第49話 反論は耳を揃えてきっちりと
夜会はロストークの各地方を治める有力な代官や、親族関係にある所領の貴族達が参加していた。
収穫が終わり、冬の雪が降る前に行われる各領地の報告と会合のあとの慰労とか、そういう意味もあるらしい。
ホールにはいくつもテーブルが出されて、ご飯も飲み物もおやつも出る立食形式で、様々な催しを観賞しながら交流をするらしい。
このために踊り子や劇団、演奏者が雇われていて賑やかだった。
そのあたりは王宮で何度か出た舞踏会や式典と遜色がなさそうだ。
私はディルクさんに手を取られて会場に入り、紹介されたとたん、我先にとやってくる招待客達に挨拶を受けまくった。
エルヴァの突貫教育のおかげで、名前のわかる人が半分くらいいて助かった。
代官のほうは、村を回っていたときに顔を合わせたことがある人もそこそこ居て、顔合わせた途端に感謝された。
「あなた様のようなかたが次期辺境伯夫人となられること、一同とても嬉しく思います」
そうして歓迎されるのはちょっとこそばゆく思っていると、一瞬ディルクさんから強く視線を感じた。
ふっと見ると、酷くもどかしげな目と遭遇する。
なにを言いたいかはなんとなくわかって、私はちょっと困ってしまった。
(やっぱりさっきの言葉、だめだったんだなぁ)
愛人を持って良い、と言うと、ディルクさんは固まったまま動かなくて、もう時間切れだからとマルクに連行されて行った。
明らかに様子がおかしいのはわかったのだろう、エルヴァとサリアにどうしたのか聞かれたから正直に話すと、顔色が変わった。
「どうして愛人を持って良いだなんておっしゃったんです!? 確かに顔はお怖いですけど、そんなに旦那様がお嫌いです!?」
サリアの明らかに責める口調と懇願に、私は面食らった。
しかもこういうのにちょっと厳しいエルヴァが頭を抱えている。
そこで私はようやく自分の発言がよろしくなかったと理解した。
「えっと、でも貴族になると、愛人って、あたり前に、いる、よね? むしろ愛人と楽しむって感じだよね」
ぐわんっ、とサリアが信じられないと言わんばかりの目でエルヴァを見る。
眉間をもむエルヴァは、とても言いにくそうにしながらも答えてくれた。
「そう、ですね。王都周辺の貴族は基本的に、家のための結婚をした後に、恋愛をするものです。王宮の恋愛事情を見ていたルベル様にとっては普通のことではありますか」
「不倫が当たり前なんですか!?」
「むしろ、結婚しておいて恋愛していないほうが不思議がられますよ」
そうだよね、前にそう教えられたもん。
私がうむうむとうなずいていると、エルヴァが歯切れ悪い顔をしている。
「ですが、ここはロストークですから。ところ変われば価値観も大幅に変わります」
「あっ」
ようやく思い至って今度はサリアを見ると、涙目で震えていた。
「ロストークでは、不倫なんてもってのほかです。ましてやあい、愛人なんて持ったら、相手にぶち殺されても文句は言えません!」
そこで「別れる」ではなく「殺す」が出てくるのがロストーク民っぽいなあとちょっと思ったが私は言わなかった。
「でしょうね。つまりルベル様はロストーク伯に『便宜上の夫婦になりましょう』と言ったようなものなんです」
そう締めくくったエルヴァは、私に問いかけた。
「とはいえ、かなり唐突な話ではありませんか? ルベル様は、どうしてロストーク伯にそのように言ったのですか?」
エルヴァの問いに、私はなぜかとっさに答えられなかったのだ。
私はディルクさんが臣下の一人と話し込み出したのを見計らって、その場を離れた。
立食のご飯はクックさんが一週間かけて準備した力作ばかりだ。
食べ逃すわけにはいかない。というのは建前で、なんとなくディルクさんのそばにいるのが居心地悪かった。
いつもはおいしく感じられるご飯も、おいしいけれどちょっと味気ない。
「なんで、そう言ったのか。かぁ……」
