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用済み聖女の最後の仕事 命じられたのは蛮族伯との結婚でした  作者: 道草家守


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第46話 改めてはじめよう

 私がエルヴァを杖の後ろに乗せてやってきたのは、カルブンクス地方だ。

 もちろん、ディルクさんにはちゃんと行き先と帰る時間を報告してある。

 私は学ぶ子なので。えっへん。


 はじめは二人乗りでゆっくりだったけど、途中から精霊達が集まってきたから、エルヴァは一人で杖に乗れるようになり、さらに時間を短縮できて午前中には到着した。


 死魔の森近くの村――トーワイド村につくと、もはや顔なじみの村人達が親しげに挨拶してくれた。サンダーディアから助けたコンビだ。


「おー! 領主様また来てくださったんですか!」

「来たよ! 魔獣と精霊の様子はどう?」


 私が軽く聞くと、彼らはにっかりと笑う。


「領主様がかけ直してくださった魔獣よけのおかげで被害はありませんよお!」

「精霊様がたは俺らには見えませんからなんとも言えんのですが……。ただ数日前から台所になぜかリンゴや、季節外れの柑橘やらが置かれていることが多発しておりまして……。これは食べて良いのかと困惑しているところですね」

「あっそれはたぶん、ほかの村で食べたコンポートがおいしかったから、台所に置いとけばもしかしたら甘いの食べられるかもっていう期待のいたずらだと思う。全部をあげなくて良いから、果物使った甘いのをお裾分けしてあげて」

