第44話 言動にはワケがある
たっぷりと弓矢と魔法の比較検証をしたあとは、案の定模擬訓練になった。
エルヴァは剣圧飛ばしに驚いていたけれどすぐに対応していたし、リッダーと良い勝負をしていた。
そしてお昼ご飯は時間が空いていたディルクさんも一緒になった。
もちろん魔獣肉で、クックさんが腕を振るってくれたホーンボアの煮込みシチューだ。
「魔獣肉もなかなか良い味でしたね。畜肉と同等以上とは。魔獣ということが課題ではありますが、あの味が出せるのでしたら、王都でも通用しそうです」
「エルヴァがそう言うんだったら間違いないね。ロストーク以外でも食べられたら嬉しいなぁ」
しみじみつぶやいていると、ディルクさんがぎゅっと眉を寄せて打ち明けてくれた。
相変わらずの魔王顔だけど、エルヴァはちょっと驚いただけで気圧されることはない。
「輸出は考えたことはなかったな。魔獣肉は食肉化までに専門技術と熟成が必要だ。だからロストークでは商業で提供する際には認可制にしているんだが……」
「手間と輸送の分、原価が上がるでしょうね。捨て値でも売れない魔獣肉ですが、食べられたとしても、安い値段でも食べる者がいるかどうか」
「そこは難しいな。王都では魔獣肉を食べたことがあるというだけで、野蛮人扱いだ」
「でしょうね」
難しい顔でエルヴァとディルクさんが会話していることが、私には半分も理解できなくて、あ、っと気づいた。
そっか、エルヴァはディルクさんが話すことがわかるくらいの知識があるんだ。
二人が仲良くしてくれるのなら嬉しいなぁ。
と考えていると、じわと少しだけお腹が重くなった気がした。
(? まだ食べ過ぎていないはずなんだけどな)
ちょっと首をかしげつつ、シチューのお肉をもぐりと食べる。
やっぱりおいしい。王城で食べるお肉と同じくらい。
「こんなにおいしいんなら、王都で食べたステーキと同じ値段にできないのかぁ」
私には理屈はわからないけれど、きっと難しいことがあるんだろう。
残念だなあと、もそもそともう一口掬ったところで、エルヴァとディルクさんがこっちに注目していることに気づいた。
えっなに?
「……そうか。安価に流通させることばかり考えていたが、あえて高級路線に持って行くのもありなのか」
「美食に精通した者であれば、抵抗感を凌駕して評価される可能性があります。彼らに認められれば、ほかの貴族達の興味を引けるでしょう」
「なるほど、今後の展開として議題に上げよう。ありがとうルベル殿、メナール卿」
ディルクさんにお礼を言われて、私はちょっと面食らった。だって特別なことを言ったつもりはなかったからだ。
でもディルクさんの役に立ったんだ、と感じたら、お腹のむかつきがほわ、と緩んだ気がした。
「へへ良かったです。おいしいものはみんなに広まると良いですよね」
「そうだな」
少し頬を緩めたディルクさんは、私に問いかける。
「ところで、良ければ少し話したいんだが、午後に時間はとれるか」
そう言って彼はちらりとエルヴァを見る。午後は城下におりようと思っていたんだけど。 帰ってきた夕方ならいいかな、って思ったらすっとエルヴァが席を立った。
「では私は一足先に、退出させていただきます」
「えっでも……!」
まだ案内したいところが沢山あるんだ。
私が見上げると、エルヴァはふんわりと微笑んだ。
「ルベル様がロストークを気に入られたことは、十分に伝わりましたよ。あなた様がお幸せなのであれば、私はもう必要ございませんね」
どういう意味? 私が戸惑っているうちに、エルヴァは完璧な作法で辞去の挨拶をすると、去ってしまった。
エルヴァはいつも通りに思えたけれど、なんだか釈然としないものを覚える。
なんともいえない気分で、食後のお茶に口をつける。
楽しんでくれたって、言ってたのになんでこんなもやもやするんだろう。
「ルベル殿」
「あっごめんなさい、話したいことってなんですか?」
ディルクさんがいることを忘れていて謝ると、彼は若干緊張しているみたいに固い顔で聞いてきた。
「その、メナール卿とずいぶん距離が近い、ようだが」
「ん? はい! 私エルヴァのこと大好きですから!」
「んぐっ」
ディルクさんが変な声を出す。んん? 私そんなにへんなこと言った?
