59話『守るもの。』
「お待たせしました、ショートケーキです。」
店員が俺とカエデの机にショートケーキを2つに置いてくれた。
前を見ると早速フォークで掬い取ったケーキをカエデが頬張っていた。
「甘い…。」
まだ一口しか食べてないのにカエデがもう満足と言いたげな表情を浮かべる。
俺も掬い取って一口に運び込む。
「甘い…。」
食べて出た一言はカエデと全く同じだった。
よくよく考えれば最近の食事は体調管理を意識した料理が多く、糖分を口に入れるの自体久々だった。
「最近訓練に参加していて街に出る機会ないのに、よくこんな美味しいケーキ屋さん見つけたな。」
「先週2人がゴブリン退治に行ってる間に観光を楽しんでた。」
ケーキを頬張って満面の笑みを浮かべながら答えてくる。
多分この世界に来てからだといちばんの笑顔だろう。
「ところで、ここ最近訓練の調子はどう?」
満面の笑みで訪ねてくるカエデから目をそらす。
ゴブリンを倒した後、俺は槍技を覚えようと必死に訓練に精を出していた。
結果としては、この1週間では覚えれる気配は一切なかった。
「見様見真似で何度やってもあの一瞬で間合いを詰めるような速度が全く出ない。」
「わかる、私も団長の元で剣技を覚えようとしているんだけど、全く習得できる気配がないよ。」
カエデは頬杖をつきながらケーキを眺める。
「タツヤも騎士に一方的に叩きのめされていて、一切成長を感じられなかった俺に比べれば100倍マシだろって言ってたけど、それ本当?」
「女騎士さんが言うには、この国の正規兵に短剣使いはいないから団長が教えることになってるけど、短剣の教え方は私から見てもめっちゃ下手だったからね。」
カエデが笑いながら話すのを聞いて、朝からベッドから出てこないタツヤを思い出す。
フレイクに無理やりゴブリン討伐に連れて行かれた日も、疲れ切っていたタツヤが起きたのが昼くらいだったから、もうそろそろ起きてる時間だろう。
「サイアちゃんも動きはいいけど団長が暗技とかいうナイフ系とかのスキルは教えれないって状態になってたね。」
「結果的に一番強くなっているのが他の属性魔法使えるようになったユリってことになるな。俺たちももっと頑張らないと…。」
「まあ今日は休日なんだし、2人とも体を休めておきな。」
カエデの後ろの席からフレイクが顔を覗かして話しかけてきた。
唐突に後ろの席から顔を出して話しかけてきたからか、驚いたカエデが前のめりに避けようとしてそのまま頬にケーキのクリームがくっついていた。
「びっくりした!」
「フレイクさんなんでここに!?」
俺はテーブルに置いてあった紙でカエデの頬を拭う。
「今日は元から休暇をもらってるんだ。こいつの誕生日だから。」
フレイクが自身の席の反対側に親指で指差す。
目の前には、フレイクと同じ髪色で青い服を着た小学生くらいの少年がケーキを食べていた。
「こ…こんにちは…。」
少年は照れているのか顔を赤らめて一礼してきた。
おそらく、フレイクさんの弟だろう。
フレイクが家族のことを話したことはあまりなかったから、微笑ましい光景に見えてくる。
「可愛いですね、弟さん?」
「息子のキーソン・タニティアです。母がいつもお世話になっています。」
再度一礼するキーソンくんの返事を聞いて、飲み始めたコーヒーが気管に流れ込んでいった。
「ゴホゲッホゴファッ!!」
コーヒーでむせてそのまま机の上にぐったりと倒れた。
周りに頭を下げながら顔を赤くしたカエデが紙を数枚まとめて、俺の口から噴き出た机の上のコーヒーを拭いていく。
「えっと…息子さんなんですか?」
むせて話せない俺の代わりに、カエデが聴きたかったことを尋ねてきた。
「ああ、私と違って頭のいい自慢の息子だ。」
