第56話 だいたい殿下のせいでした
まあ、そんなわけで王都からすたこらロストークに帰ることになった。
帰るぞー!ってなったら、リッダー達は嬉しそうに声を上げた。
なんでもどこもかしこも上品で居心地が悪かったらしい。
「ロストークの冬は厳しいっすけど、やっぱあそこが落ち着くんすよね」
と、言いつついろいろ土産物を買い込んでいた。
楽しみがあってよかったと思いつつ、出立の日。
私はディルクさんの部屋をそおっと訪ねた。
王宮でディルクさんにあてがわれた部屋は、私の部屋の隣だ。
私が頻繁に使っていた滞在用の部屋でもいいよ、っていわれたんだけど、別に懐かしさなんて感じなかったので利便性を優先したんだ。
帰るのはもうロストークなんだなって思えてちょっと嬉しい。
っと、思考がそれた。
もう私も旅立つ準備ができていたけれど、ディルクさんも用意できていて、少しホッとした。
だって、パーティは無しってなったとたん、いろんな人から手紙やら会いたいやら話が飛んできた。
私のところにだってそうだったんだから、ディルクさんは相当だったはず。
だからちゃんと準備できてるのか心配だったんだ。
この2日の間にまともに顔を合わせたのは、夜におやすみって言うときだけ。
なし崩し的に滞在を延長されたらかなわないから、人気のない朝にさっさと出立しようと相談したのも当然だった。
「ディルクさん、いつでもいけますよ!」
「そうか。すでに向こうでは雪が降っているだろう、途中で防寒具を手に入れようか」
「はい!」
そっか、楽しみだなぁ。ちらつく位の雪は見たことあるのだけど、積もる雪ははじめてなんだ。寒いのは結構平気なんだけどどんな感じなんだろう。
わくわくする私はもう帰る気満々だったんだけど、一つだけディルクさんに確認したいことがあった。
んだけど――こうして目の前にしてしまうと、なんとなく口が重くなってしまって、切り出せない。ずっとこんな感じだったから、せっかく話せるタイミングでも、全然話せていなかったのである。
入ったきり立ち尽くす私は完全に不審者だ。
さすがにディルクさんが気まずそうにする。
これじゃだめだ! そう思った私が口を開こうとしたとき、背後から気配を感じて即座に振り返る。
こんこん、と戸を叩かれたから私はディルクさんに許可をもらって扉を開ける。
そこには折り目正しく王宮の上級使用人のお仕着せをまとった初老の男性がいた。
隣にはエルヴァまでいる。抑えてはいるけれど、とても苦々しげなのは読み取れた。しかもあれ、なんか上級使用人さんの顔って見たことある気がする……?
誰だったっけ私が内心首をかしげているうちに、彼は丁寧に頭を下げる。
「聖女様、ロストーク辺境伯様、出立前のお忙しいところ申し訳ございません。カーティス殿下がお話の時間を設けられるそうです。お越しいただけますでしょうか」
私とディルクさんはさっと顔を見合わせる。そのままロストークに帰っても良かった中で数日滞在したのは、王太子殿下と話すためだった。
私達が帰る前に話ができてよかったなと思う。
「もちろんだ。行こう、ルベル殿」
「はい」
話せないのはしょうがないけれど、王太子殿下と話すほうが大事だ。
私はディルクさんについて外に出た。
王太子、カーティス殿下は、王宮内の庭園にある東屋で待っていた。
エミリアンと似た金髪をした貴族的な気品を感じさせる青年だ。
私も会ってまともに話すのは年に数度くらいだろうか? 最後に会ったのはエルヴァ達のことを頼んだときだ。
そのときにはディルクさんとのあれこれを考えていたのに、私に悟らせずしらーとしていたのだから、あの王様にしてこの王太子って感じの食えない人なんだろう。
たぶんエルヴァ達の異動先を快く引き受けてくれたのも、私への見返りのつもりだったんじゃないかな?
あっちょっとむっとしてきたぞ。
私がむすっとしていると、カーティス殿下のほうが先に私達に気づいたようだ。
見ていた書類を侍従に預けて立ち上がる。
「待っていたぞ、ディルク、聖女ルベル。人払いはしてある」
あ、仕事していたんだ。
いつも悠然とした印象しかなかったから、いわば隙に見えるような姿を見せるのが意外だった。
私が驚いていると、先に近づいていったディルクさんが話しかけた。
「本気で帰るつもりだったが、間に合ったな」
まるで長年の友人に対するみたいな気安さがこもった態度だった。
でもひんやりとした刃みたいな鋭さがある気がする。
おん? ディルクさんにカーティス殿下との面会取り付けは任せてほしいと言われたから、私はなにも知らなかったのだけれど。
もしかして、根回しじゃなくて、脅迫みたいなやつだった……?
