第57話 私達はロストークなので
カーティス殿下に険しい目で睨まれたけれど、私にとってはそよ風だ。
「それに私達がいても根本的な解決になりませんよ」
「……なんだと」
険しさは変わらないけれど、少し聞く耳を持ったらしいカーティス殿下を前に、私はちょっと息を吸う。
「まず、王都の兵士が魔獣に対して弱すぎます。人食い樹の子樹狩りをしたときも、ロストーク兵が一人一体倒せるのに、王立軍の兵士は三人がかりでした。私とロストークに頼って魔獣を倒していたら、いつまでも強くならずに次に大きな戦が来たときには兵がもっと死にますよ」
私は数日前に、内々に会いに来た軍の幹部達を思い返す。
人喰い樹を討伐できるだけの戦力がおらず、任せてしまって申し訳ないと、男泣きして感謝と謝罪をされた。今は兵士の補充と育成に手一杯らしい。
ディルクさんも口を開く。
「それから、ルベル殿が率いていた騎士団の者が、ロストークへの移住を希望している。数少ない魔獣討伐の知識と技術を持った者達が激減するだろうな」
ディルクさんの補足を聞いても、カーティス殿下は平然を装おうとしたけれど、顔がかすかにこわばっている。
でもさあ、私達が出張ったとしてもジリ貧なのは変わらないよ? どうあがいても私達だけで全国を網羅するのは物理的に無理だ。
「今まで私がなんとかしてきたのが良くなかったんですよ。だからこれを機会に王都から身を引きます」
「君達は王宮からの要請を拒否する、と?」
さすがにカーティス殿下の声が険しくなる。まあそういう風に思われてもおかしくないか。そうじゃないんだけどなあ。
だってこれから古代魔導遺跡の研究もしなきゃいけないし、ロストークはほかの地域の比じゃなく魔獣が多いし、隣国からの不穏な気配は常にある。王宮からの招聘なんかに応じていられないというのが一番だ。
でも、ロストークの事情を分かった上で、カーティス殿下はそれでも、って言うことだろう。それだけ国内の戦力が足りなくなっているんだ。
「いいえ? だから兵士が強くなればいいんですよ! ロストークに来て!」
私がどーんと身を乗り出すと、カーティス殿下は目を丸くする。
「あのですね、別にディルクさんはロストークを長く空けるわけにはいかないだけで、協力したくないって言ってるんじゃないんです。それならロストークの魔獣討伐の技術と経験を学びに来ればいいんです。ほら、他のところでは合同訓練とかあるじゃないですか!」
ロストークには魔獣討伐で学ぶべき部分がたくさんある。
あのこつや考え方を知るだけで、きっと生存率は上がると思うんだ。
カーティス殿下は考えるそぶりを見せるけど、すぐ眉を寄せた。
「残念ながら、王立軍でもロストークは遠い土地を守る未知の集団という認識だ。魔法が使えないと哀れみを向けるか、下に見る者も少なくはない。時期尚早では……」
「と、思ったんで昨日、ざっくり王立軍と手合わせしてきました」
「は……?」
今度こそカーティス殿下がぽかんとした。
そうなのである。お世話になった人の中に軍の幹部の人もいて私の師匠もいたから、せっかくだから一緒に訓練しーよお!って誘ったら、いいぞお!って快諾してくれたのだ。
リッダー達も、本物の魔法を使う戦闘をもっと見てみたいって言ってたからちょうどよかった。
ぶっちゃけリッダー達、魔法が使えなくても、全然強いと思うんだよね。身体強化魔法も剣圧飛ばしも巧みだ。
リッダー達は最精鋭の王立軍の騎士達とも互角に戦っていた。
「人間特有のいやらしさはありますが、領主様の剣と、ルベル様の魔法よりは断然避けやすいっすね! ルベル様のは弾幕ですから避ける以前の問題っすけど!」
ってからっからと笑っていたから、私は出力四割くらいの弾幕を張ってやった。
リッダー達は雄叫び上げながら必死になって逃げていた。
ふふん、精霊達がたくさんいるから、私もロストークより出力出せるんだぜ。
ディルクさんのほうは、手合わせしたいっていう私の師匠とか、元陽輪の聖女護衛騎士団の隊員達に次々挑まれていた。ほぼほぼ返り討ちにしていた。
え、それなら私も一回くらいディルクさんと手合わせしたかったんだけど!
と乱入したら、聖女のフル出力はだめって言われた。もーーー!
