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第53話 本当のことを知ろう




 先行隊が一掃してくれていたとはいえ、奥に進むごとに子樹は止めどなく湧いてきていた。

 長剣で子樹の足をまとめて吹き飛ばしたディルクさんが叫ぶ。


「きりがないな! ネズミのようだ!」

「たしかに!」

「いやネズミよりずっと固くてごついですからね!?」


 リッダーがなんか言ってたけどスルースルー! 

 そういう君だって、子樹剣圧で一発でしょ!


 精霊達の案内はエミリアンのところまでだったけど、引き続き積極的に助けてくれるから火力には困らない。

 ただ、火力が足りていればいいってもんじゃないのは重々承知していた。


「ディルクさん、母樹どうやって倒します!? いつもなら燃やして終わりなんですけど……って精霊やらないから髪引っ張らないで、地味に痛い!」


 私の言葉の意味を察したのだろう、精霊が抗議でつんつん私を引っ張る。

 まあそうだよね、森を守ってほしいから私を引き入れたんだろうし、おそらく「イイコ」というのはラフィネのことだろう。


 子樹はあくまで母樹の端末に過ぎない。母樹の魔力が尽きないかぎり、延々と生み出され続ける。しかも、今は聖女他、討伐部隊を取り込んでいて、魔力タンクとしてほぼ無尽蔵だ。

 なのに、私達がうかつに母樹を攻撃すれば、彼女達を傷つけてしまうかもしれない。

 そもそもこの子樹の群れを乗り越えなきゃいけないのがかなりきつい。

 つまり、私の一番の武器である火力を有効活用できないのだ。


「私がおとりになってあえて捕まったあと、聖女達を確保して母樹の内側から燃やすのが一番手っ取り早いと思うんですが」

「却下だ。万が一君の魔法を模倣されたら、手がつけられなくなる」


 ディルクさんに即座に否定されて私はもごもごとなる。

 まあそうだけどさ。母樹は火の魔法は使わないまでも、防火的な力を持たれたら、最終手段の焦土作戦も使えなくなるし。

 かといってディルクさん達じゃ、近づいても母樹の幹に一瞬で穴を開けるなんてことはできないだろう。


 でもほかに思い浮かばないよ、と若干ふてくされていると、ディルクさんは足も手も止めずに、子樹を処理しながら聞いてきた。


「子樹の邪魔が入らず、母樹に近づけさえすれば、君は癒水の聖女を救出できるか?」

「できますっ」

「ならば、俺達が子樹どもを蹴散らして引きつけよう。その間に、君は母樹から癒水の聖女を救出してくれ」


 ディルクさんの提案に私は目を丸くした。

 確かにそれなら、私は母樹に集中できてうまくいくかもいれない。

 でも本当に成立するなら、だ。

 私が言い返す前にエルヴァが反対した。


「不可能です! この場で一番魔力が強いのはルベル様です。どれだけ魔力を抑えて行動したとしても、ルベル様が魔法を使ったとたん崩れます! 仮に私が最大出力で攻撃をしても引きつけ切れません!」


