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用済み聖女の最後の仕事 命じられたのは蛮族伯との結婚でした  作者: 道草家守


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第51話 独りじゃなくてもいい


 マルクさんが報告してきたのは、ロストーク独自の情報網かららしい。

 実際に王宮からの早馬が到着したのは翌朝だった。

 ディルクさんを筆頭としたロストークの面々の明らかに険悪な空気に当てられながらも、伝令役はしどろもどろにいきさつを話した。

 大半はすでに知っていた内容だったけれど、ディルクさんはおくびにも出さずに、険しい顔をする。


「グランナリーというと、広い森林地帯があったな。確か主要交易路があったと思ったが、そこで街道の旅人を食らって力をつけたか。だがエミリアン第二王子殿下が討伐隊を率い、癒水の聖女ラフィネ殿が鎮圧に同行したのであれば、すでに戦力として十分なのではないか?」

「い、え、その……癒水の聖女ラフィネ様は戦闘には長けておらず、エミリアン殿下は負傷され、前線から引いておられます。任務は続行不可能とされたため、聖女ルベル様に招聘を、と」


 使者の言葉を、ディルクさんが手に持つ剣の小尻で、床を叩くことで遮った。

 ゴツンという硬質な音に、使者は肩を震わせる。

 早馬で駆けてこられるだけの熟練の騎士のはずなのに、完全にディルクさんの気迫に飲まれている。

 まあそうだろうな。使者は椅子も勧められずに、使用人や護衛として兵士達も詰めている状態でディルクさんの視線を浴びているんだからな。


 そんな怖いお出迎えをする必要なんてないのになぁ、と私は思うのだけど、ディルクさんは気が済まないらしい。


「戦闘力のみが必要とされるのであれば、ほかにも聖人、聖女はいる。カルブンクス子爵である必要はないはずだ」

「い、え……ですが……今回は、陽輪の聖女殿が……」


 ディルクさんがゴツン! と再び小尻を床に振り下ろす。

 言葉を止めた使者にディルクさんは悠々と椅子に身を預け、肘掛けに頬杖をつく。


「カルブンクス子爵はロストーク辺境伯たる俺に嫁いできた。花嫁には、結婚式を迎えるまでに多くの支度が必要だ。それをわかっているだろう?」


 日頃のディルクさんからは想像もできないほど威圧的で、蛮族と言われても無理もないという荒々しさだ。

 使者はかわいそうなくらい震えていて、今にも倒れそうだ。はあ、もう。

 私はため息を吐いて声をあげる。


「いいですよ、行きます」


 その場にいる全員の視線が座っている私に集まった。

 なにせ昨日伝令が届いてから、話し合いはずっと平行線だったからしかたがないね。


 現地の詳しい話がわからない限り行かないよ、って言ったのに全然信用してくれなくて、朝まで出口と窓下と屋根にまで見張りが立っていた。

 完全に警戒されていて、ちょっと出て行こうとしたのも諦めたし。

 まあおかげでぐっすりと寝られたけれどさ。

 ディルクさんの鋭い視線が私を射貫く。


「なぜ」

「それが聖女の役割だからです。国に登録された聖者は、自由裁量権を与えられる代わりに、国の要請には必ず応じることが求められる。ディルクさんも知っているでしょう? 国璽の押された指令書を持ってこられた時点で、私は行く以外の選択がないんです。で、現在登録されている聖者の中で、最も火力が高いのは私です」


 私は正直、対人や半端な討伐任務には向かない。一度に出せる火力が高すぎるから、周囲を巻き込んで甚大な被害が出るんだ。

 エミリアン以外から来る任務は、すべて私以外では討伐できないとされているものばかりだ。

 だから私が行かなきゃいけない。

 ディルクさんが剣を持ったままゆっくり立ち上がると、硬い声で告げる。


「君が行く必要はない。もう利用される必要はないんだ」


 私はため息を吐くのを堪えた。

 夕べからこんな感じで平行線なのだ。

 むかついた私も立ち上がると、負けじとディルクさんを見上げた。


「私が行くって言っているんです。こればかりはディルクさんに口出しされるいわれはありません」


 宣言した私は、部屋の隅で控えているエルヴァを振り返る。


「エルヴァ、行くよ準備して」

「かしこまりました。いつものように」


 即座に頭を下げてくれる彼女に、私は安心する。

 ただなあ、今回は聖女騎士団はほぼ解体されているはずだ。補助戦力を調達できないのに、天災級の人喰い樹ならちょっと大変かもしれない。

 人喰い樹は、様々な生物の魔力を食うことで成長し、子樹という兵隊を増やしていく魔獣だ。その地周辺の植物を全部枯らしながら生息域を広げていくやっかいさをもつのに、生半可な魔法使いでは太刀打ちできない。そもそも人海戦術を駆使して駆逐するのがセオリーだ。

