第85話 罠(その壱)
ウィリアムが『竜の仮面の魔導士』にさらわれたと分かって、悠長なことはしていられない。早急に、セシリアの尻尾を掴まなければならない。
レオンは自ら動くことにした。
ただ、ウィリアムに関してはその生死が分かっていないものの、生きている可能性は高いとレオンは考えていた。
というのも、『竜の仮面の魔導士』がウィリアムを殺害するつもりなら、わざわざ連れ去ることのメリットが少ないからだ。
また、このオルレアの街で暴れまわっている『竜の仮面の魔導士』だが、意外なことに、その行動パターンとして直接手を下すことはほとんどない。
『竜の仮面の魔導士』のやり方はいつも同じで、他人に犯行を唆すのだ。悪意を抱いている者や欲深い者に、必要な物を与え、そっと悪事の後押しをする。
一方で、だからこそレオンには気になることもあった。
そんな『竜の仮面の魔導士』が直接ジャンヌに接触してきたことだ。しかも、二度も。
レオンはジャンヌの首元に付けられた歯形を思い出し、眉間にしわを寄せた。
どういうわけか知らないが、あの魔導士がジャンヌに固執していることは確かである。その性別が女だからと言って全く安心できない。
――ジャンヌと言えば……俺は、どうしてあんな告白をしてしまったんだ……。
レオンは己の迂闊さに自己嫌悪した。
あんな風にどさくさに紛れて自分の想いを告げるつもりはなかった。
もっと雰囲気のある場所でと――これまで色々なパターンを脳内妄想してきたのに、それがものの見事に台無しだ。
そう落ち込む一方で、ジャンヌの反応が予想外だったことも思い出す。
レオンのシミュレーションでは、告白されたジャンヌは……
一、キッパリスッパリ断る。
二、無反応。
三、呆れる。
このどれかだった。
逆に言えば、これらのパターンしか思い浮かばなかったので、これまで告白できなかったのだ。
しかし、先日のジャンヌの反応は……?
――パンッ!!
そこまで考えたところで、レオンは己の頬を思い切り叩いた。
今はそんなことを考えている場合じゃない。友人の危機に不謹慎すぎると――あらぬ方向へ勝手に考えが走り始めた己を戒める。
とにかく事件解決に集中するべきだと、レオンは気持ちを引き締めた。
*
容疑者であるセシリアから手紙で呼び出され、レオンは渡りに船だと考えた。
おそらく彼女はこちらに何か仕掛けてくるつもりだろう。
ウィリアムは、セシリアが『魅了の香』のような異性を誘惑し洗脳する手段を持っているのではないか――そう推測していた。
レオンは常人に比べ、遥かにそういった精神系の魔法に対する耐性が高いものの、念には念を入れ、色々と対策することにした。
『そよ風の守り』もその一環で、『魅了の香』のように匂いを媒介にする魔法なら、これで防げるはずである。
レオンがセシリアに呼び出されたのは、奇しくもウィリアムが彼女の悪事の現場を目撃したあの備品室だった。
レオンが部屋に入ると、すでにセシリアは中で待っていた。
「来てくれて、ありがとうございます」
意中の人に出会えて感動している――そんな様子でセシリアは体を震わせ、じっとレオンを上目遣いに見つめる。
彼はそれを白々しい気持ちで見下ろしながら、静かに目で辺りを探った。
すると、室内に薄っすらと煙が漂っていることに気付く。その在処を目で追うと、雑多なものに隠れるようにして小さな香炉があるのを見つけた。
――確かに『魅了の香』に似ているな。
アレでセシリアは団員たちを洗脳しているのか。
そんな風にレオンが考えていると、いきなりセシリアがレオンに抱き着いてきた。
レオンは彼女を突き飛ばしたい衝動に駆られるが、グッと我慢する。
やけにその胸をこちらに押し付けてくるのは、故意なのかと彼は内心辟易した。
「私、レオン様のことが好きなんです!」
顔を上げ、レオンに愛の告白をするセシリア。彼女の菫色の瞳から大粒の涙がポロポロこぼれる。
必死に自分の想いを伝えようとしているその可憐な姿は、ハッとするほど美しい。少なくとも多くの人間にとってはそう映るだろう。
そんなセシリアの様子を眺めながら、レオンはあることに気付いた。
――この娘は別に、俺を好きというわけではないな。
セシリアの泣き顔は整いすぎている。まるで、自分がどうすれば一番美しく見えるか、知っているかのような泣き方だった。表面だけで中身がない。
「悪いが……」
「どうして!?私のどこがダメですか?」
「俺には他に想っている人がいるから」
「それって、もしかしてお姉さま?」
「あぁ」
――さて、ここからどう動く?
とりあえず、レオンは無言のままセシリアの動向を見守った。彼女の次の行動次第では、こちらの動き方も変えなければならない。
そのとき、チッ――と舌打ちの音がした。
「やっぱり、この香じゃ効き目ないのね」
言うなり、セシリアはレオンからサッとその身を離した。
「アイツも言っていたものね。騎士団長は耐性が高いから効き目がないかもしれないって」
セシリアの言うアイツというのは『竜の仮面の魔導士』のことだろうか――そう考えつつ、レオンは素知らぬふりで尋ねる。
「効き目?アイツ?何のことだ?」
「でも、ねっ!これはどうかしらっ!?」
そう言って、セシリアがポケットから取り出したのは薄い桃色の石だ。親指程の大きさのソレは、何やら怪しい光を放っていた。
「一回きりしか使えないらしいけれど、効果は絶大。香炉の比じゃないらしいの」
「――っ!?」
桃色の石がさらに輝きを増すと、ぐにゃりとレオンの視界が歪んだ。めまいにも似た感覚がして、彼はそのまま膝を床につく。
「ねぇ、レオン様」
先ほどまで不快にしか思わなかったセシリアの媚びた声が、毒のようにレオンの耳にまとわりつき、頭の中を浸食してきた。
そして――。




