幼少期
短編にしたかったけど長くなりそうなので長編に。
捨てる神あれば拾う神ありというのはどこで聞いた言葉だっただろうか。幼い時のわたくしは実際それを体験した。
「お前みたいなブスとなんで俺が結婚なんか。どうせ、王族になりたいだけなんだろう!!」
婚約者になるのだと紹介された第三王子はわたくしを見て舌打ちをして、挨拶もせずにその場から去って行こうとする。
「お待ちください。デイル殿下!!」
慌てて引き留めようとする侍女に第三王子は忌々しげにテーブルを蹴り飛ばし、カップやお茶が地面に叩き付けられて破片やお茶がわたくしの元まで飛んできた。
「………ユリアーナっ!?」
心配そうに声を掛けて怪我がないか確認してくれるお母さまに貴族の娘としては情けないが号泣してしまう。婚約者がいる。それが王子さまだと言われて憧れた。絵本によくあるお姫さまと王子さまが結婚して幸せに暮らしましたというのに憧れたから余計婚約者の王子様に夢を抱いた。でも、その王子さまが乱暴でブスとこちらに向かって告げてテーブルを蹴ってカップとかを壊した。それが怖かった。そして、そんな方と家族になるというのに恐怖を感じた。
「もっ……もうやだぁ……」
貴族令嬢としてあるまじきこと。それでも怖くて怖くて早くこの場から逃げ出したかった。
憧れていた王子さまが本当にいるのなら――。
「なかないで」
労わるように告げられて、慰めようと思ってか差し出される百合の花。
「で、殿下がっ⁉ 自発的に動かれたっ!!」
「すぐさま陛下に報告をっ!!」
周りが不思議と騒がしいが、泣いていた矢先の差し出された花でまだ状況を把握することが出来なかった。
ただ、花は綺麗で一瞬呆けた。
「こわかったよね。たすけにはいれなくてごめんね」
柔らかい布で涙でぐちゃぐちゃになった顔を優しく拭かれる。
それがヌクヌクとちょうどよい暖かさだったので気持ちよくなってしまうとさっきまでの恐怖が和らいで落ち着いてくる。
「きもちいい? ぬれたたおるにすこしだけあたためるときもちよくなると【視た】からためしてみたから」
確かに気持ちいので頷くとホッとしたような気配がする。
「あまいものをたべる? あまいものはこころをおちつかせるこうかがあると【聴いた】からたべるといい」
布が退かされてやっと慰めてくれた人の顔が見えた。先ほど乱暴をしてきた第三王子とそっくりだが第三王子よりも幼い子供だった。
はちみつ色の髪の毛と夕日のような瞳の少年は侍女にいつの間にか頼んだのか綺麗なべっ甲飴を持ってきてもらいそっと渡してくれる。
「はい。どうぞ」
「……………ありがとうございます」
飴を口の中に入れる。とても優しい味がする。
「シュトレンこうしゃくれいじょうだよね。はじめまして。ぼくはノルン。だいよんおうじです」
そっと手の甲に口付けをして挨拶をしてくる幼い子供が先ほどの第三王子の弟だというのはそっくりだから分かっていたが、その性格は全く違ったので兄弟だというのが信じられるけど、信じられなかった。
よほど教育係に教え方が上手かったのだろう。
「おにいさまがこんやくしゃとあうというからついみにきちゃったら………おにいさまがごめんなさい」
ああ、子供ならではの好奇心で見に来たらあのような状況を目の当たりにしてとっさに出てきてしまったのか。
「おにいさまのかわりにはなれませんが、ぼくといまからおちゃにしませんか?」
誘われて、お母さまを窺うと、
「貴方の好きなように」
と背中を押されたので頷いて、お茶をする。
ノルン殿下は4歳下で、しゃべり方がたどたどしく、読んでいる本の内容を教えてくれたりするがそれが昔読んだ絵本だったり、侍女たちの話だったりと支離滅裂だったが、それでも楽しかった。
「殿下がわたくし達のことをそう思っていたなんて……」
侍女たちが感動したように涙ぐんだり、何故か慌てたように現れた両陛下の信じられないような表情から泣き笑いのような印象的な顔に何か気になることがあったのかくびをかしげてしまったが、最初はとんでもないお茶会だったけど、最終的には楽しかったと笑って話せるほどになった。
そんなことがあったからか。わたくしの婚約者はいつの間にか第三王子から第四王子であるノルン殿下に変更になり、王族と関係を結ぶ目的だったし、相性はそちらの方がいいだろうと判断された結果だった。
それに、王家の方々は言葉を濁していたけど、ノルン殿下が”自発的”に動かれた。ということが最も重要事項だったのだと何となく肌で感じた。
わたくしとノルン殿下の仲は順調だった。週に三回時間があったら会いに行く時間もあり、二人で過ごす。わたくしは将来シュトレン家を継ぐのでノルン殿下は婿入りするのが決まっている。当初は第三王子がわたくしの婿として来る予定だったが、何を勘違いしていたのかわたくしが王族になると思い込んでいたが……。
