39話『繭を守る兵士たち』
「なあ、さっき白石が言っていたことは本当か?」
目の前で白石が手渡した魚を喜んで食べるワイバーンを見ながらタツヤが俺に聞いてくる。
俺はタツヤから顔を背けてカエデとサイアの方を見る。
「サイアは大丈夫なの?」
「問題ありません。むしろご主人が過保護すぎるまであります。」
カエデは心配そうな表情でサイアを抱きしめていた。
白石とユリがワイバーンの背中の上に跨った。
「カエデ!ショウ!乗って!」
「いくぞカエデ!」
ユリが叫んできたので、俺はカエデの手を引っ張ってワイバーンの背中に乗った。
「じゃあクロロン頼むよ。」
白石がポンポンと叩くとクロロンは翼を広げて上昇する。
「それじゃあ頼むぞ!」
城の中から出てきた浅原たちが声援を送ってきた。
「じゃあ2人とも、しっかり捕まって!」
城の庭に並んだタツヤとサイアに向かって白石が叫ぶとクロロンが2人に向かって抵抗飛行で近寄る。
2人がクロロンの足にしがみ着くと、クロロンは両足で1人ずつしっかり固定して上空へ舞い上がった。
クロロンは王国が一望できる高さまで舞い上がった。
クロロンは呻き声を上げながら滑空して、翡翠の森に近づいてきた。
森の上を通過し始めた瞬間、森の中から大量のトンボが飛び出してきた。
「このまま突っ切るぞ!」
羽音でうるさい中、白石が叫ぶ。
背後からは無数のトンボたちが耳を押さえたくなるほどけたたましい羽音を鳴らしながら追いかけてきている。
「白石、刃を爆発させて後ろのトンボたち止めてもいい!?」
「6人を同時に移動させるの初めてだからクロロンの飛行はアンバランスで揺れている状態なの!今剣を落とすと取り戻せない可能性あるから駄目だよ!」
最後尾で必死に手綱を握っているカエデがヤキモキしながら後ろのトンボたちを見ている。
俺も何とかしたいが、下は虫たちの潜む翡翠の森だ。
持ってきた武器を落としたりでもしたら探すのに軍を派遣しないといけなくなるかもしれない。
不意に真横からは音が聞こえてきた。
嫌な予感を感じながら横を向くと、トンボの複眼が俺に向けられていた。
「横に!横にいる!」
「しっかり掴まってて!クロロン回って!」
白石が叫ぶと、クロロンの体が右に一回転した。
手綱をしっかり握って振り下ろされないようにする。
足にしがみついているタツヤの悲鳴が聞こえてくる。
「見えてきたよ!」
一回転で崩れそうになったバランスを取り直した白石が目の前を指差す。
前を見ると、森の中に大きな白い繭が見えてきた。
繭は東京ドームくらいの大きさで、森の一部を真っ白に染めている。
興味津々で繭を見ていると、繭の隙間から多くの蟻たちが次々と出てきた。
「アンソルジャーだっけ?顎の力が強い蟻だから気をつけて。」
ユリは嫌そうな表情で下の蟻たちを睨みつける。
「じゃあ2人を先に落とすよ!」
「わかりました!」
「待って心の準備できてなあああぁぁ!」
クロロンが足を開いてサイアとタツヤが繭に向かって落ちていった。
タツヤは悲鳴を上げているが、作戦の前準備だから我慢してもらおう。
まず着地の衝撃が低い兵種のシーフであるタツヤとサイアが先に繭の上に降りて下の敵を減らす。
次に敵が少なくなった繭の箇所にクロロンが炎で穴を開けながら俺たち3人が内部に奇襲を仕掛ける。
本来だったらクロロンの炎だけで一掃したいらしいが、今繭の上にいる蟻たちはあのムカデと同じ甲殻を纏っているらしく炎が通りにくいらしい。
「この数2人でどうにかしろって無茶だろ!」
「少なくともご主人は1人で蟻を100匹は倒してました。ご友人であるタツヤ様も可能なはずです。」
「カエデを基準にしないでくれ!」
繭に無事に着地したタツヤが悲鳴を上げながら襲いかかってくる蟻たちにダガーを振り回していた。
その背中をサイアが氷のダガーを生成して次々と蟻たちに投げつける。
「あの2人には頑張ってもらう。ここはもう繭の上だから武器を落としても下の2人が拾ってくれるから後ろのトンボたちに追撃していいよ!」
「わかった!」
白石に明るく返事をしたカエデは剣を取り出した。
「放たれろ!」
剣の刃が柄から外れて後ろから追いかけてくるトンボの1匹を両断するように突き刺さった。
刃が爆発し、トンボたちが次々と煙を上げながら繭へと落ちていく。
「その剣結構便利ね。」
「使ってみると結構便利だ……。」
にっこり笑ってカエデが返事をしていると、振り上げていた手に何かが衝突してきた。
カエデは剣を落として腕を抑える。
「どうしたの!?いったい何が……!」
白石が後ろを振り向いた瞬間、クロロンの羽を細長い何かが突き破った。
クロロンが悲鳴に近い方向を上げながら垂直に落ちていく。
「おい待てまだ片付いてないって!」
蟻と戦っていたタツヤが背中を巻かせていたサイアを抱えて全力ダッシュでクロロンの落下地点から逃げる。
クロロンが繭に墜落した衝撃で、4人バラバラに繭に上に落ちる。