 なのに、相性が悪い聖女が招聘された。その時点で切羽詰まった空気がわかる。

 まあ、それでもなんとかするのが、聖女に課せられた使命であり、義務だ。


 使者の顔があからさまにほっとした顔をする。まあ普通の人だからね。


 けれど私の行く手を阻んだのは、ディルクさんが差し出した剣だ。

 もちろん鞘に収まっているけれど、武器を差し出すというのは宣戦布告に近い。

 びり、と、室内自体が緊張を帯びる。


「君はもうロストークの人間だ。このように都合の良いときだけ利用してくる輩に迎合する必要はない」

「でも苦しむのは力がない人達なんです」


 少しだけ、ディルクさんの眼光が疑問に染まる。


「聖者は、絶大な力を持っている。普通の人にできないことを私達が守るのは当然ですよ。上の人の不始末で、何も関係ない人達が割を食うなんて悲しすぎます」


 そうスラムに居たときから、ずっと思ってた。

 立場が弱い人間は、なにも悪くないのに、権力者の判断に振り回されて簡単に傷つく。

 だから自分が力を持つとわかってからは、そういう人達が少なくなる選択をしようって決めたんだ。

 だから、譲れない。


「カルブンクスや、ロストークの村々の人たちみたいに、今人喰い樹が暴れている地方にもその地で暮らしているだけの人達が巻き込まれている。私しか解決できないのなら私は行くよ」

「勇気と無謀は違うぞ。戦力が足りなければ、死にに行くようなものだ」


 譲る気はないというディルクさんの言葉に、私は頭に血が上る。


「人喰い樹は、始まりの母樹を切らない限りは根絶は難しい。しかも繁殖しているのは大森林地帯だ。君の広範囲殲滅能力は制限されるだろう。子樹の猛攻を退けながら、母樹を探すのは一人では無謀だ」

「でも人間を食って力をつけた人喰い樹に、普通の兵士に相手をさせるほうが無謀です! 私がぜんぶやるしかないじゃないですか!」

「家族だけを死地に行かせるか! 俺達に助けを求めろ!」


 怒鳴ったら、それ以上の大声で返された。

 言われたことがすぐに理解できなくて、私は頭が真っ白になる。

 もどかしげに、ディルクさんは言い聞かせるように続けた。


「俺達が強さを誇るロストークだ。人喰い樹ならば経験がある者もいる。君の露払いにはなるだろう」

「それこそだめじゃないですかっ。だってロストークは辺境の守りなんですよ!? 軽率に兵を動かしたらこれから『じゃあ聖女に要請したらロストークが動いてくれるんだな!』 って口実に使われることになるかもしれないじゃないですか! 国にいいように使われるなんて私が許せません!」

「君も相手の思惑を察せられるんだな。だが、肝心なことを忘れている」


 反応が軽い気がするのが気に入らなくて、私はぎっと睨むけど、感心するディルクさんは変わらなかった。


「君自身もロストークだ。ならば家族の危難に駆けつけるのは当然だろう」


 当たり前のように言い切られて、私は立ち尽くす。

 この人は、私を助けるために、自分の領地を賭けると言っているんだ。

 こんな暴走、止めないのかと周囲を見渡したのに、室内にいた護衛官リッダーも、執事のセリューさんもほかの偉い人たちも当然のようにうなずいている。


 もしかして止める人がいない……!? とうろたえていると、ディルクさんは普段と違いいっそ乱暴にも見えるほど笑みを見せた。


「ロストークの主は、俺だ。その決定に逆らう者はいない。それに、俺には誰にも、それこそ王ですら容易に命令できない。君の懸念は杞憂だ。ロストークを動かすのであればそれ相応の見返りを要求してみせる。一方的に利用されることはない」