「フレイクさん何歳でしたっけ?」
「21だ。」
「キーソン君は何歳?」
「今日で8歳です。」
2人の年齢を聞いてさらに頭を抱えたくなった。
この世界の成人年齢が違うとしても未成年の時に産んでいることに変わりが無い。
「今日で8歳ってことは、今日が誕生日なの?」
優しく話しかけるカエデにキーソンくんが微笑みながら首を縦に振る。
「そうだ、今日この後予定ないなら私たちの家で誕生会を開こうと思うから、仲間を連れて来ねえか?」
名案みたいに言うフレイクに俺は首を横に振った。
「そういうのは家族やキーソンくんの友達とやってあげたほうが…。」
「友達はいないし家族は私たち2人だ。」
紅茶を飲みながらフレイクが真顔で呟いた。
「わかりました!折角のお誘いなのでぜひいかせてもらいます!」
どう返答しようか考えている俺の反対の席で、カエデが意気揚々と答えた。
「上がりました!」
キーソンくんが同じ数のペアが揃ったトランプを、中央のカードの山に放り込んでいた。
「うわ〜、強いな〜。」
タツヤが苦笑いを浮かべながら手に持ったジョーカーのカードを机に上に置いていた。
「久々にババ抜きやったけど、あまり早く上がれないね…。」
「ユリ様は顔に出過ぎています。」
サイアの小さい返事にユリが驚いた様子で振り向いていた。
フレイクの家に招待されて2時間くらい経った。
俺たちは机に並べられた豪華な料理と誕生日ケーキを食べたりした後、タツヤが持ってきたトランプで遊び始めていた。
「よ〜し、第8ラウンドと行こうか!」
「次は1位になりますよ!」
タツヤが目を輝かせるキーソンくんの前で、慣れた手つきでシャッフルし始めた。
「ごめん、私ちょっとトイレ…。」
一番料理をお腹に押し込んでいたカエデがお腹を抑えながら頭を下げる。
「じゃあ俺ちょっとこいつに付き添ってくる。」
俺はカエデを連れて部屋を出てトイレへ向かった。
カエデがトイレに入れて部屋に戻ると、さらにトランプが盛り上がっていた。
「カードの交換はしなくていいのか?」
「僕はもう勝つ気しかないですよ。」
タツヤとキーソンくんはお互いに笑いながら睨み合っている。
なぜババ抜きからポーカーに変わっているのが聞きたいが、すぐに輪に入レそうな雰囲気は醸し出していなかった。
ふとベランダの方を見ると、フレイクが涼んでいた。
「中に入らないんですか?」
「今はちょっと涼みたいからね。」
フレイクが手招きしてきたので、外に出て近づく。
ベランダからは、この国の城下町が広がっていた。
遠くまで目を凝らしても、壁が見えなかった。
「広い国だよここは…。」
フレイクは外を一望しながら呟く。
「前に守りたいものがあると強くなるって言ってましたけど、守りたいものってこの国ですか?」
「この国もだし、あの子もだし、私も含んでる。」
フレイクが真顔で呟く。
「自分も?」
「何かを守るために人は必死になっていく。戦いでも守りたいものを守るためには生き残ろうとして気持ちが湧いてくる。」
フレイクは呟きながら部屋の中に視線を移す。
お互い同じカードのツーペアで笑い合っているタツヤやキーソンくんたちの姿があった。
「君は守りたいものとかあるかい?」
「まあそりゃありますよ。」
俺が返事をしていると、トランプをしている4人の所にカエデが乱入しようとしていた。
「ショウ、もう一度ババ抜きするから来て!」
「よし、じゃあ私ももう一度やろう!」
フレイクが背伸びをしながら部屋の中に入って行った。
俺も部屋の中に入ると、すでに用意されたらしいトランプを手渡された。
誕生日会はそこからさらに3時間続いた。
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