102話『不審者』
目の前に木の板で囲まれた村が見えてきた。
「じゃあ、一旦あなたはお尋ね者かもしれないから王国に戻ってね。」
「わかった。村を出る時は教えてくれ。」
マモルは頷くと、馬車の床に置かれた魔法陣の上に立った。
「『転移書簡』。」
ユリが詠唱すると、マモルはゆっくり落ちるように魔法陣へと引き摺り込まれていった。
佐々木が馬車の速度を緩めていき、壁の前に止まった。
「止まれ、荷車の中を改めさせてもらう。」
いかつい兵士が扉を乱雑に開けて中に入ってくる。
兵士は一周周囲を見回してサイアに槍を向ける。
「狼種の獣人がいるぞ!捕えろ!」
兵士が慌てた声でサイアに剣を向ける。
サイアは無表情で突きつけられる剣の切先を眺めている。
「ちょっと待って!サイアは私の……奴隷よ!」
カエデがでサイアと兵士の間に立ってに入る。
「おい、俺たちが探してるのは獣人じゃなくて囚人だ。人の奴隷に傷つけるな。」
慌てたもう1人の兵士がため息をつきながらもう1人を抑える。
そのまま周囲を見回した後、問題ないと把握したらしく出入り口に向かう。
「そうそう、リズラス王国の牢獄から指名手配犯が何人か脱走した。もし見かけたら兵士に知らせてくれ。」
兵士はそう言いながらユリに紙を渡して外に出た後、佐々木に通行許可を出していた。
村の中に馬車が入る。
中は思ったより静かで、それなりに人も見える。
「やっぱりあるね。」
ユリが苦笑いを浮かべながらさっき兵士に渡された紙を見ている。
紙にはマモルの絵が書かれていた。
ユリがさらにめくると、2枚の紙があった。
1人は右目の下にバッテンの傷がついた男、もう1人は如何にも詐欺師みたいな風貌の男だ。
「とりあえず、今日はここで泊まるよ。カエデとショウは宿借りてきて。」
ユリに言われてオレとカエデは馬車を降りて、宿屋へと向かう。
宿の中に入ると、少し体を震わせている店主らしき若い女性がいた。
「すみません、2部屋借りることは可能ですか?」
「え!あ……あ……。」
驚いた表情で店主が顔を上げる。
急いで書類を確認すると、勢いよく頭を下げて机に直撃していた。
「いたっ!すみません今空いているのは1部屋だけです!」
店主は震える声で申し訳なさそうに頭をなん度も下げる。
「あ、じゃあ5人で1部屋とかって行けますか?」
「1部屋4人までです。」
店主が申し訳なさそうに話していると、残りの3人が来た。
「カエデ、どうしたの?」
「泊まれるのが4人しか無理らしくって……。」
「わかった。ショウ、馬車で眠って。」
突然ユリがとんでもない提案を言い出した。
「いやわかるけど、判断早くない!?」
「わかってるなら行って、今指名手配犯とかもいるらしいから馬車の見張りもついでにお願い。」
ユリの提案に佐々木と楓が揃えて首を縦に振る。
カエデも少し考えたのち、俺に親指を立ててきた。
「わかった。」
俺はそう言って、宿から出て馬車へと向かった。
「なんか、申し訳ないな〜。」
カエデが少し残念そうに呟く。
「まあ2部屋取れなかったから仕方がないでしょ。」
「はいはい、サイアちゃんは上の段使っていいよ。」
カエデは私に返事をしながら下の段のベッドに入り込んだ。
布団から顔を出した時には、すでに寝息をあげていた。
「眠りにつくの早いね。」
佐々木が少し困惑した表情をしながらカエデを見つめる。
ふとサイアを見ると、2段ベッドの上の段をずっと見ていた。
「どうかしたの?」
「主人より高い位置で眠るのに抵抗があるので、床で眠ってもいいですか?」
若干ため息を吐きながらサイアを梯子に近づける。
「カエデはOKって言ってたからあそこで眠るのが命令なの。ベッドの上で眠ってね。」
私が必死に説得すると、カエデは渋々了承して、上の段に登って行った。
後ろを振り向くと、佐々木が私に拳を向けていた。
意図を察した私も拳を佐々木に向ける。
「「じゃんけんぽん!」」
私がパーを出し、佐々木はチョキを出していた。
「やった、じゃあ上は私が使うね。」
