが、恐怖で呂律が回らなくなっているらしい。
なんとか深呼吸をして落ち着いた上原さんは再び杖を構えた。
「神よ、傷付きし者を癒したまえ。」
落ち着いた上原さんが丁寧に詠唱すると、身体中から痛みが引いていった。
腕を動かすと、少し腕が痛むがなんとか杖を掴めた。
目の前ではカエデがグローブの振り下ろした丸太で鉄の剣が叩き折られていた。
折れた剣を見て青ざめているカエデにグローブの巨大な腕が伸びてくる。
「ご主人!」
サイアがカエデを突き飛ばしたが、そのままグローブに鷲掴みにされた。
グローブの手の中でサイアが真顔で暴れるが、力負けしていて抜け出せそうにない。
「狼種の獣人…。あの方に申し訳ないが、可哀想だがこのまま死んでもらう!」
グローブは叫びながら、丸太を勢いよく振りかぶっていた。
「タツヤ!」
私が叫ぶと同時に、タツヤが何かに弾かれるようにグローブに向かって走っていく。
振りかぶっていたグローブも私の叫びに視線が私に向いた。
その一瞬を見逃さなかったカエデがジャイアントの足元へと入り込んだ。
まだ残っている鉄の剣の刀身を、人の頭ほどあるくるぶしに向かって叩き込んだ。
「っ!貴様!」
ジャイアントが足元のカエデに視線を移動させたタイミングで走り寄っていたタツヤがダガーを投げつけた。
グローブは飛んでくるダガーを無視してカエデに向かって丸太を振り上げた。
ダガーがグローブの左肘に刺さった瞬間、巨体の動きが完全に止まった。
「ブレイズブラスト!」
軽く痛みを感じる体を震わせて立ち上がった後、杖を構えて詠唱をする。
飛び散った炎が、カエデが手に持った赤い柄しかない剣へと集まって刀身へと変わっていった。
ダガーが外れて誰もいない場所へグローブの丸太が振り下ろされた。
「いつの間に!」
カエデはグローブが振り上げようとする丸太を走り登って赤い刀身を巨体に向かって深く突き刺した。
「こ…のく…そがあ!」
胸を押さえながら叫ぶグローブの手からサイアがすり抜けてその場を離れた
「放たれろ。」
カエデがつぶやくと同時に、形成された刃が再び柄を離れた。
悶え苦しむジャイアントの胸から赤い光が漏れて、上半身が爆散した。
周囲にジャイアントの肉片が飛び散って、上原さんが口を押さえて震えている。
3メートルはあるグローブの下半身がそのまま地面に崩れ落ちた。
カバンの中で光り始めた水晶玉を取り出して覗き込む。
『モンスター【ジャイアント】討伐報酬:金貨1枚』
「これで、倒れたよね?」
「水晶に討伐されたとでていたし、あれで生きていたらそれもう生物の域超えてんだろ。」
予備のダガーを手の中で回しながら、タツヤが話しかけてくる。
ジャイアントの死体の前に座り込んだカエデに、サイアが近づいて肩を貸していた。
「じゃあ、倒したってことよね?魔王軍の幹部を。」
「そういうことだな。」
タツヤがため息を吐きながら拳を握って上に掲げる。
「ユリありがとう!」
カエデがサイアに支えられながら、満面の笑みで私に手を振っていた。
私は息を一息ついてそのまま目を閉じて寝息を立て始めた。
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