起き上がって隣を見ると、気絶している白川に蟻たちが近づいていた。
急いで雷竜の槍を手に取って蟻たちに振り下ろす。
振り下ろした槍で2匹は頭を潰したが、他の蟻たちは後ろへと素早く退がってかわす。
炎に耐えれる甲殻と聞いていたが、甲殻が薄いのか物理的にそこまで固くないらしい。
白石の額を軽く叩くが起き上がる気配はない。
クロロンが俺たちの元へ蟻たちを蹴散らしながら走り寄ってきた。
クロロンの翼には、丸く小さな穴が空いていた。
「クロロン、白石を頼む。」
唸り声を上げながらクロロンは白石を咥えて、自分の足元に丁寧に降ろす。
俺は周囲の蟻たちを振り払いながら眉を囲っている木々を見回す。
「ショウ、何があったんだ!?」
背後から襲い掛かろうとしていた蟻の頭部にダガーを突き刺しながらタツヤが尋ねてきた。
「多分森の中から弓矢みたいなもので攻撃された。カエデの腕にも突き刺さった」
「まじか……。カエデはどうした?」
タツヤの質問に俺はその場で固まった。
完全に狙撃してきたやつに気を取られていたが、カエデが怪我をしていることを忘れていた。
「まずい!カエデどこだ!」
俺は周囲を見回していると、背後から熱風と爆発音が流れてきた。
後ろを向くと、煙が登っていた。
下を覗き込むと、周囲を警戒するユリと剣を無事拾えたらしいカエデが繭の側面を燃やして穴を開けていた。
腕の怪我はポーションをかけたのか塞がりつつあった。
「カエデ!大丈夫か!」
「大丈夫、それより穴開けたから侵入するよ!」
ユリが話し終わると、2人は繭の中へと入っていった。
俺も後を追おうと足を踏み出した瞬間、膝に尖った木の枝が突き刺さった。
前の林を向くと、目の前に緑色の蜘蛛が吊り下がっていた。
右の脚2本で糸を張って、左脚には尖った木の枝を持っていた。
「あいつが狙撃してきたやつか!」
槍を構えようとするが、膝の痛みでその場から立ち上がれない。
背後から蟻たちがジリジリとにじり寄ってくる。
タツヤがダガーで次々と蟻たちを刺しているが、数が多すぎて対応しきれてない。
前を見ると、蜘蛛の右脚がしなって糸を張っている脚に引っ付いた。
ちょうど弓状になった右脚の節に木の枝をつがえて引き絞った。
枝の先端は完全に俺に向いている。
立ち上がりたくても、足の矢のせいで動けない。
「どうすれば……。」
考える間を与えずに、矢が放たれた。
目を瞑って防いだが、次の痛みを感じなかった。
目を開けると、水色のふわふわな尻尾があった。
「ショウ様、ご無事ですか?」
顔を上げると、飛んできた枝を握ったサイアが俺の方を振り向いていた。
さっきまで戦っていたはずなのに、タツヤと違って汗ひとつかいていない。
「膝の矢を抜きます。痛かったらすみません。」
振り返ったサイアはしゃがんで俺の膝に刺さった枝に手をかける。
その背後で蜘蛛が再び枝をつがえていた。
「サイア、肩を借りるぞ。」
俺はサイアの肩に槍の柄を置く。
サイアは一瞬目を見開いて肩を見たが、気にせずに矢を引き抜いた。
膝の痛みを我慢しながら槍の先端を微調整して蜘蛛に向ける。
「放たれろ。」
俺が呟くと同時に、槍の穂が蜘蛛に向かって撃ち出された。
蜘蛛は何かを感じ取ったのか糸をさらに垂らして落ちながら枝を撃ってきた。
放たれた穂は轟音を立てながら穂を真っ二つに砕き、蜘蛛の糸が引っ付いた木に軌跡を残しながら衝突した。
衝撃で体を支えていた糸が切れたのか、蜘蛛が地面に向かって落下した。
「タツヤ、急いで行くぞ!」
サイアがポーションをかけてくれて痛みが引いた足でかけだして飛び降りる。
起きあがろうとしている蜘蛛の膨らんだ腹部をクッションにして飛び降りた。
「オゴッ!」
蜘蛛は変な声を上げながらお尻からかなり太い蜘蛛の糸を吹き出した。
上を見上げるとサイアとタツヤも蜘蛛の腹部に着地してきた。
蜘蛛は気絶したらしく、糸を吹き出しながら動く気配はない。
「2人を追いかけるぞ!」
俺たちは繭の焼けた部分から入り込む。
繭の中はかなり広々とした空間になっている。
天井には、穴の空いた糸の塊が沢山ぶら下がっていて、中から蟻やトンボ、蜂などが出たり入ったりを繰り返している。
そこで俺たちの前に現れたのは、剣を構えて頭上を見上げるカエデと、糸でぐるぐる巻きにされて吊るされているユリ、その吊るされている糸に引っ付いた1匹の大きなカラスアゲハみたいな蝶、そして濃いオレンジ色の蜂の背中に跨った同級生の姿だった。
「お久しぶりです……。」
オレンジの蜂の背中に乗った鞭を持った緑髪の少女、鈴原藍は丁寧に頭を下げた。
早めに体調が回復したので連載を再開します。
ここまで読んでいただ、ありがとうございます。もしこの作品を読んでいただいた後に感想を書いていただければ励みになります。また、どこか漢字や文法の間違いがあった場合、指摘していただけるとありがたいです。




