第54話 全力でぶっ倒そう
母樹は、自分と自分の眷属を害されて、苛立ちを露わに根と枝をうごめかせる。
植物に目があるかはわからないけど、母樹は明らかにディルクさんに敵意を露わにしていた。
根が複数ディルクさんへ襲いかかる。
だが、ディルクさんは慌てず、片手に握った剣で根をすべて弾き飛ばし、切り伏せる。
だけでなく、片手で杖を勢いよく振るった。
「天を駆けまく風の精霊よ、貫け【風破弾】」
呪文詩が唱えられたとたん、はじめに使ったときよりも数段圧縮された複数の風の弾が母樹に向けて発射された。
いくつかは途中で根にはじかれたが、再び母樹の枝を落とす。すでに母樹はディルクさんに釘付けだ。
彼の戦い方が派手なのは、きっと私が注目されないようにするためだ。
私は言われるでもなく、茂みから飛び出して駆けた。
限りなく私の接近を悟られないようにするために、身体強化だけで、交戦する子樹とロストーク兵の間を縫うように走る。
みんながけん制してくれているけれど、やっぱり子樹も根もうじゃうじゃ襲いかかってくる。それを私は剣だけで処理していく。
ちょっと危うい所では、ディルクさんが魔法を飛ばして根や子樹を処理してくれる。
どんだけ目がいいんだと思いつつもこみ上げてくる高揚感に、勝手に口角が上がる。
「あはっ……!」
気がつけば声を出して笑ってた。
だって、ずっと一人で戦っているようなものだった。
別に戦いは好きでも嫌いでもないし、戦って敵を狩る。それだけだ。
でも背中が安心なまま戦えるのがこんなに頼もしいことだと知らなかったんだ。
私のすれすれを風の弾が飛んでいく。食らったら無事じゃ済まない威力だけど、私には避けられる。そしてディルクさんも私が当たらないと知っていて撃っている。
なにも言われずとも信頼が伝わってくる。
すごく、嬉しい。ちょっとだけ、楽しい!
やっぱりディルクさんはすごい旦那様だ。
ちゃんとすごい!って言うためにも、きっちり仕事をして生きて帰らなきゃね!
私はさらに身体強化で加速する。
ようやく接近に気づいた母樹は子樹を呼び戻すのが間に合わないと悟ると、根で薙ぎ払おうとする。
普通なら詠唱は間に合わない。だけど私には、ロストークで培った新しい技がある!
私は剣に魔力を乗せると、一気に振り抜いた。
ロストーク仕込みの剣圧は、私を狙っていたすべての根を切り飛ばした。
はーー精霊達にお願いする暇がないときにほんっと便利!
普通の人なら魔力をそのまま打ち出すから連発はできないだろうけど、私は全然気にしなくて大丈夫!
がら空きになった根元に私は飛びついた。すかさず根が私を取り込もうとするけれど、再び剣圧で切り飛ばしながら、声を張り上げる。
「精霊! ラフィネの場所を教えて!」
呼びかけられた精霊達は一気に根の隙間へ入り込む。あっ私の視覚も繋いでくれたんだ!
ぐんぐん根の中奥深くを潜っていく精霊達は、最深部の近くにある透明な結界の殻の中でうずくまる薄い金髪の娘さんを見せてくる。
気配に気がついたのか、涙で濡れているまぶたを開いてこちらを見た。
やっぱり生きてた!よかった! なるほど自分の周囲に結界を張ることで取りこまれるのを防いでいたんだな。
つまり彼女の結界は母樹より強い。周囲に他の要救助者もいない、よし!
「ラフィネ、ぶっ壊すから防御してっ!」
精霊は声も届けてくれて、彼女は慌てて両手を握りしめて結界を強化する。
私は握った腕輪に全霊の魔力を込める。
結界は確か熱を通しちゃうはずだけど、でもラフィネの位置がわかれば、私にだってやりようはあるのだ。
「精霊達、あなた達のイイコを助けるために、私に力を貸して!」
待ってましたとばかりに、精霊達がどっと押し寄せてくる。
母樹を守ろうとする精霊と喧嘩をしているけれど、私の魔力を手に入れた精霊の方が強い。
当然! だって私は陽輪の聖女! すべてを燃やし尽くす、攻撃魔法なら誰にも負けないんだから!
