第55話 後始末は任せよう
癒水の聖女、ラフィネは私が助けた後気を失っていたけれど、エミリアンのいる前哨基地に戻る最中に意識を取り戻した。
はじめ知らない男性に背負われていることに狼狽えたていたけれど、私を見ると少しだけほっとした顔をした。
「怪我は、……っけほ」
「あ、無理に話さなくていいよ。人食い樹は倒して燃やしてきた。今散らばっている子樹も処理して回っているから。お疲れ様」
私が簡単に状況を説明すると、彼女はなぜか困惑を色濃くする。
ん? なんか変なこと言ったかなあ?
そもそもラフィネとまともに話したことなんてない。同じ聖女として同じ場に居合わせたときは会釈なりなんなりはしたことはあるけど、必要とされる場が違いすぎて活動領域も違ったからだ。
しかも私の周りにはいなかった物静かな子で、どう受け答えしたらいいかわからないのもある。
気軽に肩を叩いちゃいけないことくらいはわかるぞ。
私もちょっと困っていると、ラフィネはおずおずと口を開いた。
「なぜ、助けて、くださったの、ですか」
かすれた小さな問いかけの意味がますますわからなくて首をひねる。
「要請されたからだけど?」
「わたくしが、あなたの婚約を、破談にしたのに……」
「えっ!? そんなんで助けないの!?」
たどたどしい説明でようやくわかった私は、心の底から驚いた。
だから余計にラフィネは後ろめたそうにしているようだ。
しかも私が反射的に聞き返したことで言葉に詰まっている。
こういうの説明するの私得意じゃないんだけど、しかたない。
「あのね、私怨はあるって言っちゃあるけど、それはあの馬鹿王子にだけだし。ラフィネだって人食い樹を倒して、民を助けるために来たんでしょう? 聖女の私達には力があるから、振るう。誰かが理不尽な割を食わないためにいるんだ。その中には馬鹿王子もラフィネも入ってるんだよ」
彼女は貴族だから、ほんとは敬語を使わなきゃいけないんだけど、疲れてめんどくさいから、つい普段通りの言葉遣いになる。
けれど、ラフィネは不敬だと怒ることはなくて、ひたすら困惑しているみたいだった。
「わた、くしは、ただ、お父様に、そうせよ、と、いわれたから……なにも……」
結婚のことかな? まさか聖女になることまでとか言わないよね?
なんかちょっと不穏さを感じたけど、ともかく。ラフィネは言われて聖女になっただけで、聖女らしくないって言いたいのかな?
私もただなるしかなかったからなあ。なんで悩んでいるかわかんないけど、ともあれ言葉を返した。
「でも役目はちゃんと果たしている。開口一番、私の怪我の心配をしてくれたでしょ」
「それ、は」
言いよどむラフィネに私は苦笑する。まあ、役目として染みついていたってのはあるかもしれないけど。私だって気を失って起きた直後に敵襲か!?って魔法をぶちかましかけることもあるし。
「それに精霊達に『イイコタスケテ』って言われたんだ。彼らが心配するほど、あなたは彼らを大事にしてる。私とはできることは違うけど、確かにラフィネは聖女だよ」
今だって精霊達が心配そうにラフィネの周囲を回っているんだし。
いくら聖女や聖者でも、彼らを大切にしなければ好かれることはない。好かれている時点で十分な証明だ。
だから妙な引け目とか考えなくていいんじゃないかなあと思っている。
聖女であるラフィネにも彼らの姿が見えているのだろう、彼女は戸惑った顔をしていた。
と、話している間に、前方から兵士達が走ってくる。
「ラフィネ様ーー!!!」
「ご無事ですかーーー!!!」
あの制服はラフィネの護衛騎士団の面々かな。
あれ、本拠地にはまだ着いていないのに、迎えに来たんだ。
組織の中での逸脱行為は褒められたものではないけれど、それだけラフィネが心配だったのだろう。
私はラフィネへ向かってにっこり笑う。
「ね、心配してくれる。ラフィネが役目をちゃんと果たしていた証だ」
「……ぁ」
小さく声を上げるラフィネは、まるで子供みたいだった。
*
人食い樹を倒した私達は数日後、王都にいた。
母樹が討伐されても、産み落とされた子樹は魔力がなくなるまで動き続けるけど、そちらの掃討は兵士でも大丈夫。
なにより、ロストークから私が討伐に参加するという一報と、ラフィネが母樹に囚われたという知らせと、私達が討伐に成功したって速報がほぼ同時期に王都に集まって、机をひっくり返したような騒ぎになっているらしい。
その討伐結果を本人達……つまり私達に事実確認をさせてほしいと王都からの使者に土下座まがいの懇願されたのだ。
まあしょうがない、討伐しました!って証明が必要だし、きっちり耳をそろえて討伐費をしっかりいただかないとね!