ノルン殿下は婿になる自覚がしっかり備わっているから我が領地のことを勉強していると話してくれた。
『ユリアーナ。シュトレン公爵領は北の方にあって寒いと聞いた。風邪は引いていないだろうか?』
案じる手紙をもらったのは本日のお茶会に行けなくなったという手紙を出してすぐだった。
『わたくしは平気です。でも、お母さまが無理をして体調を崩してしまったので念のために家にいます。お母さまは体調が悪いのに公爵の仕事をしようとするので見張っておかないと』
お父さまはお母さまが苦手な社交界で仕事をしていますが、書類仕事は苦手なので今も手伝ってくれているが何か重要な書類でもあるのか必死に探して、書類の山を崩してあてにならない。
手紙を書き終えるとそれを渡してほしいと侍女に頼みお母さまの手伝いで最近覚えつつある領地の仕事に取り掛かろうとする。
と言えども、わたくしの分かることはただが税の計算ぐらいだが。
執務室はお父さまが仕事を行っているので邪魔にならないようにお母さまの休んでいる部屋で必死に計算を行っていると玄関から喧しい声が聞こえる。
「何かあったのかしら?」
「見てまいります」
ずっと傍で控えていた執事がそっと部屋から出ていき、すぐに戻ってくる。
「お嬢様。お客様が……」
困ったような顔をする執事は珍しいと思っていったい誰が見えたのだろうかと玄関に向かうと、
「ユリアーナ。急に来てすまない。だけど、おみまいもってきたからゆるしてほしい!!」
と王宮医師を連れて来ている。
「ノルンさま。ごきげんよう……。ですが、我が家には主治医がいますが……」
「”せかんど・ほすぴたる”というのがいた方が正確に病気をはあくできることもあると【聴いた】ので主治医以外にも診てもらった方がいいと思ったのだ」
「ノルン殿下の方針で王宮でも最近私以外にも他の医者に診てもらっています。民間の医者の意見もかなり参考になることも多く……」
ノルン殿下の言葉に医師も肯定している。
「そう言うことなら……」
そういえば、お父さまにノルン殿下が見えたことをお伝えしないと。
執事にお父様さまにこのことをと伝えると、
「じゃあ、公爵の元に行こう」
とにこにことした顔で手を取ってエスコートらしきものを行う。らしきものになるのはエスコートしていたはずがどんどん手を繋いでいくような形になったからだ。
そんなノルン殿下を可愛らしく思いながらお母さまの私室に向かう。その際、ノルン殿下は連れてきた騎士の一人に何か目配せをして、騎士が執事の後を付いて行く。
「これは……」
ベットで横になっているお母さまを診て医師が慌てる。
「風邪によく似た症状ですが、毒が盛られています」
医師の表情が堅く、詳しい症状を確かめている。
「殿下。公爵の執務室で公爵の夫がこの書類を……」
見せてきた書類はお母さまの跡を継ぐのはわたくしだと明記されている書類。とそれとよく似た……ただしこの書類には必ずお母さまというかシュトレン家の押印が押されているはずなのによく似た別の印璽が押されている。
そのよく似た書類にはお母さまの後はお父さまが継ぐと記載されていた。
「書類の偽造……」
お父さまはあくまで婿であって継ぐ権利はない。もし、何かあったら代理になるがそれだけ。
「お父さま……」
どういうことかとお父さまに問い掛けようとするが、
「俺が公爵になるはずなんだ!! なんで俺がただが補佐程度になっているんだっ!! 何でそんな女が公爵なんだっ!!」
散々喚いているのを途中からノルン殿下が耳を塞いでくれたので声が聞こえなくなったが、お父さまの顔は醜悪で聞いていた執事含む侍女や医師ですら顔を強張らせるほどのものであった。
お父さまはその後見えた騎士たちによって牢に連れて行かれて、お父さまがお母さまに飲ませるようにとメイドに渡したお茶に毒が含まれているのが発見された。
そして、我が家の主治医もその犯罪に関わっていた事実も。
「お父さまはお母さまが苦手な社交を手伝っていると思わせていて外に愛人と子供が居たそうです」
体調が戻りつつあるお母さまが沈痛そうに報告をする。
「わたくしを毒で殺して公爵家を自分のものにして、愛人の子供に公爵家を継がせるつもりだった。と……」
公爵家を乗っ取りするつもりだったというのが信じられなかった。それを実の親がするとは……。
「ノルン殿下が居なかったら防げませんでしたね……」
ノルン殿下は絵本で読んだ王子様そのものだった。初めて会った時も今回もわたくしを助けてくれる。
ますますノルン殿下が好きになっていった。
年齢はどちらも一桁で。




