第5話 アカリ草採取依頼
以前から考えていた護身用魔法薬の試作品が完成した。
見た目は小さな瓶に入った液体だが、コレには『灯り』の魔法が込められている。瓶の蓋を開けると、眩い閃光を放って相手の目をくらませることができるのだ。
どのように敵から身を守って逃げるか。色々考えた結果、このタイプの魔法薬に落ち着いた。
催涙効果のある目つぶしタイプも考えたが、効果範囲や時間を間違えると、使用者本人の目もつぶれかねない。一方、閃光タイプなら、使用するときに目を瞑ってさえいれば大丈夫だ。
試作品を実際に使用したところ、ちゃんと起動し光を発した――が、期待よりもその光が弱い。
このままでも目くらましとして使えるとは思うが、私は納得がいかなかった。
どうにかして、この試作品を改良しなければ。それで目を付けたのが『アカリ草』という植物である。
アカリ草は天然のランプとも言われていて、自ら強い光を発する不思議な植物だ。オルレア郊外の森の奥に自生している。
このアカリ草を試作品に使えば、発光効果が高まるのではないか――私はそう考えた。
ただ、問題は……このアカリ草が生えている一帯で、最近カトブレパスという魔物の目撃報告があることだった。
カトブレパスは雄牛に似た魔物で、体は丈夫な鱗で覆われている。その巨体から繰り出される突進攻撃は、大岩も破壊してしまうとか。
私自身、王都の魔法学校で学んだ身。魔法はそれなりに使えるし、実は冒険者の真似事をしていた時期もある。
だが、最近は戦闘訓練はろくにしていない。カトブレパスがいるような森へ一人で入るのは少々不安だった。
そこで私は、冒険者ギルドに依頼を出すことにした。
冒険者ギルドは国境を越えた冒険者たちの組合である。
私たちは報酬と引き換えに、護衛や収集、そして魔物の討伐などを冒険者たちに依頼することができる。
魔物の討伐は、もちろんオルレア騎士団も担ってくれている。しかし、騎士団は街中の治安維持もしなければならない。城壁の外は魔物が蔓延っているため、騎士団だけでは全てに手が回らないというのが現状だ。
そういうとき、冒険者たちはとても頼りになった。
私は自分と一緒に森に入り、魔物が出たときには共に戦ってくれる冒険者を募った。私は魔導士だから、接近戦が得意な戦士がよいと希望を出す。
冒険者への報酬の他に、ギルドへの手数料も払わなければならず、出費は痛いが、命あっての物種。ここでお金をケチって、死んでしまっては元も子もない。
そして、私がギルドに依頼を出して二日が過ぎた。
*
冒険者ギルドから、依頼を受けてくれる人が見つかったと知らせが届いた。思いもよらず早く人が決まって、私は喜び勇んで冒険者ギルドへ行く。
すると、そこにいたのは――
「ジャンヌ!」
満面の笑みで両手をこちらに広げている『あの男』だった。
「……」
私は無言のまま、ギルドの受付嬢の方を振り返る。すると、サッと彼女は目をそらしてしまった。
「……一体、どうして彼が?」
「……あ、あの方がジャンヌさんの依頼を受けて下さった冒険者の方です」
「冒険者じゃないでしょう!?」
私はニコニコと笑っているレオンを指さして言った。
レオン・クローヴィス――このオルレアの騎士団長で、さらには領主の子息でもある貴族サマだ。
そんな男が、冒険者なわけがない。
私の剣幕に脅えたのか、泣きそうになりながら受付嬢が事情を話す。
「昨日、冒険者登録されたんですよぉ。私もギルドマスターも驚きましたが、断るわけにもいかないし……。そして即座に、ジャンヌさんの依頼を受けたいって」
「チェンジ!違う人にはできないんですか!?」
「こちらとしても、騎士団長と揉めるのはちょっと……。領主のご子息様でもありますし。それに、ジャンヌさんの依頼をこなせる実力があることは明白なので……」
確かに、レオンの実力なら問題ないだろう。彼は天才魔法剣士と評判だ。
「ということで、チェンジはなしで」
言い辛そうにしながらも、しっかり断る受付嬢。
私はめまいがしそうだった。
そんな私の肩を誰かがトントンと叩く。
「それじゃあ、行こうか」
憎たらしいくらい明るい笑顔でレオンはそう言った。
*
結局、私はレオンを護衛に連れて、アカリ草採取に向かうことになってしまった。
レオンは目に見えて上機嫌で、今にも鼻歌を歌いだしそうな様子だ。
魔物がうろつく森を歩いていて、いったい何がそんなに嬉しいのか――甚だ疑問である。
「どやって私がギルドに依頼したことを知ったのですか?」
そう尋ねると、レオンは視線を泳がせた。
「偶然だぞ、偶然」
そんな偶然あってたまるかと思いつつ、どうしてこの男はこんなに私に執着するのか、と改めて疑問に思う。
私の容姿は並み、実家は裕福ではなく、性格も決して良いとは言えない。
レオンほどのスペックがあれば、女性なんて選り取り見取りだろう。もっと優しく可憐で、レオンに似合う女性はいるはずだった。
森を歩きながら、ふとレオンが懐かしそうに言った。
