第37話 旧知に会いました
村の宴から数日、私は相変わらず魔獣討伐で方々の村を回っていた。
けど、そこに精霊達への散歩のお誘いが加わった。
ディルクさんにこう頼まれたからだ。
「ロストークの民は、精霊がなんなのか肌で知らない者ばかりだ。君が精霊と共に現れることで、慣れさせてやってはくれないか」
「精霊を呼び込まなくていいんですか?」
「その土地を気に入るかは精霊次第だろう」
不思議そうにするディルクさんに、私は思わず吹き出してしまった。
そう、選ぶのは精霊だ。
そのあたりがわかっていなくて、無理を押し付けてくる領主もかつてはいたのだ。
「良いですよ! 精霊と一緒で厄介者扱いされるどころか、喜んでくれるなんて良いことづくめですっ」
と、快諾した私は、好奇心旺盛組の精霊達を連れての魔獣狩りにいそしんでいたのだ。
やっぱり村によって反応が違って、怖がるところもあれば、忌避するところもあった。
まあそういうところは精霊達もふーんってスルーするし、私も気分が楽である。
今日行った村は、リンゴの村みたいに驚いて慌てて恐縮したけど、好意的だった。
精霊の一体が、ブドウを気に入ったらしくしばらく遊んでくるみたいだ。
残らなかった精霊も、ほかの精霊達にどんな楽しいことをしてきたかって自慢するから、私のほうで連れて行く数を制限するほどだ。
村でありがたく休ませてもらった私は、帰り際に村長さんに聞かれた。
「次は、どちらかの村に行かれるのですか?」
その質問に、ちょっと思い出した私は、くすりと笑いながら答えた。
「ううん、今日はお城に帰るよ!」
面食らう村長さんは申し訳ないけれど、実は頼まれた時に私はディルクさんにこう提案していたのだ。
『私がいれば精霊は寄ってきますし、このあたりの村全部まわりましょうか!』
村から村へ渡り歩けば、結構な数を回れると思ってのことだった。
精霊と一緒なら、体力的にも魔力的にも不眠不休で数日はいけるからね。
すると、ディルクさんは少し困ったように眉尻を下げたのだ。
『いや、できれば城に戻ってきてくれ。俺が少々寂しい……いや、城の者も心配するから』
ごにょごにょとごまかすようにディルクさんは言うのに、私はびっくりした。
自分がいなくて寂しいなんて、言われたことはなかった。
ちょっと嬉しかったので、私はちゃんとお城へ帰る日程で村を回ってるのだった。
ディルクさんや城のみんなへのお土産もいっぱい手に入れたし、今から渡すのが楽しみだ。
「帰るのが楽しみだなんて、思える日が来るとは思わなかったなぁ」
一年の半分以上どこかに遠征していて、王宮にある自分の部屋より、天幕の下で寝るほうが気楽なくらいだった。
そのときふっと、一生懸命怒ってくれた人を思い出した。
『――ルベル様。この仕打ちは、あまりに理不尽です……!』
私がディルクさんとの婚約を決められた時に、私付きから外された副官だ。
いつも私を支えてくれていて、別れるときも悔しげに唇を引き結んでいた。
『もう二度と、あなた様が脅かされないよう、自分も精一杯尽くします』
「私にはもったいないくらい、良い騎士だったけど。今はどうしているかなぁ」
副官のほかにも、私が一緒に行動していた聖女騎士団は、そのまま解体されたと聞く。
でもみんな図太くてできる人達だったから、なんとかやっているはずだ。
にしても、こんな風に思い返すようになるなんて不思議なものだ。
また会えるものなら会いたいけど。
「まあ、新しい職場で元気にやっているだろうし、心配はないか!」
「ルベル様! 飛ぶの早いですーー! 追いつけねーっす!!」
「あっごめーん!!」
リッダーが馬で走りながらお願いしてくる声が後ろから聞こえてくるのに、杖で飛ぶ速度を落とす。
澄み切った秋風が気持ちよかった。
そんな感じでネージュ城に帰って来たのだけど、なんとなく城内の雰囲気が浮ついている気がした。
あれ、と思っていると、すぐにディルクさんが呼んでると執務室に通された。
いつも通りの悪人面だったけれども、今日は底に厳しく悩ましげな色がある。
「帰宅早々すまない。君に客人が来ているんだ」
「えっ私にお客さん?」
「君の嫁入り道具を持ってきたと言っている」
なんでも、ディルクさんは前に私の扱いに対して王宮に問い合わせという名の抗議をしたらしい。
そしたら嫁入り道具を持ってきたらしい。でも王都という単語に反射的に嫌な顔になる。
またあの馬鹿王子がちょっかいを出しに来たのか?
とすら考えていると、私の事情をいくらか知っているディルクさんはその不信感を最もだと言わんばかりに重々しく頷いた。
「一応、王太子カーティス殿下からの命を受けていることは確認している。今は応接間に通しているが、君が望むのならお帰り願ってもかまわない。だから君の意思を先に確認しておきたいのだが」
「うーん。ちなみに使者の名前は?」
「エルヴァ・メナールと名乗っていた。書き付けも本物で――」
「応接室はどこ!?」
その名前を聞いた私は、ディルクさんに詰め寄った。
「西の一室だが……」
大まかに聞いた私は執務室を飛び出した。
すっかり城内部の構造も覚えていたから、迷わずその一室にたどり着いた私は、一気に開けようとして急停止する。
い、いけないいけない。私ははやる気持ちを抑えて、扉をノックする。
『どうぞ』
その懐かしい声に胸がいっぱいになりながら、今度こそ扉を開けた。
ロストーク特有の質実さは有っても、お客さんを迎えるための上質な調度品で整えられた室内のソファに座っていたのは、予想通りの人だった。
美青年と語るのがふさわしい華やかに整った面立ちは、鮮血聖女の私付きという不名誉さをさっ引いてもご令嬢に大人気だった。緑色の瞳は爽やかな夏の新緑のようだと言われていたっけ。
綺麗な金髪をすっきりひとくくりにして背に垂らして、今は近衛兵の正装に身を包んでいる。さすがに剣は外して傍らに置いているけど、長旅だっただろうに、その姿には一分の隙もない。
「エルヴァ!!!」
私は、あふれる喜びのままその美しい人に飛びついた。
「お久しぶりです、ルベル様、またお会いできて光栄です」
エルヴァは私だと気づくと、しっかりと受け止めてくれた。