「だから、ディルクさんがエルヴァと仲良くしているの見るのが嬉しいなぁって思ったんですけど。エルヴァは、もっと出世できる人だから、いろんな人に認めてもらいたいんです。で、エルヴァにも私が好きになったロストークを知ってもらいたいなあって」
「なる、ほど?」
彼の固い顔がちょっとだけ和らいだ気がする。
「ほんと、またエルヴァに会えてよかったです。エルヴァはずっと私についてくれてたんですけど、鮮血聖女付きのままだと、出世できなかったんですよ。だからここに来る前に王太子殿下にお願いしたんです『エルヴァを出世させてください』って」
もちろん聖女騎士団に所属していたみんなのこともお願いした。
王太子殿下が守ってくれるかはわかんなかったけれど、エルヴァが近衛に所属になった上に、騎士爵をもらっていて心の底からほっとしたものだ。
しみじみと噛みしめていると、ディルクさんの表情がちょっと曇っていた。
なんだか気になることがあると言わんばかりに。
「それを、メナール卿に言ったのか?」
「えっ言うもの、なんですか?」
思ってもみなかった。
私が面食らうのに、ディルクさんは「そういうことか」とつぶやいたあと、真面目な顔になる。
私は自然と背筋が伸びた。
「君はメナール卿のために、出世を望んで手放した。だがおそらくメナール卿は君に解雇されたと思っているぞ」
「!?」
信じられなくて目を丸くする。
どうしてそういうことになるの!?
と考えたのが顔に出ていたのだろう、ディルクさんは丁寧に説明してくれた。
「メナール卿はずっと君と共に行動をし、支えてくれたのだろう。君がまっすぐ慕うほどに、忠義を捧げていたはずだ。だが君は彼の意思を確認せずに主を代えさせた。彼の忠義を裏切った形になる」
えっ彼?と思ったけど、それどころじゃなくて、私はとっさに腰を浮かせた。
「そんなつもりはなくてっ」
「ああわかる。だがメナール卿を大事に考えているのであれば、君は彼の捧げる忠義を受け止め、報いなければならないぞ。君の思惑はどうあれ、君は彼の主なんだ」
平静な言葉なのに、私の胸にぐっさりと刺さった気がした。
「それにな、メナール卿は君に『来るな』と暗に言われたと思っていても、もう一度仕えるためにこんな辺境にまできたんだぞ。並の忠信じゃないさ。……すこし、妬けるな」
最後につぶやかれた言葉は、耳に入らなかった。
ドクドクと心臓が波打つ。
この婚約は、用済みの私を処分するためのものだ。だから決まったとき、私は他の人達を巻き込まないようにしようと決意した。
聖女騎士団はみんな優秀だしお世話になった。私の下についても腐らずにいてくれて一緒に生き残ったんだ。これ以上私に付き合わされずに、自由になってほしいと思ったからだ。
ロストークでなにが待っているかわからなかったし、どうなるかもわかんなかったんだから。
それが私が彼らにできる最後のことで、守らなきゃ、って。
でも……。
「エルヴァは、私と一緒にいたいと、思ってくれてるの?」
「それを、確かめるべきだと俺は思うぞ。メナール卿を評価するのであれば、君は彼と向き合う責任がある。上に立つ者の義務だ」
ディルクさんに言い諭された私は、ぎゅっと両手を握りしめた。
ふと、エルヴァの言葉が蘇る。
『私は、今一度あなた様にお仕えするためにまいりました』
そう語ったとき、エルヴァの顔はいつも通りに見えて、少し緊張していた気がする。
勇気を出してくれていたのだろうか。
でもさっきはとても寂しげな顔をしていた。
『あなた様がお幸せなのであれば、私はもう必要ございませんね』
必要か、なんて考えたことがなかった。エルヴァのことをいて当たり前なんて、一度も考えたことがなかったから。
私にとって他人は、いつか必ず離れていくものだ。
お世話になったのなら、それ相応のお礼をしてばいばいする。引き留めるなんて考えもしなかったんだ。
(でもディルクさんは、責任があるって言った)
この人は優しいけど、目を逸らすなって言うんだ。
未知のことに不安でいっぱいだ。でも。
「かんがえ、て、みる」
私の声は自分でもわかるくらい、自信がなさそうだったけれど、ディルクさんはうなずいてくれた。