正直、よくわからなかった。でもあのとき言っとかなきゃと思ったのだ。
だってディルクさんが、私を大事にしてくれるってわかったから。
なら彼にも、幸せになってほしいと思った。
「好きな人ができたときに、困るかと思って」
ぽつりとつぶやくと、これだとしっくりきた。
私だって、少しは政治的なことはわかる。王家が縁を繋いだ妻である私は、簡単に離縁はできないだろう。
そうしたらもし好きになった人ができても結婚はできない。
だから先に良いよって言っといたほうが、ディルクさんの負担にならないと思ったんだ。
でもなんか、お腹の奥がもぞもぞもする。
なんかこれ以上食べる気になれなくて、料理をもう一皿取るのはやめた。
そろそろ催し物が始まるはずだ。一回席に戻ったほうが良いだろう。
ディルクさんのところに戻る途中で、複数のおじさんやおじいちゃんが話しているところを通りかかる。
会合の一つに出たときに、ぼんやりと見覚えがあった。
ロストークの家臣筋に当たる貴族達だ。
「領主殿もあのようなたくましい聖女殿を手に入れられて落ち着かれるようでなによりだ。ワイバーンを単独で倒したらしい」
「まさか王都から来る者に、ロストークよりもなおロストークらしい者がいるとはな……」
「娘がすっかり憧れていてな、城に伺候したいと言ってるのだ」
褒められてちょっと嬉しかったのは、次の話を聞くまでだ。
「幼少期は、カルブンクスに入り浸って、精霊様がたの魔法などにうつつを抜かしていたと知ったときは、次期領主としての資質も危ういかと思っていたが」
「王立学院に行くと言っていたときには、魔法に傾倒して帰って来るかと思っていたが、杞憂でなによりでしたな」
えっと、思わず私は立ち止まった。
ディルクさん、そんなに以前から魔法に興味があったんだ。
てっきり王立学院で魔法を知ったから誘致しようとしていたのかと思っていたけど。でもその前から知っていたのならうなずける部分はある。私の魔法の話にも的確に相づちを打ってくれたもの。
なによりカルブンクスのお屋敷にも、トーワイド村にもそこかしこに魔法の痕跡がある。
ちょっと動悸がする。なんだろう。ちょっともやつく気が、する。
このもやもやはそうだ。ディルクさんが、王太子殿下との約束で私を迎え入れたと知ったときにも、ちょっとだけ感じた。
「精霊様に頼らず、我らが意思で困難を切り抜けることこそ、ロストークの誇りだというのに」
「これを機に、ロストークに集中してもらいたいものだな」
「魔法などなくとも、我らは十分に強くあれるのだ」
はっと、おじさん達の話に引き戻される。
おじさん達は、どうやらディルクさんが魔法に傾倒するのが気に食わないらしい。
でもディルクさんはロストークのために精霊を呼び寄せ、魔法が使えるようにしようとしている。
みんなが「精霊に見捨てられてなかった」って自信を与えるために。
自分のもやつきよりも、嫌だなという気持ちが強くなった私は、気がつけばおじさん達に呼びかけていた。
「ねえ、聞かせてもらっていい?」
振り返った彼らは、私だとわかると一斉に頭を下げる。さっき挨拶したもんね。
私を侮ることなどない彼らに、だからまずは問いかけた。
「『勝つために使えるものは、なんでも使う』がロストークの流儀だと教わりました。魔獣狩りのときも、ホーンボアを仕留めるときも、無謀に戦いを挑まず、落とし穴で転ばすみたいに」
「はあ、そう、ですが」
「なのに、魔法は軟弱なんですか?」
話の意図が読めずにいた家臣達の間に、ぴりっと緊張が走る。
一気に剣呑な雰囲気になる。けれど、私はそんなの気づかないふりで、すいと指を振った。
「【炎華】」
楽しい雰囲気に呼び寄せられていた精霊達が、たちまち集まり私の意思に合わせて鷲くらいの大きさの炎の鳥となる。
全身が炎の鳥は優美に羽ばたくと、家臣達の間を駆け抜ける。
そして会場の天井へたどり着くなり、体をぱっと四散させ炎の花びらとなって周囲に降り注いだ。
