104話『誘拐』
「『転移書簡』。」
ユリが詠唱すると、宿の床に敷いた魔法陣が光って、2人の人影が浮かび上がった。
「自在に呼び出せるの便利だね。」
左手に盾を嵌めたマモルが背伸びをしながらユリに話しかける。
その後ろから若干申し訳なさそうな表情のタツヤが手を合わせていた。
「とりあえず、まずはこの国について調べることにするから、何人かに分かれて散策しましょう。」
ユリはそういうとサイアとカエデと一緒に扉を出ていった。
「マモルはこの部屋で待機しとくか?」
「せっかくだし土地勘ある僕もついていくよ。」
マモルはローブを深くかぶりながら話す。
俺はタツヤたちと共に宿を飛び出した。
道路を歩きながら周囲を見回す。
活気もあり、人通りもそれなりにある。
「お、あそこのパンうまそうだな。」
タツヤがパン屋に近づいて入って行った。
「すみません、そのパンを1つ……。」
「コイズ王子のお通りだ!ひれ伏せ!」
少し離れたところから大きな声を上げながら兵士が馬に乗って走ってくる。
急に周囲にいた人々が道路の脇へと移動し、その場に土下座をするように地面に伏せていた。
「まずい、伏せて!」
切羽詰まった声でマモルが道路の隅に正座して頭を下げる。
俺も急いでマモルの隣で土下座の流れで地面に頭をつけた。
少し頭を上げてタツヤの方を見る。
パン屋の店員が勢いよく店を飛び出て土下座したのを見たタツヤは若干慌てながらも、周りの状況を一望してすぐに土下座をしていた。
少しして奥の道から騎士に囲まれた1台の馬車が大通りを通っていく。
俺たちが普段使っている馬車より、サフィア王国のような豪華な馬車だ。
重々しい空気を漂わせながら馬車と兵士たちが俺たちの前を横切っていく。
馬車や馬の蹄の音が聞こえなくなったところで、横のマモルが背中を軽く叩いてくる。
顔を上げると、徐々に周りの人が立ち上がっていた。
周りの人々は何事もなかったように動き始めている。
パン屋の方を見ると、パン屋の店員がさっきまで慌てようが嘘のようにタツヤと微笑んで対応していた。
「なんだったの?今の?」
「この国の女王、べキリ・リズラスの長男コイズ・リズラスとその近衛たちだね。」
少し顔を青くしながらマモルが話す。
マモルに関しては現在進行形でこの国のお尋ね者だから無理もないが、それでもあの行進はかなり怖かった。
「2人とも、大丈夫だったか?」
振り向くと、タツヤがパンの入ったバスケットを持ちながら若干震え声で話しかけてくる。
「毎日いつ来るかわからないけど、よくああやって馬車で行進を行なって、頭下げてない奴を不敬罪ってことで無理やり攫う。男だったらサンドバック、女だったら慰み者にするって噂だ。」
「狂ってんなこの国。」
俺はため息を吐きながらマモルの跡をついていく。
「あ、ここだ。」
マモルが立ち止まって目の前にあるものを見る。
目の前には白い石造りの柵があった。
柵の向こう側にはいくつも同じ形をした大きな建物が並んでいて、鎧を着た人間たちの姿が見えた。
「ここは兵舎だ。リズラス王国の兵士たちはここにいるんだ。」
マモルは淡々としながら兵舎の奥へと視線を向ける。
兵舎の奥には大きな黒い石のレンガで作られた壁があった。
普段は爛々と光らせているマモルの目がより鋭くなっていた。
「あの壁の奥に監獄があるのか。」
タツヤが店で購入したパンを食べながらマモルに話しかける。
マモルは少し驚いた表情で俺の方を向く。
「なんでわかった?」
「お前の目。腹立っている時はそれを睨みつける癖があるから。」
「物分かりが早くて助かるよ。」
マモルが笑いながらタツヤが渡してきたパンを受け取る。
「あの奥にあるのか、入り口はどこなんだ?」