それでずいぶん仲良くなったし、騎士のみんなは魔法を使わずに渡り合うロストーク兵達に驚いていた。
みんな、ロストークの長であるディルクさんが魔法使い同様に使いこなすと知って戦いていたし。
おまけで、元聖女騎士団のみんなは、明日私が帰るのに合わせてロストークに行く!と騒いでいたのに、エルヴァがふふんとどや顔して煽りまくっていたものだ。
「いや……確かに昨日、臨時の訓練が行われていたとは聞いていたが、そんな力業で……」
カーティス殿下が若干口角を引きつらせている。ふふふまだまだ序の口だぞう!
「王立軍中将閣下にも内々に、ロストークの魔獣討伐技術の教授を願われている。代わりに、ロストークに対し魔法の技術供与を求めよう」
大将は戦時中に王族が戦地で指揮を執る際の最高位だから、中将は実質のトップだ。
つまり、軍の一番おえらいさんにもお願いされているのである。
ただ、カーティス殿下は、後半の要求に目を丸くした。
「ロストークで、魔法を? だがロストークでは魔法を使えないと……」
「私がいるのに使えないわけがないじゃないですか。そのために私を送り込んだんですよね?」
そもそもの話を持ち出すと、カーティス殿下は口をつぐんだ。
「つまり、強くなりたければロストークにどうぞ!」
私達がそろってあくどく笑って見せると、カーティス殿下は疲れたように深く息を吐いた。
「長い目で見れば、君たちの提案のほうが、有用か」
おっこれは、納得してくれたかな?
「私の予定では、ディルクの精霊研究の思惑に気づいた君が別居を選び、王都に戻ってくると思っていたのだがな。君は魔法使いという人種を蛇蝎のごとく嫌っているだろう」
悔しそうなカーティス殿下に恨めしげに聞かれて、私は目をぱちくりとさせる。
「え、もちろん大っ嫌いですけど」
話の意図が掴めなくて素直に肯定すると、ディルクさんもなぜか緊張していた。え?
カーティス殿下がそんなディルクさんに視線を向けた。
「ならばなぜこいつは例外なんだ。この男は、テオ・アウルズという筆名で活動していた魔法研究者だぞ。一番嫌いな人種なのでは?」
たぶん、カーティス殿下にとってはちょっとした意趣返しなのだろう。私達が魔法を使って人食い樹を討伐したのは詳細に知っているだろうし。
でも私は思いっきり硬直した。
ぐりん、と傍らのディルクさんを勢いよく見上げる。
その勢いにディルクさんが若干引いた気がしたけれど、気にかける余裕はなかった。
「あ、あの。ほんとに、アウルズさんですか。でも、名前、違う、ですよね……?」
「『アウルズ』は、母方の姓だ。魔法研究論文は本名でないとならないから。殿下のお力で例外措置として登録できた」
「じゃあ、ほんとに魔法行使に際する精霊の補助頻度の多寡について、の論文を、書いた……?」
硬い表情のディルクさんに小さくうなずかれて、私はもうだめだった。
だって、ずっと本人の前で、好きな研究者だって言い続けていたってことになるんだよ……?
ぼっと顔が赤くなる。
「あう、わ……」
心臓がどくどくと波打って、苦しいくらいで、まともに言葉が出てこない。
ディルクさんは目を丸くして私を見下ろしている。その視線から逃げたかったけれど、逃げ場なんてないので、私はかろうじて視線を逸らす。
するとディルクさんはぎこちなく口を開く。
「すまない。言うに言えずにいた。まさかあそこまで俺の論文を読んでいるとは思わなくてだな……」
「う、うううううぅぅう……」
恥ずかしくて穴があったら入りたい。とどめを刺された気がして私はうなり声を上げてにらみつけた。
だけどディルクさんはちょっと楽しそうで嬉しそうだ。
「だが俺も気になる。どうして君は、俺が魔法使いでも受け入れてくれたんだ」
不思議そうな顔をするディルクさんとカーティス殿下に、顔のほてりが収まらないながらも、私は問いかけた。
「ディルクさんは、研究のために私に痛いことしたり、閉じ込めたり、嫌なことをさせようとしたり、罵詈雑言をぶつけたり、ご飯を抜いたり、強制しようとします?」
「君は話せば協力してくれるだろう? そんなことする必要が……」
いぶかしげに答えるディルクさんの言葉が途中で止まり、理解の色が広がる。
「私は、魔法と精霊の研究のためなら他の人の迷惑も考えず、なにを犠牲にしても良いと考えている魔法使いが嫌いです。滅べばいいと思ってる。でもディルクさんは、いつだって私にお願いしてくれたじゃないですか」
魔導遺跡を見つけたときも、精霊達や、周囲の影響を考えてすぐに壊そうとしなかった。