「なんと……! 早速村の女達に広めます! ほぼ全員の家で起きてまして! 家々でお金を出し合って砂糖を手に入れましょう!」


 うわぁ、こんなところに影響があるとは。

 村人達が話し合うのに、申し訳なさと受け入れてくれる彼らへのくすぐったさに半笑いになった私は、あっと思いいたる。


「砂糖って、高いんだよね。大丈夫?」


 そう聞くと、彼らはぎくりとした。

 やっぱりお金を出し合って砂糖を手に入れるってことは、一人一人のおうちだけでは手に入らないという意味だもの。

 うーん精霊をもてなすのは大事だけど、どうにかならないかなぁと隣のエルヴァを見上げた。


「なんか私にできることないかな?」


 いきなり振られたエルヴァは戸惑っていたけれど、すぐに考え始める。


「そうですね……。村落でまかないきれない公共事業などは、領主が費用を負担することもございますが」

「あっじゃあ砂糖は私のほうで支給するのはどうかな! 精霊をもてなすのは、村と領地全体に役に立つことだから、領主の私がすべきこと、だよね」


 ディルクさんのまねっこだけど。

 死魔の森にいる精霊達の出入りが激しくなっている今、どれだけ外の村に定着させられるかが、今後の魔法の発展に関わってくる。

 とはいえ一番近いこの村が自腹で砂糖を買って、精霊達をもてなしていたら、冬を越す資金がなくなってしまうだろう。

 なら、これは私が資金を出しても良いことだ。

 私の提案に、村人達は申し訳なさそうにしながらも、ぱっと救われたような顔になった。


「それは、とても助かります……!」

「よし、じゃあ村長さんに相談しとくね」

「ありがとうございます! ……その、そちらのお方は」


 ちょっと領主っぽい仕事ができたなあと考えていた私は、村人に問いかけられて、私はエルヴァを引き寄せた。


「私が王都ですごくお世話になった人だよ。カルブンクスを見せたかったんだ」

「なんだって! 領主様の恩人なんですか!」

「死魔の森以外たいしたものはありませんが、住みやすい場所ですよ! 魔獣はめちゃくちゃ出ますけど!」

「まだ短い間ではありますが、ルベル様には幾度も助けていただいているんです」

「あ、いえ……」


 晴れやかな顔で言う村人達に、戸惑うエルヴァは言葉を濁す。

 その瞳には、昨日と同じ寂しげな色がある。

 こくんと、つばを飲み込んだ私は村人達に言った。


「じゃあ、私案内したいから行くね、村長さんには、後で行きますって話しといてくれる?」

「わかりました、行ってらっしゃい!」


 村人達と別れた私は、エルヴァを振り返ると手を引いた。


「エルヴァ、カルブンクスを案内するよ!」

「えっはい」


 素直についてきてくれるエルヴァをつれて、案内を始める。

 と、いっても村を回ったあとは、森に入るくらいしか見る場所はない。

 さすがに魔導遺跡にはつれて行けなかったし。

 でも、たぶんきっとそっちのほうがいい。


 エルヴァは死魔の森をくぐった途端、大量に現れた精霊達に驚きはしていたけれど、屋敷にたどり着く頃には予想通り表情が青ざめていた。


「で、ここがディルクさんにもらったお屋敷だよ」


 私には十分すぎるくらいのおうちだけど、貴族の領地やお屋敷を沢山知っているエルヴァにとっては違うだろう。


「エルヴァどうだった?」


 きれいに掃除が行き届いている玄関ホールに入った私は、くるりとエルヴァを振り返る。

 するとエルヴァは言葉に詰まって瞳を揺らす。

 だから私は言いたいだろうことを先んじた。


「小さいでしょ」


 緑の瞳が揺れる。図星だった。

 エルヴァは悩み抜いたあと、呻くように言った。


「こんな……小さな土地なのですか。唯一資源があるのは、容易に入れない死魔の森のみで、税収などほとんど望めない。しかもそれすらあなたの自由にはならないのでしょう!? こんな理不尽なことがありますか!? あなたはあれほど貢献したというのに……! こんな……こんな……!」


 震えるほど拳を握ってうつむくエルヴァの言うことは、たぶんきっと正しい。

 普通に見たら、私がもらったものはちっぽけで、働きに見合わなくて、理不尽さに怒るべきものなんだ。

 私だってむかつかないわけじゃない。

 でもね、と私は胸に手を当てた。


「これが私の領地で、私が領主なんだ」


 エルヴァがはじかれるように顔を上げる。

 私にとってエルヴァは、私の知らないことをたくさん知っている大人だった。

 優しくて叱ってくれる、有能でいい人で、私みたいな子供に付き合わされてかわいそうだとずっと思っていた。だからほんとに良い方法だと考えてお別れをした。


 他人は、私から離れていくものだったから。


 でもディルクさんに言われて、一晩じっと考えたのだ。


「私はね、ずっと自分が帰るおうちがほしかったの。こことロストークは初めて『帰っても良いよ』って言ってもらえた場所なんだ。どんなに小さくても、どんなに恵まれない場所でも私はここを守りたい。だからお嫁に来たんだ」   

「そう、です、か……」

「でも、ね、でも」


 そこで、私は言葉が喉に詰まった。自分の気持ちを話すなんて、不安でたまらなくて口が重くなる。

 でもぐっと堪えて言った。


「ほんとは、みんなが、エルヴァが、いたら良いなあって思ってたよ」


 エルヴァの緑の瞳が大きく見開かれる。

 さっきのやりとりを思い出す。エルヴァがいてくれたら、村人達にとって良い方法をすぐ考え付いただろう。

 私の騎士団のみんながいたら、魔獣の討伐だって、もっと大規模にできた。

 いてくれたら良いなって気持ちが何度も頭をよぎった。

 でも、カルブンクスはとても小さくて、みんなを雇うことはできないどころか、しばらくディルクさんの援助で生きていくことになる。

 不安定で、出世もできないそんな場所で、私が報いてあげられることなんてなにもない。

 でも、ディルクさんの言葉で、違うんだって気づいたんだ。


『メナール卿を評価するのであれば、君は彼と向き合う責任がある。上に立つ者の義務だ』


 私はエルヴァの気持ちを決めつけて、確かめるのを避けて逃げたんだ。

 強いから、部下だから、上に立つから自由にできるんじゃない。

 私が自由にできるようにエルヴァ達が支えてくれていた。

 そんな働きをしてくれたみんなを、私は軽々と捨ててしまったのだ。 

 だから今、エルヴァは傷ついて、悲しんでいる。

 エルヴァの顔が曇ったのは、私のせいだ。

 だから唇を噛みしめ、私は問いかけた。


「でも、もしかして、付いてきてって言っても良かったの?」


 エルヴァは緑の瞳を苦しげにゆがめた。


「……あなたに、置いて行かれたと気づいたとき。私はあなたが連れて行くに値しない者だったのか、と絶望したのですよ」

「そんなことないよ! みんなには家族や立場や大事なものがいっぱいあるから王都のほうがいいんだって思い込んでたんだ! 特にエルヴァは貴族で、私にはわからない大切なことが沢山あったでしょう?」