 そう、私はこの中で最も母樹がほしがる高魔力持ちだ。ディルクさんもロストークの兵士も魔力は高いけど、母樹を引きつけられるほど外に放出はできない。

 魔法に長けたエルヴァでも厳しいくらいなのだ。

 それができれば一番安全に救出できるけれど、成立しない作戦だった。


 エルヴァの否定にもディルクさんは動じなかった。

 ただ予想外の行動をした。彼は急に止まると、私の前に跪いたのだ。

 戦場のまっただ中でそんなことをするなんて、よほどのことだ。

 周囲で子樹を蹴散らすロストーク兵も、すぐに守りに入ったけど若干の動揺が見て取れた。

 私が見返したディルクさんの紫の瞳は、とてつもない葛藤と決意の色が見えた。


「そのために、君の杖を貸してくれないか」

「は……?」

「魔法使いの杖は己の分身だ。君の力が削れるのも十分にわかっている。だがロストークではなく、まともな杖さえあれば、俺でも君が聖女を助ける間の時間は稼げる」


 ドクドクと心臓が激しく鳴る。

 今、すごく重要なことを打ち明けられようとしている。


「どういう、意味ですか」


 そんなもの、あんまり頭がよくない私でもわかる。 

 でも聞かずにはいられないのだ。

 そのとき、守りの壁から抜けた子樹が複数体抜けてきた。

 私が杖を向ける前に、ディルクさんのほうが動くのが早かった。

 だけどその手には剣はない。

 なんで!? って動揺してしまった私は、彼の腕にある金属製の腕輪を見つけた。

 腕輪に填まるキラキラとした宝石のようなもの……精晶石がひときわ強く輝く。


「空を駆けまく風の精霊よ、貫け【風破弾(ウィンドフィスト)】」


 的確に省略した呪文詩、見たこともないほど流れるように一筋も無駄なく練り上げられた魔力。

 それが精霊達によって増幅され、圧縮された風の拳に変わり、子樹三体をまとめて押しつぶした。

 子樹は再生もできずに木くずとなってバラバラと落ちていく。


 剣圧を飛ばしたわけじゃない。ディルクさんが使ったのは、間違いなく魔法だ。


 ディルクさんの腕輪は、ずいぶん変則的な形だけど、わかる。

 それは魔法使いが補助で使う魔法杖だ。

 一日、二日学んだだけでは、ああは使えない。


 周囲で見ていたリッダーをはじめとしたロストーク兵達がうろたえているのが肌で感じられた。

 けれど私だって驚いて動揺してそれどころじゃなかった。

 つまりディルクさんは――……


「俺は長く魔法と精霊を研究していた、魔法使いだ。――黙っていて、っわ!?」


 私は驚きと昂揚のままディルクさんに飛びついた。


「すごいっ、すごいっディルクさん魔法なくてもあれだけ強かったのに魔法も使って戦えるんです!? じゃあ魔法も合わせたらさいつよじゃないですかすっっっごい!!! ぜったいロストークでぶっちぎりで一番強いですよ!」


 まくし立ててもわくわくが収まらなくて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。すごいしか言えてないけどだってほんとにすごいことなんだもん!


「私! 全然気づきませんでした! これっぽっちも! つまりディルクさんは誰よりも魔力の調整と制御が上手ってことですよね!? この私の目を欺くって宮廷魔法使い並にすごいことですよ! 剣も強くて賢くて、頑丈で、しかも魔法まで上手なんて私の旦那様ってすっごい!」


 どうりで魔法に詳しいわけだよ、自分でこれだけ使えたら詳しくないわけがないじゃないか。

 ディルクさんの周りに集まった精霊がめちゃくちゃ集まってぴょんぴょんしてる!

 よっぽど気持ちよかったんだな、そうじゃなきゃ精霊はこんな風にならないもん。


 そこでようやくディルクさんが目をまん丸にしているのに気がついた。

 はっそうだ、今は討伐任務中だ。ちゃんとしなければ、と私はさっそくディルクさんに自分の杖を押しつけた。


「じゃあ後ろお願いします! 代わりにディルクさんの杖貸してくださいっ。というかこれコンパクトでいいですね! 今はめっちゃ助かりますっ!」


 精晶石が大きいとやっぱり魔力に敏感なやつは反応するからね。人食い樹なんて最たるものだろう。

 やっぱりディルクさんはすごいなあとしみじみしながら、腕輪を填めている腕を握って催促したのだけれど。

 逆に腕を握られて引き寄せられる。

 ぎゅうっと杖ごと抱きしめられたと気づいたのは、腕に囲われてからだ。

 全身をディルクさんに包まれて、戦場にいるのに私は頭が真っ白になった。


「あ、えっは……」

「君は最高だ」


 耳元でささやかれたかすれた言葉には、様々な意味が込められているような気がしたけれど、全く考えられず背筋が震える。

 ディルクさんが離れる刹那、温かいものが頬と唇をかすめた。

 向き合ったときには、ディルクさんの手には私の杖が、私の手にはディルクさんの腕輪があった。


 私の顔はきっと馬鹿みたいに真っ赤だろう。

 ディルクさん急になに!? えっ私なにをされたの!?

 目に入ったリッダーの顔はニヤニヤしていて周囲からは思い切りはやし立てる声が聞こえたし、エルヴァは頭が痛いとばかりに額に手をやっていたからなんかすごいことだったんだろう。


 けれど、一人ディルクさんは平然としていて、私ににっと挑戦的に笑った。


「君の背は任せろ」


 ひたすら混乱していた私の心は、その宣言ですっと落ち着いた。

 ああ、そうだディルクさんになら、私は全部任せられる。

 あと自分だけ動揺してるのがちょっと悔しかった私は、ディルクさんの大きすぎる腕輪を片手で握り込んでにっと笑いかえしてやった。


 「任せました!」


 そうして、私達は互いに背を向けて母樹に挑んだのだ。



 