さすがの私も驚いてカーティス殿下を見ると、彼は整った顔で微笑んではいたけれど、ほんのちょーーーっとだけ、恨めしげというか苦々しげに思えた。
「半分ほどは君たちの大暴れが原因なのだがな」
「それは自業自得というやつだ。策に溺れたんだ、自分の蒔いた種くらいは拾え」
ディルクさんがしれっと辛辣に返すのに、カーティス殿下はばつが悪そうに息を吐いた。人払いは完璧にされているらしく、不敬さに怒られる怒った雰囲気はない。
これは、けっこうな感じで、親しいのでは……?
カーティス殿下とどんな関係なんだろうとそわっとした私がディルクさんを見上げると、仕方なさそうに答えてくれた、
「殿下とは、学生時代からの……悪友、だろうか。お互いに面倒ごとを避けるために協力していたんだ」
「おや、友人判定はしてくれているのか、それは良いことを知った」
「言ってろ」
カーティス殿下が愉快にするのに、ディルクさんはぞんざいに返す。
そのやりとりは、気心がすごく知れたもので、なにより今まで見たことがないディルクさんに私はだいぶわくわくした。
「そんなに古い知り合いだったから、ディルクさんが魔法を学んでいたことも知っていたんですね」
ディルクさんの学生時代ってどんな感じだったんだろう。
あとで沢山聞いてみたいな、と思っていると、カーティスが満足げに目を細めていた。
「そうか、ディルクが魔法を使って人食い樹を討伐したとの報告から想像はしていたが、君達がうまくいったようでなによりだよ」
あ、と私は当初の予定を思い出す。そうだ、カーティス殿下は、私に思惑を話さず、ディルクさんに嫁がせた人だ。
まあその辺はいわゆる政治的な話で、私が話されなかったことを怒る必要は別にない。
とはいえ、なにも知らされずに利用されてムカつかないのとは別だ。
悠然と東屋の椅子に座り直したカーティス殿下は、私達に椅子を勧めてくれる。
お茶とお菓子も用意されているし、もてなしてくれるつもりがあるようだ。
私もディルクさんも座らずにいると、カーティス殿下は淡い笑みを浮かべた。
「どうかしたか。これでエミリアンは辺境地での幽閉が決まったし、ルベル殿がふたたび国を守ったことで名誉も回復。民達に蔓延する魔獣被害の不安のなかで、ロストークという北の守りがあると示せた。今後の働きにも期待しているよ」
「元からそれが目的だろう。ルベル殿と縁づかせ俺に貸しをつくり、ロストークを北から引きずり出しやすくするための、な」
ディルクさんの指摘に、カーティス殿下は笑みを深めた。
そんな彼に対し、ディルクさんは続ける。
「王家は陽輪の聖女という最大の戦力を手放したくないが、貴族の反感の強い彼女を中央に置くわけにはいかなかった。だから辺境伯たる俺に預けもした。かなり、虫が良い話では?」
そう、これが以前ディルクさんが「半分は俺のせい」と言った内訳だった。
大半が、カーティス殿下が描いた計画だったのだ。
「先の戦争ですら兵を出さなかった辺境伯たる『俺』を動かせる、という存在感を示せた。貴族どもはもうお前を無視できないだろうな」
「我々が示せる中で、最も有益な決着だったと思うが?」
カーティスはふてぶてしく足を組んだ。
「先の戦争で勝ちはしたが、無事ではすまなかった。特に国内の守りは手薄だ。まだこの国が強国であるという象徴が必要なのだよ。ディルク、かつての約束を果たしたのだ。それなりに報いてもらわねばならんだろう?」
その口調にはほの暗くけれど固い決意と意思を感じた。
王太子殿下、優秀だと常々話されているけれど、こういうところなんだろうな。
治水や、街道の整備、外交など、王様にもう複数の実務を任されていると聞く。
だからたぶん、他国や国内の危うさは一番肌で感じているのだろう。
そう、この人もエミリアンが提唱した隣国との戦争を止めなかった。それは私が思いもよらない様々な思惑があるのだろう。
……戦争時の補給物資は滞りなかったの、知ってるし。
だからカーティス殿下が「国内の守りを強化する必要がある」と言えば、本当に必要なんだろう。
「もちろん、それ相応の見返りは用意するつもりだ。メナール卿は聖女付きに戻るし、ルベル殿は聖女として、今までと変わらず、任務についてもらうだけだ。ディルク、一度来てくれたんだ。二度目も来てくれるだろう」
「それは……」
「優しいお前だ、妻である聖女殿を一人きりで送り出すわけがない。そうだろう?」
ディルクさんは言い負かされたみたいに口をつぐむ。
断りにくい状況にするのが、カーティス殿下の目的だったのだろうし。
「お前達がすることは変わらない。ただ今後も魔獣の討伐に協力してくれたらいい」
ふうん、今までと、変わらない。かぁ。
カーティス殿下は、今まで通り私を指揮下において、ディルクさんをはじめとしたロストークを手に入れる。
でもねえ……。ディルクさんが言い返す前に、私がさっと口を開いた。
「無理ですよ。私、結婚が王家から賜る最後の仕事のつもりだったので」
悠然と自分のカップのお茶を飲もうとしていたカーティス殿下が、硬直した。




