60話『山道の開戦』
鬱蒼とした森の中を馬車が慎重に闊歩していく。
馬車の中にいる兵士たちは、皆頭を下げ青ざめた表情を浮かべていた。
かくいう俺も皆と同じように顔を真っ青にして項垂れていた。
「大丈夫?馬車だと酔いやすい?」
横からフレイクが話しかけてくる。
「いや、今からサフィア王国を奪還しに行くと考えると緊張してくるんです。」
俺はため息を吐きながら返事をする。
現在乗っている馬車は、サフィア王国に向かっていた。
数時間前に奪還作戦が開始され、俺はフレイクとその横に座っているサイアと他の兵士たちと共に運ばれていた。
奪還作戦の流れとしては、サフィア王国にある北門、東門、西門の3つの門をリズラス王国、アサハラ王国、サフィア王国、ガネット帝国、トラドンサキア教国の5国が攻撃を仕掛ける。
そして、サフィア城に近い南側の壁を俺も加わっているディモンド王国の軍が穴を開けて短期決戦を仕掛けるとのことだ。
本来だったら俺たち全員でディモンド王国側で作戦に向かうはずだったが、東門を担当するアサハラ王国とサフィア王国の混合軍の戦力が低すぎるということで3人がそっちに加わることになった。
「まあできる限りは私が片付けるし、あなたも強いから問題ないでしょ。」
フレイクが笑いながら励ましてくる。
正直俺はそれ以上に不安なことがあった。
「けど俺、槍技を覚えられませんでしたよ。」
俺は頭を抱えながらフレイクに呟く。
村周りのゴブリンとの戦いの時にを見せてもらった槍技は、この作戦が始まるまでに覚えることが出来なかった。
「そもそも、槍技なんて冒険者上がりのランサーが覚えるのに最低1年はかかる。気にしなくていいよ。」
フレイクは励ましながら席を立ち上がって反対側に座る兵士たちの元へ行く。
次の瞬間、フレイクが槍を手に取って反対側に座っていた兵士の頭を掴んで床に向かって突き飛ばした。
さっきまで兵士がいた椅子にやが突き刺さった。
「敵襲!」
フレイクは叫びながら扉を蹴り開けて外へと飛び出した。
俺も急いで外に出ようと扉に近づいた瞬間、後ろからサイアが俺の襟首を後ろから掴んできた。
「おい急に何す・・・!」
俺が振り向いて怒鳴ろうとした瞬間、開いた扉からガコンと音を立てながら床に矢が2、3本ほど打ち込まれた。
さっきまで兵士たちが座っていた壁に次々と鏃が突き出てくる。
「敵襲!敵襲!」
後ろの馬車からも騒ぎ声が聞こえ始めた。
「俺が前をいく。」
巨大な盾を持った兵士が扉に盾を構えながら先行する。
盾が揺れるたびに足元に矢が落ちていく。
盾を持った兵士が合図を送ると同時に、俺とサイアは馬車から飛び出した。
目の前ではフレイクがあの両刃の槍を肩で回して、数体のゴブリンの頭部を宙へ飛ばしていた。
「俺たち必要か?」
盾持ちの後ろに隠れた兵士が話しかけてくる。
答えようと口を開いた瞬間、目の前で馬車の壁に矢が刺さった。
「矢に気をつけろ!」
俺はそれだけ言って周囲を見回す。
すでにフレイクによってバラバラにされたゴブリンの死体が散乱していた。
あとからついてきていた馬車からも兵士が続々と出てきてゴブリンたちとやり合っていた。
道の茂みからゴブリンたちが顔を覗かせている。
「いた!」
俺は一瞬驚きながら槍を突き出した。
槍が深々と刺さったゴブリンが顔を歪ませて悲鳴を上げる。
事切れて倒れるゴブリンの後ろから2体のゴブリンが棍棒と大剣を振りかぶって飛び出してきていた。
「ショウ様伏せてください!」
後ろから聞こえた声の通りに咄嗟にその場に伏せると、俺に武器を振り下ろそうとしたゴブリンの身体中に氷のナイフが次々と刺さった。
背後から地面につくのではと思えるくらい姿勢を低くしたサイアが棍棒を持った方のゴブリンにナイフを突き立てた。
俺はサイアに向けて大剣を振りかぶったゴブリンに向かって槍を突きさした。
力なく振り下ろされる大剣を軽く避けてゴブリンの腹から槍を抜き取る。
「弓を撃ってる奴らは皆殺した!反撃を始めろ!」
フレイクの声と共に、次々と馬車から兵士が次々と飛び出してゴブリンたちを蹴散らしていく。
この調子ならすぐに片付きそうだと安堵していると、茂みへと入っていった兵士たちの悲鳴が聞こえてきた。
茂みの奥から、巨大な半透明の緑色の液体が流れ出してきた。
「スライムだ!」
悲鳴をあげる兵士たちの中心からもこもこと緑色の液体が盛り上がってきた。
「私が時間を稼ぐ!メイジたちは隙を見てスライムに魔法打ち込んで!」
