第84話 告白(その壱)
店にやって来たレオンの表情を見て、いつもと違うことはすぐに分かった。
私はニナたちに断りをいれて、彼を店の奥の部屋に通す。
「どうされましたか?」
「ウィリアムが行方不明になった」
「えっ」
さすがに私も言葉を失った。
一体どういうことなのかと、レオンに慌てて聞き返す。
「一昨日からウィリアムの無断欠勤が続いているんだ。もちろん、真面目な彼のことだから、こんなことは初めてだ。調べたところ、三日前の午後以降にウィリアムを目撃した者はいない」
「つまり勤務中にいなくなったということですか?」
「ああ。それも騎士団本部内で忽然と消えた――その可能性が高いんだ」
そんなこと普通じゃ、あり得ないだろう。しかし、それを可能とする人物に私は心当たりがあった。
「『竜の仮面の魔導士』……」
「俺もそう思う」
レオンの話をまとめると、三日前にウィリアムは『竜の仮面の魔導士』にどこかへ連れ去られてしまった――そういうことになる。
「しかし、何の目的でウィリアムさんを?」
「実はウィリアムは例の魔導士への内通者を探っていたんだ」
「内通者……つまり、騎士団内に仲間がいると……」
確かに――と私は思った。
いくら『竜の仮面の魔導士』が優れた魔導士でも、情報なしに敵地へ乗り込むのは困難だろう。だが、騎士団内部に情報提供者がいるなら別だ。
件の魔導士は先日私を襲ったが、それも内通者がいるならば、私とウィリアムが作業する部屋について聞き及んでいた上での犯行かもしれない。
「じゃあ、ウィリアムさんは内通者を探っているのがバレて『竜の仮面の魔導士』に……?」
「断言はできないが……」
レオンの沈痛な表情を浮かべる。
きっと、ウィリアムの安否を心配しているのだろう。それは私も同じだ。
ウィリアムはいったいどこに連れ去られたのか。どこかに拘束されているのか。それとも、まさか――?
縁起でもないが、最悪の可能性が頭をよぎった。
「そこでジャンヌに一つ頼みたいことがあるんだが?」
「私にできることなら、もちろん。何でしょうか?」
「マリアをここで預かってくれないか?」
意外な頼みごとに私は目を瞬かせた。
「マリアさんを…?」
「実は、ウィリアムの失踪を知って、彼女はとても取り乱してね。一人にしておける状態ではないんだ。だが、マリアの両親は他の街に移住していて、この街でマリアは一人暮らしだ。本来、騎士団でその身を預かるべきなんだろうが……少し都合が悪くて…」
何か言いにくいことでもあるのだろうか。レオンは言葉を濁す。
しかし、彼が困っていることは確かだろう。
私は頷いた。
「マリアさんが良いのなら大丈夫ですよ。部屋も一つ余っていますし」
以前、師匠が使っていた部屋がある。しばらく、滞在する分には問題ないはずだ。
「それは助かるぞ。ありがとう」
「いえ。他にお手伝いできることはありますか?」
例えば、騎士団本部で『竜の仮面の魔導士』の痕跡を調べたり、ウィリアムの行方を探したり……私にも何か手伝えることがあるはずだ。
そう思っていたのだが、レオンが口にしたのは予想外の返答だった。
「いいや。君はもう何もしなくていい。マリアのことでも世話になるし、君自身の仕事も忙しいだろうから、しばらくは騎士団本部にも来なくて大丈夫だぞ」
「えっ……」
いきなりそんなことを言われて、私は目を丸くする。
「しかし、騎士団に行かないというわけには……。魔法薬の納品がありますし」
「あっ!そうか、納品があったか……うん。それはこちらから人を遣るぞ」
「例の香炉の調査もまだ途中で……」
「香炉の調査はひとまず保留にしてもらって大丈夫だ」
「……レオン様?」
私はレオンを訝しんだ。
明らかにレオンは私を騎士団本部から遠ざけたがっている。そして、その理由を考えてみたとき、頭の中で一つの推測が浮かんだ。