今思えばディルクさんが精霊に精晶石をもらったのは、昔精霊と関わりがあって、きっと彼が精霊に誠実な態度を取っていたからだったんだろう。
「だから、ディルクさんが魔法使いだって知ったときすっごく嬉しかったんですよ。この人なら、きっと研究した魔法にまで、しっかり責任を持ってくれる。協力しても大丈夫だって思えたから」
ディルクさんも、カーティス殿下も驚いたように目を見開く。変なこと言ったかなぁと思いつつ、でも念を押しとく。
「それともディルクさん、私に隠れて悪いことや悪い研究します?」
ならたとえディルクさんでも魔法をぶち当てなきゃいけないんだけど。
私が杖をきゅっと構えると、ディルクさんは慌てるかと思ったけれどまなざしを真剣にして、なぜか利き腕を差し出してきた。
「そのときは俺の利き腕を切れ。君の信頼を裏切った恥知らずなど、戦えぬ者として一生晒されるのがお似合いだ」
ディルクさんのほうが過激だった。
私は思わずにいっと口角が上がる。
「わかった、約束ですね」
さすがだなあと見つめ合ってにこにこしていると、カーティス殿下が唖然とした顔でこちらを見ていた。
「まさか君が、そこまでロストークとディルクを気に入るとは、誤算だったな」
「むしろ王宮にいて欲しかったんです? ならそう言わなきゃわかりませんよ。嫌ですけど」
私がさくっと言うと、カーティス殿下が少し情けない顔をする。
だってほんと、良い思い出のほうが少ないもの。
でもカーティス殿下にはなんだかんだお世話になったしなあ。
息を吐いた私は、すとんと椅子に腰を下ろすと、用意してもらっていた中から気になっていたクッキーを一つつまんでパリッと食べる。
うん、やっぱりすっごくおいしい。カーティス殿下が用意するお菓子、いつもおいしかったもんな。
それを見たディルクさんも私の隣に座ると、ティーポットから自分で紅茶をカップに注いで飲むと、小さく笑った。
「昔もこんな風にお互い好き勝手に飲んでたな」
無言で見つめるカーティス殿下に、ディルクさんは仕方なさそうな顔になる。
「こんな回りくどいことをしなくても、素直に助けてくれと頼めば良かったんだ。数少ない友人を守るために駆けつけないほど、薄情じゃない」
「っ……」
カーティス殿下が小さく息を飲んで、ぐっとうつむいた。
殿下もディルクさんと同年代の男の人なんだなあ、ともっもっもっとおいしいお菓子を食べながら思っていると、ディルクさんに紅茶のカップを差し出された。
「そろそろ行こうか」
すごくちょうど良いタイミングで、私は目でお礼を言いながら、んぐと紅茶を飲んで目を丸くした。
「うわ、すっごくおいしい。びっくりするくらいおいしい」
「殿下は俺が知る中で一番茶を淹れるのがうまい」
「いつでも自分でおいしいお茶が飲めるなんて素敵な特技ですね!」
ディルクさんが教えてくれて、私が尊敬の目で、カーティス殿下を見返す。
するとカーティス殿下はなんとも言えない顔になる。
「能力でもなく、地位にふさわしくない他愛のない特技を褒めるのは、君くらいだよ」
「おいしいものを生み出せるのって立派なことじゃないですか?」
「……では、また私が茶会に招待すると言えば、来てくれるのかな」
そのお誘いに、私は思わずぐらついた。
からかい半分なのはわかっているけど、このお茶をまた飲めるのなら良いかもと思ってしまう。
でも今うなずいたら、言質取られて本末転倒では……?
ぐるぐると葛藤していると隣で紅茶を飲んでいたディルクさんがふ、と笑った。
「今後、ロストークは魔法に力を入れていくから、殿下に助力を願うことになるだろう。少なからずこちらへ来る機会はあるさ」
「そこまで言うとは……ディルク、いったいなにがあるんだ」
ディルクさんが魔導遺跡のことを匂わせるのに、カーティス殿下が食いつくけど、ディルクさんは意味深に微笑んで紅茶を飲み干す。
それで、本当においとまの時間だと察した私は最後のケーキをペロリと平らげた。
うん、すっごくおいしかった。紅茶もいくらでも飲めそうだ。
それにディルクさんがまた来るって言ってたし、楽しみにしとこ。
立ち上がった私達をカーティス殿下はまぶしげに見た。
「結局、私の見立てが正しかった、ということだな。お似合いだ」
たぶん皮肉だったんだろうけど、私はかなり嬉しくなった。
他人からもそう見えるって。
「だってこの人が理想なんです」
「彼女が理想だからな」
言葉がディルクさんとかぶって、私達が照れくさくなって笑い合う。
カーティス殿下は、乾杯だとでも言うように、背もたれに背中を預けティーカップを掲げたのだ。
そうして私達は私達の故郷、ロストークに帰ったのだ。
次回最終回です。