 だから、と、ディルクさんは持っていた剣を横にして私へ差し出してくる。


「家族、というのは共に敵を討ち果たすものだ。だから君の思うとおり、俺の剣を使え」


 その話、あんまり常識がない私でも、ちょっと違うとわかる。

 けれどなんだかすごく心にしっくりきた。

 一人で背負わなくていい。簡単に居なくなりそうにない人が、いいよっていってくれる安心感が、急に私の目の前で手にずっしり落ちてきたみたいだった。


 この人は、ほんとうにほんとうに、私の家族になってくれるんだ。

 目頭がすごく熱くなって、わーっと叫び出したくなるみたいな高揚感に、私は喉から声を絞り出した。


「そんなこと言うんでしたら、ずっとここに居るってだだこねますよ」

「お安いご用だ。俺は君がいなくなったら一生独り身なんだから」


 私は、ディルクさんからひったくるように剣を取った。


「じゃあ! 私と一緒に討伐してください!」

 私のいっぱいいっぱいのお願いを、ディルクさんは笑って快諾してくれた。




  *



 

 ロストークが総力を挙げて私の討伐に協力してくれることになった。

 とはいえ、ディルクさんは馬鹿じゃない。


「君に討伐の要請が来たのは、半分くらい俺とロストークが原因だろう。であれば、王宮が余計な口を出さないよう少数精鋭で向かって迅速に片付ける。具体的には、あくまで君の護衛という体で一個小隊を出す。もちろん指揮するのは俺だ」


 混乱する王宮からの使者を適当な部屋に軟禁し、開かれた会議の場で、ディルクさんが宣言した。


「現地ではまともな戦力は望めない。だから小隊と俺、ルベル殿で仕留める。そのつもりで人員を選抜する」


 私でも言わない相当な無茶を言われているのに、命じられた面々はまるで名誉をもらえたみたいな喜びに満ちていた。

 死ぬかもしれない恐怖を、感じていないわけじゃないだろう。けれどそれ以上に、ディルクさんと共に戦えるという喜びが勝っているのだ。

その士気の高さには、改めて驚くけれど、ロストークに関わる戦じゃないのになんでと疑問符がいっぱいだ。


「なんでみんな、全然関係ないのに、喜んで協力するみたいな……」

「ネージュ城全員はもちろん、パーティで家臣達を全員魅了してなにを言うか」

 

 若干呆れたみたいな顔をして、ディルクさんが続けた。


「むしろこれで君を一人で行かせたら、嫁の危難に駆けつけない男として背中から切りつけられるな」

「腕相撲しただけですけど?」

「それで『また勝負』と言われれば、ロストークの男はなにがなんでも再戦を挑むぞ。その機会を得るために討伐に手を貸すことくらいわけないさ」


 目的と手段が逆転してるっていうんでしょう? それ!

 私でも変なのわかるよ! ってよっぽど言いたかったけど、

 会議に出ている顔ぶれを見渡しても、大丈夫だぞってうなずいてくるばかりだ。

胸がもぞもぞもにょもにょするのが酷くなった。でも落ち着かないだけできっと嬉しくない訳じゃない。

 なんだかもうしょうがないなあって気分で、話を進めることにした。


「じゃあどのルート通ります? 王宮へは……」

「王宮への報告は使者殿に頼もう。ことは一刻を争う。グランナリーならロストークから直接行った方が早い。目標は王宮からの増援に後始末を任せて引き上げることだ。なにせ冬がくる。雪に降られたら帰還が面倒だ」


 私が目をぱちくりとさせて見上げると、ディルクさんは不思議そうにする。


「どうした、ロストークの雪はやっかいだぞ。特に大人数での行軍は目標到達よりも、全員を生き残らせる方が難しい」

「確かに、そうですけど……ディルクさんがちゃんと帰ることを考えているんですね」


 なにより悲壮感が感じられない。

 天災級の魔獣なんて出たときには、みんなこの世の終わりみたいな切羽詰まった様子になるのに、ディルクさんの会議はそんなことがない。

 もちろん緊張感はあるけれど、ぴんと張り詰めたいいものだ。

 とても心地がいい。


「帰るのだから帰路と、討伐後の段取りまできめておくのは当たり前だろう?」

「その通りですね!」


 本当にディルクさんは帰ることを前提に考えていて、本当にたのもしくて笑ってしまった。


 そうして、私達は翌日には一個小隊を連れて、グランナリーへ出立していた。


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