「兵舎を通っていく必要のある正門、それと北の鉱山近くの壁に繋がる裏門の2つだ。」
マモルがカバンから取り出した地図で北の箇所以外を折りたたんで見せる。
地図を覗き込むと、マモルが北の山に繋がる門にペンを付ける。
「前回の脱走はここからなんとか逃げ出せたんだけど、今は多分警備が強化されているからここから逃げれるとは思えない。それと問題なのは佐藤さんのことだ。」
マモルに言われて、学校の生徒のことを思い出す。
佐藤結菜は同じクラスの学級委員だ。
「牢獄が男女で分けられてるってことか?」
「うん、だからヒロくんたちの位置はわかるけど、ユイさんはどこにいるか全くわからないんだ。」
マモルの話を聞いて納得していると、門のところに見た覚えのある赤髪の女性がいた。
「あ、カアイじゃね?」
「あ、ほんと……!」
マモルが手を振ろうとした瞬間、後ろの道を走っている馬車から体を出した男がタツヤを脇から抱えてそのまま引き摺り込んでいた。
「「え?」」
俺とマモルが驚いていると、さらに後ろから来た馬車が俺、マモルと無理やり馬車に引き摺り込んできた。
「おい、なんだ!」
急いで顔を上げて後ろの男を見る。
次の瞬間、いかつい顔の男の額が俺めがけて振り下ろされていた。
さっきまではっきりとしていた意識がすぐになくなっていった。
「なんか、避けられてる?」
カエデが不思議そうに周囲を見回す。
確かに周囲の人間たちは私たちを避けている。
この国に来てから、私たちに向けられる視線はとても強くなっていた。
全員の視線は私の横を歩くサイアに向けられていた。
「なんでみんなサイアちゃんを怖がるのかな?」
「サイアが強いからじゃない?」
私は適当にあしらいながら周囲を見回す。
目の前に見える景色はとても賑やかだが、私たちが近づくと小さくなる。
そして、私たちが通り過ぎると再び大きくなっていった。
他にも冒険者らしき人間は幾度と見かけたが、特に声が小さくなることもない。
おそらく、この国でも獣人差別があるのだろう。
「とりあえず、次はどこ行く?」
「そうね、次はこの国の図書館に行こう。」
「普通に本読みたいだけでしょ。」
カエデが笑いながら突っ込んでいると、後ろから兵士らしき男が走ってきた。
「コイズ王子のお通りだ!ひれ伏せ!」
兵士が叫んでいると、周りの人々が急いで道の端へと移動してその場で土下座するように頭を下げていった。
「なにこれ!?」
「私たちもやったほうが良さそうね。」
私はサイアの手を掴んで道の端によって頭を下げる。
カエデも急いで私の横に滑りながら正座して頭を下げたところで馬車と兵士の列が見えてきた。
多分、ここで一番偉い人間なんだろう。
ここは周りの人と合わせておくのが無難だろう。
道の真ん中を人と馬の足音と車輪の音が聞こえる中、1つの足音が私たちに近づいてきていた。
「おい、なぜここに狼種の獣人がいる?」
顔を少し上げると、槍を持った兵士がサイアを睨みつけていた。
何名かの兵士がサイアに近づいてくる。
「その子は私の奴隷です。」
顔を上げたカエデが兵士に向かって返事をする。
「お前の奴隷か?」
「はい。数時間前にこの国に来たばかりです。」
カエデの返事を聞いた兵士はため息をつく。
「この国は奴隷制度を良しとしてなく、奴隷を持ってはいけないという法がある。」
「そうなんですか!?」
少しカエデの顔が明るくなった。
「それと同時に、狼種と牛種の獣人は見かけたら殺せと言う法もある。」
無慈悲な発言と共に、話している兵士の横から別の兵士が弓矢を引き絞る。
私が止めるよりも先に、張り詰められた弓から矢が放たれていた。
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