116話『夜道の決着』
頬を軽く叩かれる感覚で目を開ける。
視界に少し安堵の表情を浮かべるカエデが覆っていた。
「ショウ、無事だね?」
「ああ、なんとか。」
頭をさすりながら起き上がる。
横を見ると、疲れ切っているのか呻き声をあげるユリと気絶している佐藤、頭にタンコブを作って動かないマモルの姿があった。
「どれくらい寝てた?」
「全く、20秒程度だよ。それより周りを見て。
地面には少し踏み鳴らされた地面があり、周りには人々が集まっていた。
父親らしき囚人と抱き合っている子供、手をつなぎ合っている兄弟らしき2人、そしてかなり痩せた女性を必死に抱きしめるルーカスの姿があった。
「よがっだああ!」
ルーカスは咽び泣きながら痩せた女性を抱きしめる。
「あれが奥さんか。」
「あの爆発、怪我をした人はたくさんいるけど、死者は出なかったからみんな大事にな人に会えたっぽいよ。」
カエデは微笑みながら俺の肩を支えて立ち上がる。
俺が再び転びそうになると、横からヒロが走り寄ってきた
「ヒロ、無事だったか。」
「あれで床崩れた時死ぬかと思ったけど、彼のおかげでなんとかなった。」
後ろを振り向くと、180超えの大きな体が立っていた。
煙が晴れて、見覚えしかない厳つい顔の青年が親指を立てていた。
「後藤か!?」
「久しぶりだな!蒼山!」
大笑いしながら巨体の青年、後藤晴雄が話しかけてきていた。
学年内で一番身長と体重が大きく、柔道部のエースなのも頷ける体格で俺を持ち上げる。
「助かった、ありがとう。」
「礼を言うのは俺の方だ。お前のところの狼ちゃんが牢を開けてくれたおかげで、俺は助かった。あれが無かったら俺は死んでたぜ。」
「そんな危ない状態だったのか!?」
「おう、狼ちゃんに助けられて檻を出た瞬間、炎と瓦礫で押し潰されていたぜ。」
ハルオは笑いながら話すが、状況を聞く限り笑えない状況すぎる。
「そうだサイアちゃんは?」
「狼ちゃんのことか?確か爆発したところと逆方向に走っていったぞ。」
「ありがとう!ちょっと助けに行ってくる!」
カエデはそう言って立ち上がるとすぐに半分壊れた監獄の中へと入っていった。
安堵して立ち上がっていると、壁の入り口あたりから騒ぎが聞こえてきた。
「王国の兵士たちが来たぞ!お目らも逃げろよ!」
ルーカスが遠くから叫ぶと、痩せた女性を抱えて逃げていく。
他の自警団の奴らも誰かを連れて散り散りに逃げていく。
「俺たちも逃げないと。」
「ハルオはマモルと蒼山くん、ユイナを抱えて。僕は兵士たちを倒してくる。」
ヒロはそういって鞘に戻した剣を掴むと、兵士たちに向かって走り出す。
「貴様ら!よくも危険人物どもを壁の外にっ……!」
叫びながら囚人に斧を振り上げる兵士の首に、ヒロの剣が叩き込まれていた。
鞘があったから死んではないだろうが、兵士はそのまま地面に倒れ込んでいた。
「勇者!貴様なぜ囚人の味方を!?」
「ワイバーン討伐の時はお世話になったよ!それとは別で冤罪をふっかけた罪は支払ってもらうよ!」
騒いでいる兵士たちにヒロは次々と峰打ちを叩き込んで倒していく。
「もうあいつ1人でいいんじゃないか?」
「黒い竜……もといでかいワイバーンもほぼあいつ8割って戦果だぜ。」
ハルオが笑いながら話していると、少し疲れが取れたらしいユリが起き上がる。
「ユリ、大丈夫か?」
「まだ疲れは残ってて歩くのがやっとくらいだと思う。」
「じゃあ私たちが支えるね!」
監獄から出てきたカエデがユリを支える。
後ろからサイアが氷の盾を生成して周囲を見回している。
「よし、んじゃヒロの後を行くぞ。」
ヒロによって気絶していった兵士の道を俺、マモルと佐藤を抱えたハルオ、ユリを支えるカエデ、最後尾を盾で防ぐ構えのサイアの順で走っていく。
兵舎に出ると、ヒロが倒したらしい兵士たちが山のように積まれていた。
「兵士がいないぞ!」
「全員今のうちに逃げろ!」
次々と自警団や囚人たちが逃げていく。
俺たちも門を出ると、目の前に板が打ち付けられた馬車が目の前に止まった。
馭者台から涙目のタツヤが顔をだす。
「お前ら!早く乗れ!いったんこの国から逃げるぞ!」
「急いで!」
馬車の扉を開けて夢野が呼び寄せてくる。
ハルオの後をカエデとユリ、ヒロとサイアの順に入ったのを確認して俺も馬車に入る。
中では怪我した星宮と佐々木が床で寝っ転がっていた。
