43話『進まぬ交渉』
目を開けると、見たことある天井が視界に入った。
「蒼山さん、大丈夫ですか?」
小杉が俺の顔を覗き込んで話しかけてくる。
「いええ……あ……。」
声を出そうとするが、うまく声が出ない。
「ちょっと待ってね、今解毒用ポーションを持ってくるから。」
小杉が急いで部屋を出ていくと、ドタドタと音を立てながらカエデが部屋に入ってきた。
「ショウ!目が覚めたの!?」
カエデが満面の笑みで俺を揺らしてきた。
返事をしたいが、声がうまく出ないせいでストップと言えない。
「ご主人、ショウ様は先の戦いでかなり疲弊して、かつ麻痺毒も受けているため喋ることもままなりません。小杉様がいらっしゃるまで少々待ちましょう。」
サイアがカエデの腕を引っ張って説得する。
すぐに戻ってきた小杉に渡されたポーションと水を飲んだ後、ようやく体が動くようになってきた。
「じゃあ私は教会に戻るので、何かあったら教会にお越しください。」
小杉は持ってきていた解毒用ポーションを入れていた手提げ鞄を持って部屋を出ていった。
「カエデ、俺は蜂と戦った後の記憶が全くない。説明をしてもらってもいいか?」
「ごめん、私たちも戦い終わった後、疲れ切ってあまり覚えていない。」
カエデが申し訳なそうな表情で手を合わせる。
カエデの後ろに控えていたサイアが無表情で手を上げる。
「あの、私はユリ様の近くでお話を聞いていたので、少しばかりお話しする事ができます。」
「サイアちゃんありがとう!」
カエデがサイアを頭を撫でながら褒める。
サイアは無表情を徹底しているが、尻尾がブンブン振られている。
「じゃあ、サイア頼む。」
獣人の感情が尻尾で表現されているのかなと思いながらサイアに頼む。
サイアは首を縦に振ると説明を始めた。
まず俺が蜂と共にクロロンの尻尾ではたかれて気絶している間に、ユリが魔王軍幹部と名乗った蝶、フォロムを倒したらしい。
その後、カエデが鈴原を無力化した後にユリが転移書簡を使ってその場に浅原と天川を呼び出したらしい。
そして、目の前のデカい蝶に怯える浅原とかろうじて喋ることが出来るフォロムの間で話し合いが行われた。
その場では全く話し合いはまとまらず、鈴原を人質に後日話し合いをするということで撤退してきたらしい。
そして2日経ち、今王国の外の壁の真下で会談を行なっているらしい。
「その話し合いって順調なのか?」
「ユリ様は簡単には纏まらないだろうけど、鈴原さんが生け捕りにされているから暴れる心配はないと予想していました。」
サイアは不思議そうな表情で質問に答えた。
「ユリが言うなら問題はないよね?」
カエデが考え込みながら尋ねてくる。
ユリがその会談に参加しているなら問題はないと思いたい。
「俺今動けないし、虫たちが攻めてこないことを祈ろう。」
俺が喋ると、カエデも相槌をうちながら椅子に座った。
「名前は……フォロム・クロウフライでいいんだな?」
浅原が冷や汗をダラダラと流しながら対面しているフォロムに声をかける。
「ソウダ。」
フォロムが頭を縦に振りながら答える。
浅原はビクビクしながらフォロムを見つめる。
話し合いは、人間側は浅原と天川と私、虫側はフォロムとあの弓みたいに枝を撃つ蜘蛛、それと人質のランの6名で行われることになった。
本当だったらもう少し人がいてほしいが、タツヤとショウと白石は蜂の麻痺毒で最低1週間はろくに動けない。
一応、壁の上でマオが会談を見ていて問題があったら門が開いて兵士たちがすぐに2体を囲めるように待機しているが、出来れば穏便に済ませないといけない。
「浅原、相手が動くたびに驚かないで。」
「わかってる……わかってはいるけど……。」
浅原は私の念押しに震え声で答える。
今までのムカデとかも遠目で見ていたからそこまで怖くなかったのだろうが、間近で巨大なフォロムとその横の蜘蛛を見て臆しているのだろう。
よくもまあこいつが王になれる神器をもらえたと呆れる。
「まず、双方の要求を簡潔に言ってください。」
話し合いが無事進行することを願っていると、天川が丁寧に話し合いの口火を切った。
「ワタシタチノヨウキュウハ、マホウツカイノヨコニイルカノジョノカイホウト、ニンゲンノモリヘノシンニュウヲキンシ、コノフタツダ。」
すぐさまフォロムが提案してきた要求に私は驚いた。
「待って?それだけでいいの?」
「ワレワレノスミカヲコワスコウイヲキサマラガサイカイシタカラナ。」