「さあ、燃え爆ぜて!【紅炎砲流】!」
精晶石が煌々と輝く腕輪を、そのままラフィネがいる場所へ向けて叩き付けた。
ぶわりと炎と熱波が一つの奔流となって母樹の根を燃やし穿つ。
炎はあくまで私が願った一部だけを襲い、広がることはない。
熱の柱はラフィネのところに到達し、彼女の結界の周囲の根を根こそぎ焼き切った。
私は炭化した内部にいるラフィネに手を差し出す。
「陽輪の聖女、様……?」
「ラフィネ、手を伸ばして!」
なんでいるのかわからない、とばかりの顔をする彼女が反射的に伸ばした手を掴んでぐいっと持ち上げる。
彼女が外に出たとたん、母樹の動きがあきらかに精彩を欠く。
すかさず私は、精霊達が示すところを避けて炎を走らせる。
ちょっと熱いのは我慢してほしい!
ぼろりと崩れたところから、よろよろと部隊員達が這い出してくるのを、すかさずリッダー達が確保してくれているのがちゃんと見えた。えらい!
ただ大穴を開けられて母樹はのたうち回るけれど、まだ元気そうだ、ちっくしょう……。
「聖女及び他隊員確保! これから掃討に入るよ!」
「総員、待避しろ!」
私が宣言すると、ディルクさんが指示を出しつつ、エルヴァと共に私のほうへ走ってくる。
私もラフィネを抱き上げると、浮遊の魔法を使って母樹から高速で離れた。
怒っている母樹は、私とラフィネを取り返そうと無事な根を殺到させる。
はーやっぱり地面から幾本も根が飛び出してくる! 地面走ってたらすぐに捕まっていたな。ナイス判断、私!
ふふん、人質さえとられてなければ、いくらでも応戦できるもんね!
魔法を使おうと腕輪を構えて、魔力を込めたとたん、ピシッ……と嫌な音が聞こえた。
やばい、腕輪の精晶石が割れてる!
威力は出せない、手が塞がっている。浮遊を維持するので手一杯。
「精霊っ!」
私が精霊達に呼びかけて素のままで腕を振るうと、火炎流が根を飲み込む。
けれど、数本燃やせたけれど、勢いを押し流すまでには至らない。
後から新たな根が鞭のようにしなって襲いかかってくる、まずい、まずい!
「受け取れ!」
その声とと共に、びゅんっと飛んでくるものがあった。
投げ槍のような勢いのそれは、私が腕を伸ばすだけで、しっくりと手に収まった。
反射的に魔力を通せば、煌々と太陽みたいに輝く。
先ほどと同じ、けれど数段高温の火炎流が巻き起り、根を焼いて包囲網をくぐり抜ける。
そうして、駆けつけてきたディルクさんと合流できた。
ラフィネをエルヴァに預けた私が、ディルクさんに駆けよると、即座に彼の背にかばわれる。
彼が素早く剣を振ると、今まさに迫ろうとしていた子樹が全員吹き飛ばされる。
こんなに頼もしい人がいるだろうか。
私は地面に杖を突き立て魔力を練り上げ始める。
私の陽輪の聖女の名の通り、鮮やかな炎が私の周囲に駆け巡る。
「燃えさかり輝きを持って威風を照らす苛烈な火の精霊よ! 森を守り秩序を戻すために、私の炎を手助けして! 【流星炎禍】!」
魔法杖の精晶石が、まるで真昼の太陽のような輝きを放つと、今までにないほどたくさんの精霊達が奔流のように空へと飛び上がった。
そして、空から輝くような炎の流星が母樹めがけて落ちていく。
母樹は根をめいっぱい伸ばして守ろうとするけど、空からの流星は防げない。
その炎の流星は母樹を飲み込み大きな火柱となった。
すかさず私は母樹の周囲に風の障壁を巡らせる。まったく最近で一二を争うくらい魔力使っているわ!
母樹を倒すには火で焼くしかない。
けれど森に類焼させてしまえば精霊達の信用を失うだけでなく、森の生態系を変えてしまう。
だからこうするのが一番とはいえ自分の魔法を押さえ込むのはきつい!