「こいつら大丈夫なのか!?」
「怪我はしてるが意識はある!」
驚いている後藤に夢野が叫びながら屋根へと登る。
「ありがとうタツヤ!」
「けつが痛え!早く行くぞ!」
タツヤは涙交じりに叫びながら馬に鞭を叩き込む。
馬たちは勢いよく走り始めて馬車の中で悲鳴が上がり始めた。
「めっちゃ荒れてる!」
「今はもう逃げることだけ考えるぞ!」
タツヤが叫ぶと同時に、馬車が門へと向かう。
「待て、緊急事態の今、ここは通すわけにはいかない!」
門の前に立っていた2人の門番が槍を構える。
「やべえ、門開けないと……。」
「まかせろ!」
ハルオが立ち上がって馬車の中にあった赤いハンマーを握る。
そのまま馭者台に出ると門に向かってハンマーを投げつけた。
ハンマーの打撃部分が直撃すると同時に門が勢いよく爆発した。
兵士たちも爆発に巻き込まれて壁にぶつかって項垂れていた。
「大丈夫あれ!?死んでないよな!?」
「大丈夫だ!俺の爆裂の槌は俺の意思で調整できる!」
ハルオが爆風で戻ってきたハンマーを受け取りながら説明しているうちに、門を通過した。
「あばよリズラス王国!」
タツヤが涙目で、それでも抜け出せたことを喜びながら馬車を走らせる。
後ろのリズラス王国が遠のく中、馬たちの蹄の音と車輪の音だけが響き始めた。
「少し落ち着いたかな?ユリ、ポーション出せるか?」
「分かってる、床でぐったりしてる4人の怪我を治さないと。てんいしょ……。」
詠唱を始めたユリの体を、透明な線が腹部を貫いていた。
「痛い!」
「ユリ!?」
咄嗟にカエデが腹部から血を流すユリを支える。
「後ろからゴブリンがぁ……!!」
上から聞こえる夢野の声が途中で途切れる。
「なんでだよ、ゴブリンの足じゃ追いつけないはず……。」
後ろの馬車の窓を開けてみる。
後ろからは軽快な蹄の音と共に焼けこげたポーションのゴブリンが駆け寄ってきていた。
全身黒くなって判別がつきにくいが、右手に持っている水鉄砲から見て、ウィークで間違えないだろう。
「あいつ、馬を奪ってきたのか?」
「サイアちゃん、防いで!」
カエデが叫ぶと同時に、サイアが氷を壁を馬車の後ろに生成していく。
それと同時に馬車の速度が少し落ちた気がした。
「逃さねえ!転生者は誰1人生かさねえ!」
ウィークは半狂乱に近い声で叫びながら水鉄砲の引き金を連続で引く。
サイアは氷の壁に触れた水を一瞬で凍らせていくが、それよりも水が貫く速度のほうが早い。
「扉を開けろ!俺が爆発させてやる!」
ハルオがハンマーを持って扉を開けると、扉の蝶番を撃たれて扉が大ぴらに開く。
「まずい、狙われる。」
「二手で上に上がるぞ。」
俺は扉を蹴り上げながらハルオと同時に屋根へ上がる。
屋根の上では左腕を押さえる夢野の姿があった。
「夢野、大丈夫か!?」
「鎧の隙間に撃ち込まれた……。ポーションは下のカバンだ……。」
「ハルオ、下からポーションを取ってこい!」
「わかった、気をつけ……!」
ハルオが俺に注意をしようとしたところで水が頬を掠める。
ハルオはかなり驚きながら夢野を連れて馬車の中へと入り込む。
俺は馬車の上からウィークを見る。
夜になって火の手が上がっている王国から離れているのも相まって、ウィークの黒く焼けた体はさらに見えづらくなっている。
にも関わらず、血走った目だけは今もはっきりと見えていた。
雷竜の槍をライフルみたいに持って肩膝立ちで構える。
穂先は俺に銃を向けるウィークの顔面に向ける。
「放たれろ!」
俺の詠唱と同時に、ウィークが引き金を引くのが見えた。
轟音と青い光が聞こえると同時に、俺たちを追いかけていた馬の背中から上半身が四散したウィークの下半身が地面へと転げ落ちるのが見えた。
「よし、たお……。」
安堵の息を吐くと同時に、腹部に激痛が走る。
見下ろすと、脇腹から赤いシミが下に来ているシャツに滲み出していた。
しかも、血の広がり方が異常に早い。
「ショウ!ゴブリンをやっつけたのか!?」
下から聞こえるタツヤの声に軽く頷いた。
徐々に眠くなってきて、そのまま天井に寝っ転がる。
リズラス王国の火で起こった煙の間から垣間見える星空を眺めながら目を閉じた。
完全に眠り落ちる前に聞こえたのは、カエデの声だった。
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