第43話 聖女による独断と偏見ツアー
とはいえ、私は学習したので、まず直属の侍女に今からしたいことを報告するのだ。
つまり控えの控えの間で仕事をしているサリアである。
「サリア、私にしてもらったネージュ城ツアーをもう一回したいんだけどどうしたら良い?」
「は!?」
どーんと扉を開けてお願いすると、サリアはぎょっとした顔で手元の刺繍を落とした。
「ルベル様お待ちくださいあの嫌が……いえ、ご案内をどなたに?」
「エルヴァだよ! 最低限しかネージュ城のことを知らないって言うから、この際ロストークの良いところ全部知ってもらいたいの!」
「それなら、なおさらだめではありませんか!? 王都から来た方ですから、ひとまず生活に慣れていただくまでは王都流のもてなしをしようと話し合ってましたのに!」
「えっそんな気遣ってくれてたの!? ありがとう!」
嬉しくなった私がお礼を言うと、ちょっと顔を赤くしたサリアだったけど、主張は強い。
「当然のことです。ルベル様の大切なお客様なのですから、もう二度と失態は犯しません。だからこそ、あれをそのまま実行するのははばかられます」
「いや、不要だ」
そこに割り込んできたのはエルヴァだった。
「ルベル様が体験されたことなら、私も体験させていただこう」
エルヴァの顔は険しいけれど強固に主張する。
サリアは「本当に良いのか」と見てくるのに、私は思いっきりうなずくと、彼女は納得してくれたみたいだ。
「承知、しました。では先触れを出しましょう。どちらへ向かわれますか」
ものっすごく不本意そうだったけど。そんなに心配しなくていいのになあ。
「行きたいのは兵舎かな。確かそんなに切羽詰まった任務はなかったよね? エルヴァも最近しっかり体動かしてないだろうし、魔法の試し打ちもしてないでしょ。なら訓練の見学は楽しいと思うんだよ」
「あなたはどうしてこうハードルが高い場所ばかり勧められるんですか!」
「興味があります」
「エルヴァならそう言ってくれると思った!」
エルヴァの一声に、サリアは顔を引きつらせながらも「承知しました」と準備に走ってくれた。
ディルクさんが蛮族伯だなんて呼ばれていても、すっごくいい人だってわかってもらわないと!
私は決意に燃えていた。
兵舎と訓練場へ行くには、自然と解体場のほうを通る。
するとちょうど任務から帰ってきた部隊があったらしく、魔獣を解体場に運び込むところだった。
どうやら大きな体躯に鋭いかぎ爪をもつそれはロック鳥のようだ。それが大型の荷車に複数乗せられている。
荷車の隣で檄を飛ばしていたのは、解体場の長であるマイク・ブッチャーだった。
「あっマイクさん! 解体するところ?」
「おう、嬢ちゃんそうだぜ。鳥型の魔獣はまだ見たことねえだろ、見学するか? ……っと、隣にいるのは……?」
大柄な体でのしのしと近づいてきたマイクが、私の隣にいるエルヴァを見る。
私はちょうど良いと紹介した。
「王都にいたとき私の部下だったエルヴァだよ」
「ほう! あんたが王都から来たっていう騎士か!」
彼に黙礼するエルヴァを、私はにっこり見上げた。
「この人が解体長のマイク・ブッチャーさん! すごいんだよ。ロストークでは魔獣の肉を食べられるようにできるんだって! 大型ほど難しくはあるんだけど、遠征のときにできたら、いつでも豪華なご飯にできたのにねぇ」
「ちょっとルベル様、それは言ったらだめですよ、外の方は魔獣食になじみがないんでしょう!?」
サリアさんがうろたえて私を止めてくるけど、エルヴァは興味深そうにロック鳥を見ていた。
「魔獣は魔力が全身に行き渡っているせいで、えぐみがありますが。食肉にするにはどのような処理をされるのですか」
「おう、お前さんの言うとおり、魔力抜きからはじめんだよ。ロック鳥くらいだと、明日くらいには食えるぞ」
「そんなに早く食べられるようになるんですか」
「まあ、ロック鳥程度ならってところだな。強い魔法を使うやつらほど、魔力抜きに時間がかかるな」
「そうそう。マッドベアは一ヶ月くらいで、ワイバーンは……どれくらいかかるの?」
「あのでかさは二ヶ月はかかんだろうな。冬の保存食に助かるぜ。にしても、王都の細っこい兄ちゃんなのに、肝が据わってるな!」
わははと笑うマイクはばしんっと肩を叩こうとしたけれど、エルヴァはすいっとよける。
「では、こちらの食事の肉はすべて魔獣肉でしたか?」
「……いいえ、メナール卿の食事は、念のため畜肉で提供しておりました」
「ご配慮感謝いたします」
サリアが慎重に話すと、エルヴァは淡々とお礼を言う。
やっぱりエルヴァは大丈夫だと思ったんだ。
「それでね、今兵舎のご飯はホーンボアだったと思うんだよ! 食べに行かない?」
「っ!」
真っ青になったサリアが、エルヴァを見る。
エルヴァはぐっと眉を寄せた。
「だめですよ、ご迷惑になりますから」
「ほっ」
「いただくのなら、王城でいただきましょう」
「そうこなくっちゃ! サリア、出してもらえるか聞いてきて!」
「は、はい……嘘でしょ、主が主なら部下も部下ってことなの……!?」
サリアが妙に青ざめていた気がしたけれど、まあいっか!