もちろん触れても熱くはない。火の魔法については、私、めちゃめちゃ得意なんだ。
いきなりの未知の現象に、即座に警戒態勢を取るおじさま達はさすがだなと思う。
これを王都ですると、大体綺麗だなぁってのんびり眺めちゃうんだよな。
もう一体作ってあった炎の鳥を腕に留まらせながら、私は家臣達に向けて笑って見せた。
「もしこれが本物だったら、今のでみんな死んでたよ」
彼らはぴりっと殺気立ったけど、私は逆に抑えていた魔力をちょっとだけ強く解放した。
お前達が喧嘩を売ろうとした相手がなにかを教え込むためだ。
いくつかの殺気はそれで引っ込む。
その判断の速さは王宮の暢気な人たちに比べたら断然わかりやすくて、肌に合うな。
そう、本物の火だったら、私は一方的に蹂躙できた。
あまりに簡単が過ぎるんだ。まあだからこそ王都付近でパーティをする貴族は会場に許可された者以外、魔法の使用不可にする結界を張っていたりする。
……私ならごり押しで破れちゃうから意味ないけれど。
あとでディルクさんに進言しとこうと思いつつ、私は警戒する家臣の一人にゆっくり近づいた。
「こうして条件さえ整えば、魔法はたった一人で多くの戦果を上げられる力です」
「では陽輪の聖女殿は、ロストークの戦士は、魔法には勝てないとおっしゃりたいので」
ディルクさんよりも明らかに年かさなのに、剣呑に殺気を飛ばしてくる彼らに、私は小首をかしげる。
「えっ、なんで? 皆さんも強くなれるんだから使えば良いじゃないですか」
ほんとそこんところよくわからないんだよなあ、零か百みたいなことを考えるの。
「魔法は精霊による力です。精霊がいなくても強いあなた達が、精霊を味方につけて魔法を組み合わせられたら、もっと戦略の幅が広がります。なら、これはだめ! って廃するのはもったいなくありません?」
ぽかんとするロストークの家臣達の後ろに見える顔見知りの護衛役リッダーが苦笑している。
でもその表情は「いっちょやったってください!」って言ってるからこのまんまいこう!
私はにっと笑った。
「使える手はすべて使って強くなったほうが、これぞ『ロストーク』でしょ?」
しん、と周囲が静まりかえる。
家臣の若めのほうが、顔を真っ赤にして怒っていておっとやり過ぎたかな、と思った。
案の定私に詰め寄ってこようとしたので、よっしゃ喧嘩なら買うぞ! とわくわく身構えていたんだけど、肩にとんと手を置かれる。
振り返ると、ディルクさんが立っていた。
そのまま私は彼に引き寄せられる。
「この場にいる全員を相手取っても圧倒する豪胆さがある。我が未来の妻は最高だろう」
自慢されたのだ、と気づいたのは、家臣達の空気が弛緩してからだった。
がっと顔に熱が昇って頭が真っ白になる。
私の感情に呼応して、腕に留まった火の鳥もぼうっと燃え上がった。
家臣達はとっさに身を引くけれど、ディルクさんは口角を上げた。
一気に迫力が増すけど、すごく機嫌が良いんだって私はすぐにわかった。
「諸君らの中には、まだ俺に対する反発もあるだろう。変化の気配に警戒するのも当然だ。だが、聖女たる彼女を迎え入れることによってロストークはより強く、豊かになるのは間違いないのだ」
朗々と語るディルクさんの声に、いつの間にかその場にいる全員が耳を澄ませていた。
「我らは聖女と共に北の竜ロストークであり続ける。我らはこれからも誇りを持って我が故郷を守り続けるのだ!」
家臣達は次の瞬間、胸に手を当て次々に頭を垂れた。
誰に言われるまでもなく、自らの意思で恭順を示す。
その姿は率いる者としての威厳と力強さにあふれていて、私も思わず背筋が伸びた。
ただディルクさんに腰を抱かれたまま歩き出す。その刹那、少しだけ身をかがめてささやかれた。
「君にはいつも助けられてばかりだ」と。
あ、気づかれていた、というのがちょっとだけ気恥ずかしい。
なぜかわからないけれど、彼がまとう重い香りが記憶に焼き付いた。




