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第2章 一日目 016

 食後のロビーには明るい声があふれていた。全員お酒が入って陽気になっているようだ。

「改めて、残りのメンバーを紹介するよ」

 藤田さんが、僕たちの前に全員を集めた。

「高遠と飯畑、村上はすでに会っているから次はこいつだ。俺の従兄弟で同学部の……」

「どうも、藤田と同じ海洋獣医学部五年の伊藤です」

「東都文化大文学部の三輪旅人です」

 伊藤さんと三輪さんが、ガチッと握手をする。伊藤さんも藤田さんに負けず劣らずの巨漢で、腕もがっしりと太かった。

「こんにちは向井向葵です。伊藤さん、藤田さんとご親戚なんですか?」

 従兄弟と言うことは、父か母が兄弟姉妹ということだろう。

「よろしく向井くん。藤田哲郎の父上は、僕の母の兄なんだ。ただ向こうは地元で有名な動物病院の院長で、息子も学年トップの秀才。それに引き換え、こっちはダメダメの落ちこぼれだから、親戚中では辛いんだけどね」

 伊藤さんはそう言って、卑屈そうに笑った。

「何を言ってるのよ、あなただって一昨年の論文では学年トップ評価だったじゃない」

 飯畑さんが頼もしげな笑顔で伊藤さんの肩を叩く。

「長期間、細かくとった観察データを使っての論文は見事だったわ」

 しかし当の本人は恥ずかしそうに首を横に振っている。門外漢には獣医学部というだけで十分すごいと思うのだが、「歳の近い優秀な従兄弟がいると、何かと比べられ苦しい」ということなのだろう。

「で、こっちが同じ海洋獣医学部四年の」

「水戸でーす。どうぞよろしく」

 待ってましたとばかり、ズイズイと前に出て僕の手を握ってくれたのは、さっきのポニーテールの女の子だ。第一印象通りの明るくて活発な性格のようだが、四年生ということは、高遠さんより一つ年上で、僕から見たら二つも上なのだ。

「向井くん、なかなか可愛らしいね」

「ありがとうございます」

 握った僕の手を、ブンブン振りながらそんなことを言われたら、ドキドキしてしまうではないか。

「そしてこっちの先輩さんは、背がおっきいね。髪も短く刈って、かっこいいじゃない」

「ど、どうも」

 さしもの三輪さんも気圧されている。

「ふーん、顔もなかなか渋くて好みよ。登山家さんなんだって?」

「いやー、まあ、なんと言えば良いか……」

「ねえ今度、一緒に山に連れて行ってよ!」

 そう言いながら、彼女は長いポニーテールをフリフリしている。なかなか積極的な子だが、先輩がここまでモテるのは初めて見た。

「そういえば三輪さん、九州の山は良く登ったって言ってましたね」

「ああ、本州とは違った魅力があってだな」

「じゃあ長崎の山に一緒に行こうよ! 約束だよ」

「ええーと、はい、考えときます……」

 三輪さんをここまで圧倒するとは、なかなか恐ろしいパワーの女の子である。まあ女の子なんて言っているが、そういえば僕より年上なんだよな。


「そう言えば、皆さんは三年生以上の人ばかりなんですね」

 よく考えてみたら、ここにいるのは僕より年齢が上の人ばかりだ。不意に思いついた疑問が思わず口から溢れでた。僕の悪い癖だ。そしてその質問が、思いがけずクリティカルだったのだろう。リラックスムードだった海洋大メンバーの顔が一様に暗く沈み込む。

「僕何か変なことを……」

 少し焦ってしまい、おろおろする僕を、

「ううん気にしないで。逆にごめんなさいね、暗くなって。私たちの班に一、二年生はいないの」と高遠さんがフォローしてくれる。寂しげに微笑む彼女の説明で、合点がいった。

「二年前の事故のあと、新入生を断って?」

「そうよ、あったりー」

 そんな明るい声で、僕を救うように水戸さんが、「あんな事故の後だったからね。シュノーケル班は、その後は班としての活動は休止してたのよ。ただ水生研自体は存続してるから、研究会に入った新入生は他の班にいってもらってるの」と詳しく説明してくれた。

「じゃあ皆さんは、その後の二年間は活動されてなかったんですか?」

「いいえ、それはなかったわ。さすがに半年ほどはみんな、目の前の学業以外は何も手につかなかったけれどね。冬休みくらいから活動再開したのよね」

 水戸さんから説明を引き継いだ飯畑さんが、隣に座る藤田さんの肩に手を添えた。

「そうだったな。俺や伊藤はダイビング班にくっついて活動していたし、村上は釣りチームで楽しくやっていたようだな」

「私や高遠は飼育班の手伝いをしたり、あちこちの班に顔を出してたわ」

 飯畑さんと藤田さん。二人で見つめあい会話する様子は親密に見える。もしかしたら、この二人は獣医学部同期という以上の、かなり近しい関係なのかもしれない。

 「そうだったんですね。じゃあこのメンバーだけで集まるのは久しぶりってことですか?」と、それまで黙って聞いていた三輪さんが質問する。

「そうだね。今ここに集まっているのが、二年前とほぼ同じ水生研シュノーケル班てわけだ」と大柄な体の位置を椅子の中で動かしながら伊藤さんが答えてくれた。

 そうか、これが二年前にこの島にいた全員か。でもそこに欠けてしまった二人がいる。そのことに、ここにいる皆が想いを寄せたのだろう。そのまま会話は途切れてしまい、ロビーを暗い沈黙が覆ってしまった。ふと受付カウンターの横にある掛け時計に目をやると、十時になろうとしている。夕食前に寝たとはいえ、まだまだ頭はボーっとしていた。三輪さんが僕の視線に気づいたのだろう、

「さて、東京から長旅だったので、我々はこれで失礼します」と言って立ち上がったので、僕もそれに続く。

「じゃあ、明日また」

 互いに挨拶を交わし、僕たちは二階の部屋へと引き上げた。階下からは再び賑やかな歓声が聞こえ、新たなビール瓶の栓が開けられる音が響いてきた。

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