「こうしていると、子供の頃の課外授業を思い出さないか?はぐれないよう、手を繋いで出かけただろう」
「魔法学校の頃のことなんて、もう忘れましたよ」
「そうか?俺は今も良く覚えているぞ。君が放課後。毎日毎日、俺の魔法の練習に付き合ってくれたこととか」
あの頃、レオンはまだ才能が開花する前だった。彼の魔力は不安定で、それを中々コントロールできずにいた。
放課後、いつまでも学校に居残って、ひとり練習しているレオンの姿をよく見かけたものだ。その努力が報われて欲しくて、いつの間にか私は彼の練習に付き合うようになっていた。
今思い返せば、努力は報われる――とレオンに証明してほしかったのかもしれない。
レオンの努力は報われる。だから同じように努力している私も報われて、いつか宮廷魔導士になれるはずだ、と。
あの時、私は彼を自分の仲間だと思っていた。まだ、彼の中に眠る才能に気付きもしていない頃の話だ。
「皆が俺を落ちこぼれだと笑っていた。けれども、君だけは俺を対等に扱ってくれたね」
「分かりませんよ?心の中では、あなたを見下していたのかも」
意地悪くそう言うと、レオンはおかしそうに笑った。
「はは、ジャンヌ。俺だってそれくらいは分かるさ。君は、俺を仲間として応援してくれたんだろう?」
「……っ」
まるで心の中を見透かされたようで、居心地が悪い。私はすぐさま否定の言葉を口にしそうになり、寸前で押し黙る。
なぜなら――思い出話を語るレオンの顔が、あまりにも幸せそうだったからだ。
その時だ。獣のいななきが聞こえてきた。
木々の合間に大きな影が見える。それはイノシシを何倍も巨大にしたようなもの――カトブレパスだ。
気づいたときには、カトブレパスはこちらに向かって走り出していた。そのスピードは思った以上に速い。攻撃魔法の準備が整うかどうか、ギリギリだ。
すると、レオンが言った。
「俺に任せろ」
「えっ?」
こちらに向かって突進してくるカトブレパス。
レオンは私をかばうように前に立つと、真正面から魔物を迎え撃つ。そして、なんと――
「はっ!」
気合と共に、カトブレパスの巨体を投げ飛ばした。
「……うそっ」
私は、ただただ目を丸くした。
何という馬鹿力。剛力。とても人間の成せる業ではない。
私が呆けている間に、レオンが腰の剣を抜く。そして、カトブレパスの首を一刀両断してしまった。
*
無事、アカリ草の採取を終えて、家路につく私たち。
結局、私は戦闘で何の活躍もしなかった。手を出す隙すらなかったのだ。
レオンが天才魔法剣士と謳われるくらい強いのは百も承知のつもりだったが、実際目の当たりにすると、その強さに驚きを隠せない。
本当に私と同じ人間なのだろうか、とすら思う。同時に、こんな人間に張り合おうとしていた自分が滑稽にも思えた。
森の入り口まで戻ってくると、相変わらず元気溌剌な様子でレオンは言った。
「ジャンヌ、今日は楽しかったな!」
「私は疲れました……あ、そうだ」
私はふと思い出して、懐から小さな麻袋を取り出した。それをレオンに手渡す。
「これは?」
彼は首をかしげた。
「依頼の報酬ですよ。おかげでアカリ草を無事、手にすることができました。ありがとうございます」
「別に報酬なんていらないぞ……」
「あなたにとっては、取るに足らないお金でしょうけれども、報酬は報酬。お受け取りください」
すると、レオンは大きな体を縮め、何だかもじもじし始めた。
「……お礼は別のものじゃダメか?」
「別のもの?」
嫌な予感がして、私は思わず後ずさる。
「まさか……破廉恥な要求を?」
「しないっ!そんなことしないぞ!!」
顔を真っ赤にしてレオンが叫ぶ。
「……とりあえず、言ってみてください。内容によっては考えます」
「ええっと……」
「やはり言うには憚れることを?」
「ちがうっ!ちがうから!って、遠くに行かないでくれ!!」
そして、レオンが口に出した『お礼』とやらは拍子抜けするものであった。
「手をつなぐ……ですか?」
「ああ。子供のときみたいに……ダメかな――って、うぇ!?」
むんずのレオンの左手を掴んでやると、彼は変な声を出した。
「これで良いんですか?」
「ああ……」
レオンの手は思っていたよりも冷たい。緊張しているのかもしれなかった。
こわごわと私の手を握り返すレオンに、私は注意する。
「間違って私の手を握りつぶさないで下さいね」
「そんなことしない!」
いや、カトブレパスを掴んで投げ飛ばすような人間に本気で握られたら、私の手は粉砕してしまう。
私たちは手をつないだまま、草むらに腰を下ろした。
恋人同士でもないのに、いったい何をやっているのだろう――自分自身に呆れてしまう。
けれども、
「もう少し、このままでいさせてくれ」
レオンが切実な声でそう言うので、私は仕方なく従った。
まぁ、今日の報酬の代わりと言うなら安いくらいだ。
そう自分に言い聞かせながら、私は沈み行く太陽をぼうっと眺めていた。