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用済み聖女の最後の仕事 命じられたのは蛮族伯との結婚でした  作者: 道草家守


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第33話 できなかった理由

 私が夜にネージュ城に戻ると、ディルクさんは驚いていた。

 それでも、あっという間に私の分までご飯を用意してくれたが、案の定理由を聞かれてしまった。


「なぜ、帰ってきたのだ? 出先で供応を受けることは禁止してはいないし、今までの村でもあっただろう?」

 

 もきゅもきゅ食べるクックさんのおいしいご飯が、いつもよりなんとなく味気ないのは、私の良心がうずくからだ。


「えっと、普段は、日帰りだったので……一晩泊まるとどうなるかわかんないなと思いまして……」


 私がぼそぼそと言い訳すると、案の定ディルクさんが眉を寄せる。

 まるで不手際を起こした部下を処罰する三秒前の魔王様顔だけど、単に怪訝に思っているだけだって知っているよ。

 どう、説明したものかと思いながら、もきゅ。とお肉を口に運ぶ。


「私、魔力が多くて、精霊にものすごく好かれるじゃないですか。同じ場所に長くとどまると、精霊達が張り切ることがよくあるんです。それで、数年前に立ち寄った街の農作物を生育過多で枯らしてしまったことがあって……」


 あれも聖女任務の一環で魔獣を討伐したときに立ち寄った街だった。今回と同じように魔獣を討伐した感謝として、一晩滞在して宴が開催されたのだ。

 おいしいご飯が出るからと説得されて、まあ一日ならと思ったのだ。


「正直、おじさん達が下ネタと自慢話をするだけで全然つまんなかったんです。街の人達は感謝してくれましたけど、やっぱり遠巻きにされたし。でも私が嫌だなあって思った私の感情を読み取った精霊達が、いたずらとして作物を活性化させてしまったんですね」

「それは……」


 どういうことになったのかわかったらしいディルクさんが言葉をなくすのに、私はちょっと苦く笑う。


 昨日まで青々としていた畑が、一面花畑になっていたのだ。

 収穫どころか花を咲かせてしまえば、収穫しても出荷はできない。

 魔法使いによって精霊が活性化されたのが原因の魔力過多と結論を出したおかげで、私におとがめはなかった。


 でもその話が領主達に尾ひれがついて伝わり、私が領地内に長期滞在するのは遠巻きに断られるようになった。


「もしや、『田舎が嫌いで供応が気に食わないと作物を枯らす高慢聖女』の噂はそこからか」

「あーたぶんそうです。私もお野菜や麦を枯らしたくはないので、遠慮していましたから。発端の領主の土地は収穫量が以前に戻らないみたいなんで、積極的に私のことを広めてるらしいとも聞きます」


 おかげで農村部近くに行くと、領主に遠回しに追い払われたものだ。


「まあ私も、夜に知らない男の人に忍び込まれるのはさすがに嫌なので、現地に滞在しなくてすむのは助かりましたけど」

「なんだと」


 ディルクさんの声のトーンが二段くらい低くなった。

 ん? 変なことを言ったつもりはなかったんだけど。


「婦人にそのような振る舞いをするだけでも、下劣だというのに、数年前なら、君がまだ成人するかしないかというところだろう?」

「まあ、そうでした、ね?」

「常軌を逸している」


 彼は、押し殺しているのだろうが、にじむような怒気が発散されていた。

 目の前にそのとき忍び込んできた野郎がいたら、殺していそうな勢いである。

 私、自分より強いことすらわからないのに勘違いした哀れなやつぐらいにしか思っていなかったのに!?


「ディルクさん、怒っているんですか?」

「もちろんだ、やり方はどうでであれ君を好いている精霊が報復に出たのも当然だ」


 思わず確認したらそう返ってきてうろたえる。びっくりした。


「私が精霊に命じてやったと思わないんですか。教義では精霊は慈悲深く善なる者ってことになってますし……」


 ディルクさんから発散される怒りが増したことで、答えはすぐわかった。

 あ、給仕をしていたマルクさんが今にも気絶しそうだ。

 私も肌がぴりぴりする。なんか、すごく新鮮だ。


「すまない、少し我を忘れかけた」


 私がまじまじと見返すと、ディルクさんは決まり悪そうな顔になって怒りを引っ込めた。


「ともかく精霊が教義の通り善なる者なら、好悪で命じた時点で従わないはずだ。けして彼らは従順なだけの存在ではないが、同時に人ではないから人の基準での善悪を理解しない。節度のない悪童が好いている人間の代わりに懲らしめようとすればそうなるだろう。要するに知識不足の相手が悪い」


 すがすがしいまでに理路整然と言い切られて、私はぱちぱちと瞬いた。

 教会に聞かれたら、絶対に不敬だと言われそうな内容だ。

 でも、こんなふうに精霊達のことを正確に理解してくれる人はいなかった。

 魔法使いなら、精霊達を熟知しているけれど、あえて間違いを訂正するようなことはしないし。


「ディルクさんが、王宮にいてくれたら気楽だっただろうなぁ」


 恥じるところなどなにもなかったし、自分がしたことも後悔はない。それでもわかってくれる人がいるって、こんなにほっとすることなんだって、私はロストークで知った。

 へにゃりと笑うと、ディルクさんは、決まり悪そうにワインを口に含んだあと、向き直る。


「ともかく、君が供応を受けてこなかった理由はわかった。ただ、このロストーク内では君が受けてきたもてなしとも言えない応対のようなことは起きない。もし領民が不当に君を軽んじたとすれば、俺がしかるべき罰を与える。その上でだ……今日行った村はどうだった」


 言い切ったディルクさんに問いかけられて、言葉に詰まった。

 ちょうど給仕さんが運んで来たのはリンゴのコンポートだ。

 私が帰る、と言うと、残念そうにしながらも持ち帰れそうなものを急いで瓶に詰めて持たせてくれたものだ。

 ホーンボア肉だって、狩ったのは私達だからって大半を持たせてくれて、さっき食べたのはそのお肉だ。


「とても、良い、人達でした」


 そう、すごく良い人達だったのだ。

 実りは少ないけれど、リンゴだけは美味しくできたから、せめてこれだけはと言ってくれた。

 それに、ロストークは精霊達が少ない。

 現れていたのだって、私が連れてきた子達だけだった。あの日みたいなことはきっと起きない。もしかしたら、精霊達が気に入って居着いてくれて、彼らの村がほんの少し豊かになるかもしれなかった。

 頭ではわかっているのに、少しだけ、ほんの少しだけ怖かった。


「ほんとは、部隊のみんなを慰労するために、素直に招待を受けといたほうがよかったとは思ってるんです。みんなには悪いことをしちゃったなって」


「それくらい、たいしたことない。そもそも供応は毎度受けられるものではない。不意の見返りがなかった程度で士気が下がりはしないさ」


 頼もしく言うディルクさんは、ふと執事のマルクを向く。


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