「なにをおっしゃっているんですか。私はすでに実家からは見放されております。自分の食い扶持を稼がねばなりません。ならば……」


 くすり、と笑うエルヴァはなんだか吹っ切れた顔で、噛みしめるように続けた。


「ならば、たとえ必要とされずとも、あなた様に仕えたかったのです」


 そっか、そうなんだ。エルヴァはなんども伝えてくれたのに、私は軽く扱ってしまっていた。

 ようやく、エルヴァの言葉の重みを感じて、大きく深呼吸する。

 覚悟を込めて、私は手を差し出した。


「こんなちっちゃい領地だけど、もう一度、私のそばで支えてくれる? あなたが必要なの」

「……願ってもいません」


 エルヴァは、さっと騎士服の裾を払うと、その場に膝をつく。

 そして私の手を取ると、額に押し当てる。


「陽輪の聖女、ルベル・セイント・カルブンクス様。この身、この剣、この杖が折れ果てるまで、貴女にお仕えいたします。私の忠誠は貴女に」


 これから私は私の意思で、エルヴァを背負っていく。


「これからも、ずっとよろしく」


 顔を上げたエルヴァと、いたずらっぽく微笑み合う。

 私は、ようやく誰かを大事にする方法がわかった気がした。



 *



 エルヴァと一緒に帰ったのは、夕方前だった。

 村長さんとお砂糖についてちゃんと話し合って、ディルクさんに提案できるくらいまとめたのだ。

 エルヴァのおかげでスムーズにできた。

 一人でも全然大丈夫だと思っていたけれど、これからもエルヴァが一緒に居てくれると思うと、心が弾む。


「では、近衛騎士として、今回の任務が終わったらすぐにでも退職して参ります」

「うん待ってるよ。エルヴァがカルブンクスへの移住者第一号なんだなぁ」

「ふふ、光栄です。きっと騎士団の者が聞いたら歯ぎしりして悔しがるでしょう」


 エルヴァがにやりと笑うけど。どうだろう?

 だって王都から遠い場所だし、いいところに就職できているだろうことなのに私はどうかなあと思いながらも、ネージュ城の通用門に降り立った。

 一刻も早く助言をしてくれたディルクさんに報告したい。それでお礼を言うんだ。

 

 そんなことを考えながら通用門をくぐると、そこにはディルクさんが立っていた。

 

ジャケットとスラックス姿で、黒髪もちょっと整えられている。どこかで会談でもあったのかな。

 私は思わず駆け寄った。


「ディルクさんどうしてここに!?」

「君がそろそろ帰ってくるかと思ってな。ちょうど良かった」


 紫の瞳が少し細められる。普通の人だったら怖いと思うかもしれないけれど、私はこれがディルクさんのほっとした仕草だと知っている。

 出迎えてくれたんだ、と思ったらじんわりと落ち着かないくらい胸が温かくなった。


「ただいま戻りました! エルヴァと仲直りしました!」


 びしっと敬礼をしてみせると、ディルクさんがちょっと吹き出す。


「なによりだ」


 ディルクさんは、なんてことないように言うけど私はすごく救われた。

 あのままだったらエルヴァを失うところだったんだもん。


「あ、そうだ村のことで相談したいことがあって――」

「ルベル様」


 勢いのまま言いつのろうとしたとき、エルヴァに呼ばれて振り返る。

 整った容貌を引き締めたエルヴァは、怖いほど真剣なまなざしをしていた。


「道中お話をして、理解いたしました。貴女はけして強制されたわけでなく、精霊達を領民のために呼び出したことも。この地の人々に慕われ愛されていることも納得いたしました。――だから、これが最後です」

「エルヴァ?」


 呼びかけると、エルヴァは淡々と問いかけてくる。


「ルベル様、ロストーク伯とこのままご結婚されるおつもりですか」

「うん? そのつもりだけど」

「――ロストーク伯が、領地に精霊を定着させる研究のためにあなたを欲したとしてもですか」


 私は周囲の空気が凍ったのを確かに感じた。


「王太子殿下から直接伺いました。王家は聖女を派遣することで、辺境伯とのつながりを強固にするつもりです。それでも、あなたは、この結婚を受け入れるのですか」


 エルヴァの睨む先には、硬直した顔で立ち尽くすディルクさんがいたのだ。










誤字脱字報告、感想、ありがとうございます。とっても励みにしています!

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