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第2章 一日目 003

 夏野菜がたっぷり入ったジャマイカンスープは、素朴な味ながらスパイスがキリッと効いていて、疲れた胃を活性化してくれた。心なしか血の巡りも良くなったように思う。

「美味しいです、このスープ。なんだか食欲も湧いてきました」

「そう、良かった」

 高遠さんは、そう言って微笑んでくれたが、その可愛らしい笑い顔には、先ほどまでにはない小さな影がある。

「ふう、うまかった、うまかった」

 大盛りのロコモコとサラダを平らげた三輪さんは、満足そうにアイスコーヒーを飲んでいる。どんな状況でも、食える時に旨そうに飯を食う。山男の見本のような人だ。食後のアイスクリームを口に入れながら、そんなことを考える。うん、このアイスも旨い。今ならロコモコも食えそうな気がしてきたぞ。

「お前もなんだかんだで、ようけ食べたな」

「そうですね。ジャマイカンスープのスパイスに助けられた感じですね」

「高遠さんのナイスチョイスのおかげやな」

「ありがとうございます!」

「いえいえ、そんな。あ、あとこれもよかったらどうぞ」

 高遠さんは、自分のポーチから銀色のプレートのようなものを取り出した。よく見れば薬などに使われるPETシートだ。透明樹脂の向こうには、白いカプセルが十粒並んでいる。

「酔い止めの薬です。私は船酔いは大丈夫なのですが、まあお守りみたなものかな。これは海洋学部生御用達の薬で、眠気が強いですが、すっごくよく効きます」

「これ、いただけるのですか。ありがとうございます。一回二粒?」

「いえ、二粒だと眠くて大変。一粒で十分です。余った分は別の機会に使ってください」

 僕の掌にPETシートを乗せながら彼女は微笑んだ。初めての僕にこんなに親切にしてくれるなんて、笑顔も可愛いし、とっても良い人だなあ……。ズボボっと、勢いよくアイスコーヒーを飲み干す音が鳴り響き、僕の妄想はそこで断たれる。

「さて満腹になったし、出港までは間もある。まずはこちらの種明かしからしましょう」

 テーブルに両肘を立て、その長い腕に顎を乗せた三輪さんが、自分と行方不明の友人の話を語り始めた。僕が、その話を聞くのは二度目だが、親しい人の悲しい過去を聞くのは、やはり辛いものだ。高遠さんは、背筋をキリッと伸ばし、三輪さんの目を真っ直ぐに見つめながら、一言も挟まずに物語を聞いている。よく見れば、膝上に置かれた両の手は強くレースのスカートを握り締め、レースよりも白く光り震えていた。

「と言うことで、我々は大風島へ向かう船を待ってるってわけです。まあこいつは、先輩のおともに付いてきただけなんですがね」

 最後に僕を左手の親指で指し示し、三輪さんの話は終わった。

「そう言うことだったんですね。では、あなたは小橋さんのご友人でしたか」

 高遠さんは、ようやく得心がいったというように、深く悲しげに頷いた。両の手は変わらず、スカートを握りしめている。

「私はその事故で亡くなった大島宗太郎さん、そして小橋さんと同じ大学の学生です。そしてあの事故の時も、あの島におりました」

「そうやったんですか。事故の時、一緒に」

「はい、つらい思い出です」

「俺はクルミ……、小橋さんの両親から少しは聞いてますが、もしよろしければ、あの日に何があったのか教えていただけませんか」

 船の出航まで、あと五十分以上ある。船着場までは早足なら五分とかからないし、話を聞く時間がないことはない。それでも初対面の長旅で疲れた女性に、そこまで急かして聞く話題ではないと思う。やはり三輪さんもこの件では、冷静ではいられないのだろうか。

「失礼。会ったばかりで性急すぎましたね」

 三輪さんも同じことを考えたのだろう。頭をぽりぽり掻きながら恥ずかしそうに笑った。

「いえ、まだ時間はありますものね。簡単ですが、私の知ってることをお話しします」

 高遠さんはそう言うと、グラスに残っていたアイスティを一息に飲み干した。

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