 母樹はほかの木々を枯らしてなぎ倒して作られた広場にそびえていた。

 異様な姿だった。たぶんこれだけ見たら美しいと称する人もいるかもしれない。


 なぜなら大木に育ったそれは、びっしりと極彩色の花々を咲き誇らせ、その花びらをひらりはらりと散らしているからだ。

 けれど、その花々の間にある実がはじけて落ちた中身は、子樹でぞろりぞろりと歩き出すのだ。

 さらに根元は生き物のように根がうごめいて周囲を埋め尽くしているうえ、その根にはいくつもの骨が絡んでいた。

 それは、今まで人食い樹にとらわれ、魔力をすべて吸い取られた犠牲者のなれの果てだ。


 茂みの中からその様子をうかがっていた私は、顔をしかめながらもひたすら自分の中にある魔力を押さえ込む。まさか自分が隠密行動をする日が来るとは思わなかった。

 だって自分しか信じられなくて、付いてこれる人がいなかったもんね、とふふと笑う。

 そして傍らのディルクさんが杖を構えるのを見守った。


 私だと身の丈を超すくらいの長さをした杖は、ディルクさんにとってはちょっと長い位で、その大きさはしっくりきていた。

 

「必要なのは、母樹が欲しがるような強大な魔法。欲を言うなら母樹本体に多少なりともダメージを与えるとなると、水、風……、一時的でも弱体化させるのはありか。なら……よし」


 考えをまとめたディルクさんが杖を構える。


「皆、詠唱を終えるまでけん制しろ、メナール卿、離脱の合図を頼む」

「承知しました」


 エルヴァが了承すると、ディルクさんは魔力を練り上げ出す。

 待機していた精霊達が遊び回ることで彼の黒髪がふわりと巻き上がった。


「混沌より楽土を創りし根源の御使いよ――……」


 それは、正式な賛美詩だ。抑揚も発声の仕方まですべて、正式にそれも長い間鍛錬を積んだ人にしか出せないものだと私にはわかった。ほんとうに知っているのだと私はなんともいえない高揚感を覚える。

 彼の持つ先端の赤みがかった金色の大きな精晶石に、黒に近い紫の魔力が膨大に集まる。


「大地を潤す水、剛健たる土、息吹と変化をもたらす風よ、我が願いを…………いや」


 そこでなぜかディルクさんは、呪文詩を止めた。

 思わず聞き惚れるお手本のような呪文詩だったのにどうしてと私が思っていると、ディルクさんは虚空を……そこにいるはずの精霊達を見上げた。


「とても細かくて複雑な注文ですまないが、きっと森も聖女も助ける。どうか手伝ってほしい」


 おだやかに祈りを込めたディルクさんの声は、確かに精霊達に伝播した。


「凍てつく息吹の一端をもたらしたまえ! 【水氷乱舞フローズンブレードダンス】」


 ディルクさんの周囲に、ドンッと大量の水泡が浮かび上がったとたん、それらは一斉に母樹へと襲いかかった。


「総員待避!」


 エルヴァの魔力の乗った号令を聞きつけたロストーク兵達が、素早く身を引く。

 解き放たれた魔法が危険と察知したのか、子樹達が盾になったり、鞭のようにしなる枝や根で打ち落す。

 だが、それでもおびただしい数の水泡は途中で刃に変わり、枝を次々に切り落としていった。

 木が切り落とされるとき特有の軋むような音が、母樹の悲鳴のように響く。

 切り落としてもすぐに再生してしまうのでは、という懸念は、切り口がパキパキと凍り付いたことで払拭された。凍り付いた切り口は再生できていないらしい。


「……複数の水の刃を味方に当たらないように完璧に制御した上で、さらに切った先に氷結を付与するなんて……並の魔法使いでは一つ制御するだけでもやっとの魔法を、よくもまあ器用に使えるものですね。しかもはじめて使う杖で」


 エルヴァが驚愕と感嘆がこもった顔でつぶやく。 

 そう、ディルクさんは完璧に制御しているんだ。私自身が制御は得意じゃないからこそディルクさんのすごさがわかった。

 詳しくはわからずとも、見ていたリッダー達もぽかんとしている。


「魔法って、すっげー……」

「ぐっ、出力の強い杖はきついな……うっかりすると振り回されそうだ」


 ディルクさんが楽しそうだったのは、少しの間だけだ。

 すぐに気迫のこもった顔でぽかんとしている兵士達に指示を出した。


「溶けるまでは再生は阻害される。全員子樹を掃討、魔法は各自避けろ! 今の要領で人食い樹の枝を削る!」

「「「応!!!」」」


 一斉にロストークの兵士が組織だった動きで、子樹達を相手取りはじめた。


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