26話『追いかけっこ』
目を開けると、荷車の天井が見える。
起き上がると、横でカエデが寝ていた。
「ショウ様、おはようございます。」
隅に座っていたサイアが俺に近づいてきて水の入ったコップを手渡してきた。
「ぐっすり眠れたか?」
馬車を操るタツヤが俺に向かって話しかけてくる。
ダンゴムシのせいで碌に寝れなかった馬車の中でぐっすり眠ってしまっていた。
カエデは徹夜ついでに剣を素振りして練習をしていたから俺より疲れているだろう。
「タツヤ、あそこの分かれ道は右よ。左はサフィア王国へ向かうことになる。」
荷車からユリが地図を確認しながらタツヤに指示をする。
特に何事もなく馬車は道を進んでいく。
「もうそろそろ城壁とか見えてくるかな?」
俺は荷車から顔を出して、周囲を見回す。
未だに森の中の道を出る様子がない。
「なあユリ、この森ってこんなに広いのか?」
タツヤが怪訝そうな表情で振り向く。
ユリは地図を確認して頷く。
「ここの森、翡翠の森って呼ばれていて、結構でかい森だそうよ。森を抜けた平原にアサハラ王国はあるはずよ。」
ユリは鬱蒼と生い茂る森を荷車から顔を出しながら説明する。
馬車が道をゆっくり走らせていると、近くの茂みからコバルトンが顔を出した。
「またコバルトン!?」
タツヤがさっきの数を思い出したのか嫌そうな表情で睨みつける。
「また現れたの!?」
後ろを向くと、目をこすりながら起き上がったカエデが剣を取って荷車から飛び降りた。
コバルトンの首がカエデの振り下ろした燃える剣によって焼き切られた。
コバルトンは悲鳴を上げることなく力尽きた。
「やった、綺麗に切れた!」
「よし、早く戻って来い。」
俺は手を伸ばして走ってきたカエデの腕を掴んだ。
馬車に引き上げて一息ついた瞬間、ミシミシと木が倒れる音が聞こえてきた。
「待って?コバルトンは悲鳴あげてなかったよね!?」
カエデが顔を青ざめながら俺たちに聞いてくる。
近くの木が折れて、音の正体が背後に現れた。
「いやああああああ!!!」
荷車から顔を出していたユリが甲高い悲鳴を上げてぶっ倒れた。
「え、ユリどうした……。」
俺とカエデは後ろから追いかけてくる生物を見て青ざめた。
現れたのは道が塞がるほどの大きさの黒い鎧のような甲羅で覆われたムカデだった。
「タツヤ!全力で逃げろ!」
荷車の屋根より上から見えたのか、青ざめたタツヤが馬の手綱を操った。
今が嘶いて、馬車が勢いよく加速する。
「サイアはユリが落ちないように服掴んで馬車のどこかに捕まって!ショウはムカデが近づいたら雷竜の槍で突いて!」
カエデは俺たちに指示をして赤い剣をムカデに向ける。
「放たれろ!」
カエデの剣の刃がムカデに向かって打ち出された。
刃はしゃがむように頭を下げたムカデの鎧のような背中にぶつかった。
刃が破裂すると同時にムカデの悲鳴が聞こえてきた。
「やった?」
カエデがつぶやいた瞬間、荷車の目と鼻の先までムカデの顔が近付いていた。
「嘘でしょ!?」
「下がって!」
俺はカエデを荷車の奥へと引き摺り込んで、雷竜の槍を突き出した。
突き出された槍がムカデの下げた頭に衝突する。
鱗がかなり硬いのか、全く槍の穂が突き刺さらない。
頭を持ち上げたムカデの顎が、俺の眼前に迫ってきた。
「2人とも伏せて!スプラッシュマグナム!」
後ろから悲鳴まじりのユリの声が聞こえてくる。
慌てて頭を下げると、水球が俺の頭上を通ってムカデに命中した。
目に水が入ったのか、ムカデは頭を振って水を振り払い始めた。
次の瞬間、ムカデの振り回される頭部が太い木の枝に激突した。
ムカデがその場で崩れ落ちる姿が徐々に離れていく。
「ユリナイス!」
カエデが後方のユリにグッドサインをする。
青ざめた表情のユリはムカデが見えなくなって安堵の表情を浮かべ始めた。
「タツヤ、徐々に馬車のスピード緩めていいぞ。」
俺はタツヤの肩に手を置くと、タツヤの震えが手から伝わってきた。
顔を覗き込むと、タツヤの顔は青ざめていた。
「まさか止まらなくなった?」
「まだ、止められない……。」
タツヤが震え声で頭上を見上げる。
俺も上を向くと、上空に細長い影が見えた。
学校のT字状の箒ぐらいの大きさの赤トンボが荷車の上を飛行していた。
「トンボって、肉食だったよな?」
「俺が近づけないからもっとスピード上げろ!」
俺は槍を持って頭上のデカトンボに向かって突き出す。
槍が赤トンボの胸部分に刺さったと思った瞬間、トンボの姿が揺らいで消えた。
真横から羽音が聞こえてくる。
目を横に移動させると、ミラーボール状の複眼が俺の恐怖で引き攣った顔を何百も映し出していた。
「こっちくんなあ!」
突き上げていた槍をトンボ目掛けて振り下ろす。
槍がトンボに触れた瞬間、再びトンボの姿が揺らいで消えた。
「ショウこいつやばいよ!」
タツヤが目ん前で後ろ向きで飛行するトンボを見て悲鳴をあげる。
トンボは上空へと飛び上がってどこかへ行った。
俺は道の先に目を向ける。
周囲の木々がなくなり、広大な大地と20メートルくらいの城壁が目の前に現れた。
「よっしゃ森を抜けた!」
「お疲れタツヤ。」
俺は肩で息をしながら荷車の中仰向けに倒れ込んだ。
さっきまで寝てたはずなのに、一気に疲れが溜まって動けなかった。
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