「もしかして、ウィリアムさんが追っていた内通者って……セシリアさんですか?」
「……どうしてそう思うんだい?」
一拍置いて、質問を質問で返してくるレオン。
私がじっと彼の目を見つめると、少しその目が泳ぐ。この反応を見て、私は自分の推測が当たったのだと分かった。
「マリアさんをうちに置く本当の理由は、騎士団にいると彼女の身が危険だからでは?そして、レオン様は私も騎士団から遠ざけたいご様子。つまり、私たちが騎士団に近づくと危険な目に遭う可能性が高い」
「……」
「私たち二人が共通して恨みを買っているのは……そう、セシリアさんです。ひょっとして、以前私たちが近くの丘で襲われた件も彼女が一枚噛んでいるのでは?」
「……っ」
「セシリアさんは私に復讐したいがために『竜の仮面の魔導士』の共犯に?となると、私と彼女のごたごたにウィリアムさんを巻き込んだことになります。だとしたら、他人事ではありません!私も捜査に協力を――」
「ああっ!もう!」
レオンは急に声を上げて、ガシガシと自身の頭を掻いた。そのせいで綺麗な赤い髪がボサボサになる。
「君ならそうやって、責任を取ろうとするから黙っていたのに!」
どうやらレオンは、わざとセシリアの情報を私には伏せていたらしい。まったく、余計な気遣いだった。
私はもう一度、捜査に協力させて欲しいと彼に訴える。
だが……。
「ダメだ!君はもうこの件に関わるなっ!」
レオンは頑なに私の協力を拒否する。
それで私もムキになった。
「レオン様、決して足手まといにはなりません!」
「足手まといだなんて思っていない!君が優秀な魔導士だということは知っている!でも、ダメなものはダメだ!」
「どうしてですか!?」
「俺が嫌だからだ!」
そんな子供みたい理由で頷けるはずもない。
私がさらに抗議しようとしたとき、レオンは唐突に――
「俺は君が好きなんだ!」
そう叫んだ。
驚いて、私は言葉を失う。
「だから、君が危険な目に遭うのは嫌なんだ!しかも、今回の相手は『竜の仮面の魔導士』だぞ?普通の相手じゃない!!アイツは君に固執しているようだし――」
レオンが言葉を続けるが、それは私の頭の中に入ってこなかった。
――び、びっくりした。
私は胸に手を当てる。ドクンドクンと大きな鼓動が感じられた。
いきなりあんな風に告白されるとは思ってもみなかったのだ。
もちろん、日ごろの態度からレオンが私をどう思っているか――なんて分かってはいた。だが、面と向かって「好きだ」と言われたのは初めてだった。
驚きすぎて、まだ心臓が激しく脈を打っている。
自分でも不思議なくらい、私は動揺していた。
「ジャンヌ?」
急に押し黙った私を不審に思ったのか、レオンがこちらを伺ってくる。
「どうしたんだい?もしかして、俺がダメとばかり言うから怒った?」
「い、いいえ。怒ったわけじゃないです。少し驚いたというか……」
「えっ?俺、何か変なこと言って……あっ」
そこでレオンはようやく自分が何を口にしたのか、思い出したみたいだった。
みるみるレオンの顔が赤くなる。何だか自分の顔まで熱い気がして、私はそっと俯いた。
冷静になれ、冷静に――そう自分自身に言い聞かせ、落ち着かせる。
レオンの気持ちなんて、とうに分かっていたはず。
それなのに、彼の一言でこうも心がざわつく自分に、私は困惑した。
「とにかく!ジャンヌ!!この事件は俺が絶対に解決してみせるから、君は何もせず待っていてくれないか?頼むっ!!」
今までにないくらい必死の形相で拝み倒すレオン。
ここまで言うのだから、レオンにも何か算段があるのだろう。彼は決して口先だけの男ではない。それはよく分かっている。
結局、私はレオンの申し出に不承不承頷いた。