と、王宮に入ったときの、周囲の反応はだいぶすごかったなあ。
見物に来たらしい貴族達や役人達が、陰口も叩かずみんな遠巻きにしているの。
どうやらディルクさんに圧倒されているらしい。
久々にディルクさんの人相が恐ろしく怖がられるものだって思い出した。
こんなにかっこいいのにちょっと失礼だな、とむっとしたので、周囲にがん付けていたら、ディルクさんに頭を撫でられた。ちょっと照れた。
そしたらエルヴァが黒い笑みを浮かべていた。
「都落ちしたはずのルベル様が、めったに王都へ現れないロストーク伯を連れて人食い樹を倒しただけでなく、仲睦まじい姿を見せつけられているのです。ざまぁとしか言いようがありませんね」
うんと、エルヴァが楽しいんならいいんだ!
私だけの討伐だと、エミリアンに報告してお仕舞いって感じだったんだけど、今回はなんと王様直々にお褒めの言葉をいただくことになった。
豪奢な謁見の間で、ディルクさんと共に謁見をしたのだけど、ディルクさんが頭を垂れながらも堂々としているのがすっごくかっこよかった。
私も聖女の礼をすると、すぐ頭を上げるように言われた。
やっぱり王様は食えないおじさんという雰囲気だったけど、でも嫌いじゃないよ。
することに全部意味があるもん。私を利用するのも全部国のためだし。
「人食い樹の討伐、誠に大義であった。だが本来であれば、この仕事は第二王子たるエミリアンの仕事であったはず、ずいぶんと迷惑をかけた。一人の親としてすまない」
玉座に座る王様は、頭こそ下げなかったけれど、明確に謝られてちょっとびっくりした。
そのエミリアンは今この場にいない。なぜならすでに療養を理由に謹慎になっているからだ。なにせ一度は森林地帯だけでなく、聖女を失うかもしれない危機に陥らせたのだ。
王様はずっとエミリアンに目をかけていたけれど、さすがに重い罰が下されるらしい。と内々に話を聞いた。
ディルクさんは少しも驚かず、王様を見上げた。
「私はあくまで、王命を果たすため我が未来の妻の助力をしたまでです。妻への報酬、および今回の遠征にかかった諸経費をエミリアン第二王子殿下にお支払いいただければ十分にございます」
謁見の間では建前として、王様が褒めるのを受け取る以外はしないものだ。
けれど、ディルクさんは下世話だと眉をひそめられそうな現実的な話を当然のようにする。
その不遜とも言える物言いに、控えていた重鎮達からは非難の目を向けられる。
それでもディルクさんは平然とその圧を受け流した。
すると王様は険しい表情を緩めた。面白いとも仕方ないともとれる顔だ。
「ふ、ロストークは代が替わろうと変わらぬな。良い、きっちりとエミリアンに支払わせる。それまではこちらで立て替えよう」
言質をとったディルクさんは、深々と頭を下げる。
そんなディルクさんと私に、王様は声を和らげた。
「ときに、聖女ルベル、ロストーク伯よ。そなたらの活躍をねぎらうために宴を催そう。しばらく王宮に滞在を許す」
王様主催のパーティーというのはとても栄誉なことだ。だけど私はまずいと思った。
「それは困ります!」
「それは辞退願いたく」
ディルクさんと声が重なって少しおかしかった。
面食らった後、怪訝そうな顔になる王様に、私はディルクさんがいいよと言わんばかりにうなずいてくれたので急いで話し始める。
「ロストークはこれから雪が降ります。冬に降りてくる魔獣の討伐がはじまりますから、その前に帰らなくちゃいけないんです。だよね、ディルクさん」
「そうだな。――陛下、なにぶん急な婚姻だったために、冬のうちに彼女の衣装やその他諸々の準備をしなければなりません。私は彼女に最高の式を用意してやりたいのです。陛下に結んでいただいたこの縁をより良いものするためにも、どうぞこのままでロストークへ帰る許可をいただきたく」
「お願いします!」
ディルクさんの肯定に力をもらった私も王様にお願いすると、王様ははっきりと苦笑した。
「そなたらは、たいそう似た者夫婦になりそうだな。新婚を迎える二人を邪魔する訳にはいかぬか」
「はい、馬に蹴られて死んでしまうと古くから申しますので」
「わかった。では領地での披露目が終われば、また王宮に来るが良い」
それで引き下がってくれたのだと、私もわかった。
ディルクさんはちゃんと王様を敬うけれど、それは王様だからではなく、その行いが道理があり、己の信念に適うなら、だ。
これが、王とロストークの関係なんだ。
私はすごいなあと思いつつ、ディルクさんと一緒に頭を下げて謁見は終わった。