フォロムの発言を聞いて、私はその場で考え込む。
翡翠の森に入らないと言う条件なら簡単に守れるはずだ。
元々翡翠の森は虫たちの住処な以上、私たちが無理に侵入する必要もない。
「それは……その〜……。」
浅原が口を開くが、しどろもどろであまり話そうとしない。
天川も冷や汗を垂らしながら考え込んでいる。
「ナゼコトバニツマル?オマエタチニマモレヌジョウケンナノカ?」
フォロムが声を荒立てる。
浅原は何か言おうとして、口を閉ざした。
「単純な話じゃない。森への侵入を全面的に禁止するだけでしょ?」
「わかったよ……。」
私は浅原に詰め寄ると、浅原は意を決してフォロムに向き直った。
「まず、鈴原藍の解放だが、それは呑む。」
浅原はそういうと、天川に合図をする。
天川は睡眠薬で眠っているランを浮遊させて蜘蛛の前に置いた。
蜘蛛が手っ取り早く縄を解いて、自分の背中に乗せる。
「アトハモリノハナシダナ。ニンゲンハシンニュウヲシナイトイウコトデ……。」
「森の件は、まだ要求を呑めない。」
浅原の言葉にその場の空気が凍りつく。
「ドウイウコトダ?」
ランが手元に戻ったことで穏やかになっていたフォロムの口調が、戦っている時と同じくらいの圧へと戻った。
「何言っているの?」
「人間の森への侵入の禁止を、もう少しだけ待ってほしい。」
浅原は冷や汗をダラダラと流しながらも、フォロムに面と向かって言った。
「おれ・・・我々の要求は、翡翠の森の木の伐採だ。」
浅原の要求を聞いて、頭の中で一つの仮説が浮かんだ。
もしその仮説通りなら……。
「天川、ひとつ聞きたいんだけど……。」
私は天川に近づいて尋ねる。
天川は諦めたような表情を浮かべる。
「この国の建築資材はどこから?」
「翡翠の森で採取している。」
2匹の頭部が天川へと向けられる。
私は頭の中で経緯を繋げていく。
「まず浅原がルマリン王国跡地で神器を使用し、浅原王国を建国した。けど20年前に1度滅んだこの国の建物のほとんどは倒壊している。だから建物を直す上で建築資材が必要になる。ちょうど近くには、建築資材に使える木が生い茂った森があったからそこから伐採してきた。さらに最近、同盟国のサフィア王国からの避難民の受け入れでさらに建築資材が必要になって、この森が欲しかったのね。」
「全くもってその通りだ。」
私の推測を聞いた天川が首を縦にふる。
だから浅原は簡単に要求を受け入れられないんだ。
「俺たちの国は建て直している最中で、残り1割の建物の修復に資材を必要としている。サフィア王国からの難民用の施設も建てる必要がある。」
天川は頭を抱えてフォロムに説明をする。
「だから、せめて資材を集めさせてくれ!」
浅原はその場で跪いて土下座した。
壁の上で見張っていたマオが騒ぎそうだったのを、天川がバツ印を作って落ち着かせる。
「オマエラノツゴウデワレラノスミカノイチブヲウバウト?」
フォロムがどすの利いた声で浅原に詰め寄る。
「そもそも、今回の件は魔王軍がサフィア王国を襲って難民を襲ったせいで資材が必要になったんだ!」
「ワルイガマオウグンノウゴキヲワタシハシラナイ。」
フォロムの返答にその場の空気が再び凍りついた。
「けど・・・魔王軍の騎士がこっちに来たって……。」
「アッテナイ、オソラクイマウゴケナイランスビーガタントウシテイタハズダ。」
フォロムの返答を聞いて、私は頭を抱える。
「魔王軍内で連携は取れてないのか……。」
私の言葉にフォロムは頷く。
「わかりました。もう一度我々の間でも話し合いをします。また今度会議をしませんか?」
「リョウショウシタ。カノジョハツレテカエル。」
天川が提案をすると、フォロムは一言二言話して空を飛んでいった。
「デハコレデシツレイ。」
蜘蛛は眠っているランを乗っけたままそそくさと帰っていった。
「とりあえず今回は問題なさそ……。」
「「問題しかないよ!」」
私と天川の声が重なって、浅原の顔面に拳を叩き込んだ。
本来だったら不敬罪で死刑とかあり得そうだが、そこはクラスメートのよしみと天川の権限でどうにかしてもらうことにした。
「2人とも、次の会議までに難民問題をなんとかするよ!」
私が息を荒げた声を聞いて、浅原は嫌そうな表情を浮かべていた。
その横では天川は状況をわかっているからか、首を縦に振っていた。
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