どうやらクックさんが腕を振るってくれるらしい。それを待つ間に私達は予定通り、兵舎にたどり着いた。
訓練場では予想通り兵士達が訓練に励んでいた。
ただエルヴァは奇妙な顔をしている。
「“浮遊”の魔法ですか?」
「あっルベル様じゃないっすか! 見てくださいっすよ!」
私に気づいたのは、リッダーだった。
彼は元気に笑いながらぴょーんと私のところまで飛んでくる。
ただ勢いよく飛びすぎて地面を転がったけど、きれいに受け身をとっている。
みんな熱心に取り組んでいたから、最近自主練を許可するようになったんだよな。
「すごい、あとちょっとで実戦で使えそうじゃないか」
「はは、でもどうしても着地がうまくいかねえんですよね」
「着地は私も苦手だからなぁ」
私がどう説明しようかと思っていると、エルヴァが困惑した顔で問いかけてきた。
「なぜ皆さんは浮遊ばかりを練習しているのですか。兵士であれば、攻撃力を重視すべきでは。浮遊は確かに有効なものですが直接の攻撃力はありません」
「あ、それはね。試しに魔法撃ってみてよ。あそこに的があるからさ」
私がお願いすると、エルヴァは不思議そうにしながらもすっと、腰の剣を抜くと切っ先を向ける。
「清浄と混沌の冷徹を要する水の恩恵をここに【水弾】……?」
一瞬エルヴァの顔に困惑が宿ったが、精霊が一体剣先に触れると清冽な魔力が凝り
小さな弾となって的へ飛んでいく。
タンッと軽い音が響き、的を射貫いていた。
「吹き飛ばすつもりで魔法式を練っていたのですが、当てるだけで精一杯ですね。精霊がおらず、魔法が使いづらいとは聞いておりましたが、これほどとは……。魔法を中心とした戦術は組めませんね」
「そうなんだよ。でもエルヴァはさすがだね。ど真ん中に当たってる!」
大きな魔法にならないと気づいた途端、小さく圧縮して飛距離を稼いで殺傷力を上げた上で、ど真ん中を狙ったんだよな。私じゃこうはいかない。
めちゃくちゃ褒めると、エルヴァは少し照れたみたいにちょっと笑った。
けれどすぐ抑えて、すぐに周囲へ目を向けた。
周りには、案の定リッダーをはじめとした兵士達が見学していた。
「こんなに静かな魔法もあるんすね! ルベル様のはいっつも派手だったからなぁ」
「エルヴァの精密操作は私じゃ敵わないからね!」
感心するリッダーに私がふんぞりかえると、エルヴァが奇妙な顔になっていた。
「ロストークの民は、魔法を忌避していると聞きましたが」
「ん? まあそうだね。でも一回やり合ったりディルクさんに取り持ってもらったりして、受け入れてもらったんだ」
「精霊様がお怒りにならないのであれば、戦術が広がるもんは、なんでも取り入れてぇってもんですよ」
「リッダーそんなこと言って、ルベル様にぼっこぼこにされたんだろ!」
「うっせー!」
揶揄する同僚に、言い返したリッダーは、どんとエルヴァを見下ろす。
「王都の騎士だったんすよね。男にしては細えが、どんな戦法とるんだ? ルベル様の副官だったんだろ、相当な腕前じゃなけりゃ、ルベル様にはついて行けねえはずだ」
「そうだよ、エルヴァは私よりも精密な魔法で敵を射貫くの。だから、隠密任務はエルヴァがいないと始まらなくてね。私だったら的なんて爆散させるもん」
「違えねえですな、俺達も何度か巻き込まれかけましたし!」
「ちゃんと逃げてくれて助かるよ!」
どっと笑いが沸き起こる。ほんと彼らは怖がんないから、気持ちが楽なんだよな。
今では私の部隊にいたときみたいに居心地が良い。
「と言うかあの魔法、矢とどっちが飛ぶかすげえ気になるな。比べてみようぜ。おーい! 弓矢もってこい! 騎士殿も協力してくれるだろ!?」
期待に満ちたリッダーの呼びかけに遮られた。
えっえっと私も気になるけど、エルヴァやってくれるかな?
と思っているとエルヴァが、剣を構え直していた。
「承知しました。浮遊を戦闘時にどのように使われるつもりなのかも気になります」
「エルヴァも驚くと思うよ! ロストークの魔獣狩りは参考になると思うんだ!」
私がエルヴァに言いつのっていると、ふっと背後に気配を覚える。
反射的に振り返って、私は思わず笑顔になった。
「あれっ、ディルクさん! どうしたんですか?」
従者を引き連れたディルクさんが歩いてきていた。
リッダー達は即座に騎士の礼をとる。
すぐにディルクさんは楽にするよう手で示すと、駆け寄ってきた私に話をしてくれる。
「君達がネージュ城の見学をしていると聞いたからな、様子を見に来た」
「ならちょうど良かったです! これからエルヴァの魔法と弓矢の撃ち比べをするんですよ。エルヴァは精密な魔力操作なら誰にも負けませんよ!」
「それは興味深いな。メナール卿、俺も見学させていただこう」
予想通り興味を持ってくれたディルクさんに、私はにっこりする。
私が説明し切れないところも、エルヴァならずっと上手に話せるはず。
意気揚々と私はエルヴァを振り返って、あれ、と思う。
なんとなくエルヴァの表情が曇っている気がした。私の言葉じゃうまく表現できないんだけど、なんだか、寂しそうに思えて。
「エルヴァ?」
「……いえ。ルベル様の元副官として十分な働きをいたしましょう」
剣を携えたエルヴァはそう言い残すと、リッダー達の元に行ってしまった。
私はなんだかモヤモヤとしたものを抱えながら彼らを見るしかない。
だから、ディルクさんがむずかしげな顔で、エルヴァと私のことを見ていたのには気づかなかった。