ゴリゴリ削られる魔力を、歯を食いしばって耐えていたとき、私の魔法杖に大きな手が添えられる。
「効率を上げる、魔力を沿わせてくれ」
ディルクさんにささやかれた途端、ぐんっと黒紫の魔力が私の魔力を導き出す。
効率が十割増しくらいなめらかになって負担が一気に減った。
その間にも母樹が暴れ回るたびに火の粉が飛び散るけれど、絶対に外にはだしてやらない!
熱波が肌を舐めるけれど、私は魔法の制御を崩すわけにはいかなかった。
大丈夫だ、これなら絶対なんとかなる。だってディルクさんがいるんだから。
やがて母樹は抵抗を弱めどう、と倒れた。
動かないこと、根まで焼きつくし、火がくすぶり始めたところで、私はさらに水の魔法に変化させる。
ざあああっと雨のように降りしきる水滴の中で、くすぶる煙が徐々に小さくなっていく。
注意深く観察して、大丈夫と判断してからようやく、私は魔法をほどいた。
煙と水蒸気で見えにくいけれど、母樹は完全に炭化していた。
水蒸気が晴れたあとも、ロストーク兵達は警戒していた。
けれど、もう動かないことが分かると真っ先に喜びの声を上げたのはリッダーだった。
「う、おおお!!!! 勝ったぞーーーー!!!」
その雄叫びを皮切りに、兵士達から次々に歓声が上がった。
「終わった、かな」
「ああ、終わった」
ディルクさんに肯定された私は、一気に脱力した。
だってこんなに魔力を絞り出したの久々だったんだ。
その場に崩れ落ちたかったけど、地面はびしゃびしゃだから辛うじて耐えた。
でも私は手の中にあるひしゃげて精晶石が割れてしまっている腕輪を思い出して、青ざめる。
だって、魔法杖っていうのは自分の分身……とまでは言わずとも、使いやすいようにカスタマイズして、調整するものなんだ。めったに貸し借りなんてしない。
しかもどう見ても手作りだったものだ。そんな大事なものを修復不可能なくらい壊してしまったなんて簡単に許されることじゃない。
「ご、ごめんなさい、壊しちゃった……ちゃんと弁償するけど、それじゃ、代えられない、よね……?」
しょんぼりとしながら窺うと、腕輪を受け取ったディルクさんはにじむような笑顔をしていた。
「いや、いい。これでいいんだ」
「えっそんな! こんな便利な腕輪型の魔法杖、私が欲しいくらいだったのに!」
杖を持って歩けないときにすごく便利だもの。
終わったらディルクさんに作り方教えてもらおうと思っていたくらいなのに。
私の残念さをわかってくれたのかなんなのか、ディルクさんはおかしそうにする。
水しぶきに濡れて若干疲れた感じになっていてもすっごく顔が明るい、というか吹っ切れているような?
ディルクさんの視線の先では、ロストークのみんなが興奮して騒いでいた。
「魔法があれほどすさまじいものだとは……まだまだ強くなる方法があるということだ!」
「ルベル様のお強さを肌身で感じたな!」
「なにより我らが領主様の強さを見たか! ルベル様と互角かそれ以上の火力で人食い樹を圧倒していたぞ!」
「さすが我らの領主様だ!!!」
そんな風に、明るく語り合う兵士達はみんな、ディルクさんに尊敬の目を向けている。
うんそりゃそうだよ。だってディルクさんめちゃめちゃ強かったもの。
ディルクさんはほのかに明るい顔をする。
「君のおかげで、俺は、俺の夢を叶えられた」
どういう意味だろうと、私はきょとんとしたけれど、ディルクさんがとても嬉しそうことと、なによりロストークのみんなが受け入れていることが嬉しい。
「どういたしまし、て?」
かなり照れくさくて私はディルクさんをまともに見れないけど、無事に帰るまでが討伐である。
もう一踏ん張りだ、と気合いを入れた私は、隣にいるディルクさんに拳を差し出した。
私の意図を察してくれたらしい。
後ろでリッダー達の歓声が聞こえる中、ディルクさんは破顔して私の拳に自分の拳を合わせてくれたのだ。
水しぶきが晴れたところで、虹が架かっているのが美しかった。