「はいはい、いいよ。」
私は適当にあしらいながら下のベッドに入り込む。
上から少し軋む音が聞こえたのち、いびきが聞こえてきた。
毛布で徐々に体が温まっていくが、眠くはならない。
若干疲れてはいるが、眠るのにはもう少し時間がかかりそうだ。
目を閉じて羊でも数えようか考えていると、廊下から音が聞こえてきた。
他の客の歩いている音だろうと思っていると、私たちの部屋のドアの前で止まった。
「ショウ?」
少し不安になってきて毛布を被って隠れるように入る。
布団の隙間から覗いていると、扉が音を立てずに開いた。
この時点で普段ならノックしてくるショウではないと確信した。
扉を開けて入ってきた影はとても大きい。
影は首を少し動かした後、カエデとサイアのベッドの方へ向かっていく。
こっちを向いてないうちに、慎重に床に置いた杖と魔道署に手を伸ばす。
杖を掴んだ瞬間、影がこっちを向いた。
「起きてたか!」
「フロートフレイム!」
影が襲いかかるよりも前に私は素早く詠唱をする。
部屋の中が急に眩しい光に包まれ、影は急に明るくなったことに驚いていた。
目の前にいたのは、右目に十字の傷が付いた、筋肉質な男だった。
「何!?」
飛び起きたカエデが目を擦りながら私たちの方を向く。
男は舌打ちをしながら右手に持っていた斧を振り上げた。
「カエデ!」
私が大声で叫ぶと男の振り上げた斧に氷のナイフがぶつかっていた。
上を見ると、目を見開いたサイア次々と氷のナイフを生成して投げる構えに入っていた。
状況を察したカエデは布団を男に向かって広げて投げる。
そのままの憩いで布団に包まれて悶える男に向かって蹴りを入れていた。
「どうしたの……?」
男がバランスを崩して倒れる音で起きたのか、上から佐々木が不思議そうに尋ねてくる。
「不審者!」
私が叫ぶと、状況を察したらしい佐々木が床で暴れる布団に向かって飛び降りた。
バスケットボール部部長の全体重による踏みつけを喰らった男は、布団を挟んでいるとは思えない悲鳴を一瞬あげたのち、声を上げなくなった。
「サイア、ショウを呼んできて。」
「わかりました。」
落ち着いているサイアが頷いて部屋を出ていった。
カエデと佐々木が武器を構えたのを確認して私は勢いよく布団を捲る。
布団の下からは泡を吹いて股間を抑える男の姿があった。
男の股間からは赤い液体が溢れ出していた。
「ピンポイントで踏んづけたね……。」
「不審者にはこれくらいやっていいでしょ。」
佐々木が軽く反論しながら男の握っている斧を奪い取って私に渡してきた。
私は手渡された斧を布団にくるめて投げ捨てる。
「カエデ、大丈夫か!」
廊下から騒がしくしながらショウが部屋に入ってきた。
後ろからサイアと震える店主がいた。
「その男は!?」
「不審者!」
私が叫ぶと、ショウが雷竜の槍の石突を男に押し当てる。
「こいつ、どこかで見たことあるだけど……。」
「あの紙じゃない?」
カエデが横から話しかけられてから男の顔を見ると、確かに見覚えがあった。
「指名手配犯の張り紙にいたわね。」
「ごめんなさい……。」
扉の奥で佇む店主が震えながら頭を下げる。
多分私たちが来た時には、既に脅されてたんだろう。
「さて、よくもまあ襲おうとしてきたわね。」
カエデが鉄の剣を男の首筋に当てながら話しかける。
男は死にそうな顔でカエデを見た後、斧を持っていた手を離して胸ポケットに手を押し込んだ。
すぐにショウが石突を叩き込んで、取り出され始めていた胸ポケットの物体が飛び出す。
赤色の石が埋め込まれた固まった土の球体が床に転がった。
「なんだあれ?」
ショウが不思議そうに球体を見つめていると、球体が光り出した。
球体の光り方に見覚えがあった。
「バブルジェイル!」
咄嗟に杖を構えて詠唱をして、球体を泡で包み込んだ。
次の瞬間、泡が部屋にぎりぎり収まる程度に膨張して私たちを吹き飛ばした。
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