第86話 自覚(前編)
レオンがやって来た翌日から、私の家でのマリアの居候生活が始まった。
彼女は気丈に振る舞っていたが、やはりウィリアムのことが気になる様子で、心なしか元気がない。
「きっと、あの女の仕業よ。ウィルに何かしたら絶対許さない」
マリアが言う、あの女というのはセシリアのことだ。
ウィリアムは『竜の仮面の魔導士』の内通者としてセシリアを探っていた。そのことをレオンはマリアに黙っていたが、当の彼女はウィリアムの失踪にセシリアが噛んでいると確信しているようだ。
というのも、最近のセシリアの動向が目に見えておかしいらしい。
マリアの話では、セシリアは自分の支持者を増やしているそうだ。その数は日に日に増えていると言う。
「あの女、きっと妙な魔法を使っているのよ。それこそ街を騒がせている『魅了の香』のような……それで皆を操っているんだわ。ウィルもソレにやられたのかもしれない……」
――なるほど。そういう風にセシリアは『竜の仮面の魔導士』とつながるのか。
私は納得した。
どうして『竜の仮面の魔導士』の内通者にセシリアの名が挙がったのか、その詳細をレオンは私に教えてくれていなかった。
おそらく、私をこの件に関わらせないためだろう。
セシリアが身につけたという怪しい術。それが『竜の仮面の魔導士』から手に入れたものならば、魔導士とセシリアが共犯関係にあるのも理解できる。
そして、セシリアが騎士団の内部情報を魔導士に流したことも。
しかし、セシリアはこれからどうするつもりなのだろうか――それが私には疑問だった。
まさか、騎士団の団員を味方につけて、私やマリアを襲ってくるつもりか?
私への復讐心のためだけに、他人を巻き込んでここまでするのか?
そうだとしたら、とんだ大馬鹿者である。
こんな騒ぎを起こしてしまっては、タダで済むはずはない。コトが露見すれば、セシリアは檻の中へ一直線だ。
一方で、私は用心に越したことはないと考えた。
自分とマリアの身は絶対に守らなければならない。マリアを頼むとレオンにもお願いされたのだ。
それで私は店や母屋に、色々と仕掛けを用意した。
いつぞや暴力団に襲われたことがあったが、その時のような……いや、それよりもいっそう力を入れて罠を準備する。
それこそ、神出鬼没な『竜の仮面の魔導士』が現れても十分対応できるように。むしろアイツを捕まえてやるくらいの心持ちで。
例えば、店の入り口には泥濘呪を発動させるための魔法陣を用意。これで目の前の道路を泥に変えれば、敵の機動力を極端に低下させることができる。
いざという時は、私は屋根に上り、上から一方的に相手を攻撃する算段だ。
また、室内の方も対策は万全だ。
雷撃の魔法陣を敷くのは序の口で、相手の視界を奪うためアカリ草を使用した目くらまし用の魔法薬をそこら中に設置。
相手が前後不覚に陥ったところで追撃できるように、本来は対魔物に使う睡眠・麻痺の魔法薬をそれぞれ用意。
――という具合に、仕事の合間を縫って、私は黙々と罠を用意していた。
もちろん、仕掛けた罠については、店の皆にも使い方をレクチャーする。
そんな私の様子を見たシモンからは、
「店長はエグい……いや、すごい手段を考えますね」
と、お褒めの言葉をいただいた。
そうして、マリアと一緒に生活を始めて、一週間が過ぎた。
*
私は少し困っていた。それを見て、マリアが声を掛けてくる。
「どうしたの?」
「実は、そろそろ騎士団への納品の時期なんだけれど……」
店はオルレア騎士団に回復薬などの魔法薬を定期的に納品している。そして、そろそろ次の商品を届けなければいけない時期に差し掛かっていた。
私を騎士団本部に近づけたくないレオンは、騎士団から誰かこちらへ派遣すると言っていた。
だから、そろそろ誰かしらから連絡が来るだろうと思っていたのだが……今のところ音沙汰がまるでない。
それで、どうしたものかと私は困っているのだった。
そのことをマリアに話すと、
「じゃあ、私たちで本部に行ってみない?」
彼女はそう言いだした。私は呆れて彼女を見る。
「マリアさん。レオン様から言われたのでしょう?前に私たちが団員に襲われたこともあるし、今の騎士団は安全と言えないから、しばらく近づくなと」
「言われたわ。でも、絶対行っちゃいけないとは言われてないし」
「そんな屁理屈を……」
すると、マリアは必死になって私に訴え始めた。
「ほんの少しだけ!納品してすぐに帰れば大丈夫よ!!ねぇ、お願いっ!ウィルのことがどうなっているのか――それを知りたいの!」
「……」
本当にウィリアムのことが心配なのだろう。目の前のマリアは、ちょっと涙目になっている。
私はしばし迷い……ため息を吐いた。
レオンとの約束を破ることにはなるが……仕方ない。どのみち、納品問題はどうにかしなければならないし。
「分かりました」
「本当っ!?」
パッと顔を輝かせるマリア。
そんな彼女に私はしっかりと言い聞かせた。
「ただし、敵地に乗り込むつもりで準備はしっかりと整えていきましょう」
「えっ?」
「とりあえず、マリアさんはこの催涙のガスを生み出す魔法薬の使い方をしっかり覚えてください。使用に際しては、私たちが『そよ風の守り』で防御しているのが前提条件で……」
「……」
「聞いてますか?」
「はっ、はい!」
マリアは戸惑いつつも、コクコクと首を縦に振った。
*
久しぶりに訪れたオルレア騎士団本部は、一見以前となんら変わりがなかった。
私は受付に魔法薬の納品に来た旨を知らせると同時に、レオンやルネの居場所を聞く。あいにく、レオンはどこにいるか分からなかったが、ルネは第二会議室にいるとのことだった。
「とりあえず、ルネさんなら信頼できるでしょう。彼にウィリアムさんのことを聞きましょう」
「分かったわ」
私とマリアは第二会議室へ向かった。その途中、中庭を通りかかる。
その時、私の視界に見慣れた――燃えるような赤色が飛び込んできた。
彼はこちらには気付いていない様子だ。一瞬、声を掛けようか迷い、そして私は息を呑む。
「あ、レオン様だ。って、えっ……」
マリアもその二人の存在に気付き、絶句する。
レオンの隣にはセシリアがいた。
彼は跪き、恭しく彼女の手を取ると、そのままそこに唇を落とした。