フレイクがスライムに向かって走り寄って槍を構えた。
俺も手伝おうと足を伸ばした瞬間、後ろからサイアに腕を掴まれた。
「こっちからも来ます!」
カエデが指を刺した方からまた別の緑のスライムが現れた。
「あっちもそうだけど、でかいな・・・。」
俺は呟きながら槍をスライムに突き刺す。
ブニュンと嫌な感触を伝えながら、槍がスライムの中に入り込んでいく。
「スライムは物理的な攻撃では倒せません!ショウ様の電気の槍を放出する必要があります。」
後ろからサイアがスライムの地面についている部分を凍らせながら叫ぶ。
スライムから伸びてくる触手をすんでのところでかわしながら、槍を強く握って電気を放出した。
穂先から電気が身体中に伝わったのか、スライムはその場でプルプル震えた後、その場に沈み込んだ。
カバンの中の水晶が光ったのを確認しながらフレイクの方を見ると、スライム相手に大立ち回りを披露していた。
次々と伸びてくる触手を全てフィギアスケートで見るような動きで交わしながら槍を振り回していた。
振り回される槍は、確実にスライムの体を切り裂いているが、すぐに塞がっていく。
「準備できました!」
最後尾の馬車から出てきたメイジ2名が杖を構える。
フレイクは深く槍を振り抜いた後、スライムから距離を取った。
「「ブレイズブラスト!」」
メイジたちが詠唱をすると、弾けて散らばった炎がスライムに降りかかった。
スライムは燃えながらそのまま萎んでいった。
「これで敵はぜん・・・。」
俺が尋ねるより前に、サイアが俺を突き飛ばした。
先まで俺がいた場所を飛び出してきたゴブリンの槍が突き出されていた。
「多分まだ来ます、気をつけてください。」
「どんだけいるんだよ!」
俺は悲鳴を上げながらゴブリンの頭部を槍で振り抜いた。
「報告です。」
水の魔石の入った杖を携えたゴブリンが玉座の間に入ってきた。
ウィークが立ち上がって入ってきたゴブリンの元へ向かう。
「シャクジャ、状況はどうなっている?」
「南の山からディモンドの兵士たちが馬車3台が向かってきています。」
シャクジャと名乗ったゴブリンがこの王国に進行してきている人間たちの状況を話す。
「今押されている箇所はどこだ?」
「多分東門だろ。」
俺は豪華な椅子の上で寝っ転がりながらウィークの上から話す。
今は西から来るリズラス・トラドンサキアの共同軍にはコウヘイ1人、北門のガネット帝国軍には俺の部下たち3名が、東門のサフィア・新王国の共同軍はゴブリンとジャイアント、ゴーレムの混合軍が対応していた。
本来だったら俺でも戦うのを尻込みするガネット帝国の軍勢が1番厄介だが、俺の部下たちなら、まず死ぬことはないだろう。
西門から来ているあの共同軍もコウヘイの敵ではない。
そうなると、今もあの神器使いたちがいるであろう新王国の奴らを雑兵たちで止めっぱなしでいられるとは思えない。
「じゃあ俺が参加すればいけそうか?」
玉座の間で眠りこけていたジャイアントのグローブが起き上がった。
7メートルの体躯を縮こませながらゴブリン2体の方を向く。
シャクジャと名乗ったゴブリンは軽く悲鳴を上げながら距離をとっていた。
「お前は南から近づいているディモンド王国の奴らを相手しろ。あの山を越えてくるのに大軍は無理だからその3台だけのはずだ。その後に東門の奴らを迎え撃て。」
「あいよ!」
グローブは寝転がりながら壁を開けて外に出ていった。
「お前はゴブリンたちを連れて南の奴らを奇襲した後撤退しろ。」
「東門をカバーさせないでいいのか?」
ウィークがぽっかり空いた穴を見ながら俺に話しかけてくる。
「南からの数は少なくても、ディモンドの軍は放って置けない。お前の部下が証明してくれただろ?」
俺が聞くと、ウィークはため息を吐きながら頷いた。
数日前、遠征に向かったゴブリンの部隊を全滅させた軍の奴らだ。
下手に放っておくわけにはいかない。
「それに、魔王軍幹部が2名で相手するんだ。全滅とは行かずともかなりの戦力を削れるはずだ。」
俺はぽっかり空いた穴からのそのそ歩いていくジャイアントを眺めながらウィークを笑い飛ばした。
「お前この前2番の番人に説教されてから結構変わったな。」
「間延びした声は一番気をつけないといけないけどな、どこで聞いているか分からねえ。」
あけましておめでとうございます!
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