【短編版】竜の巫女と仮面騎士~愛し合った二人による世界平和前日譚~
ナラは一国のお姫様である。
ある日彼女は、天翔ける竜を見た。そして竜の背にまたがり、空を駆ける騎士を見たのだ。
彼女は思った。自分もあのように空を飛んでみたいと。だから彼女は、その日から必死になって努力をした。もちろん周囲、特に御父上である国王陛下にはひどく反対された。
しかし、彼女はめげなかった。毎日毎日、泣き言も言わずに訓練を続けた。いつか必ず空を飛ぶために――! だがしかし、現実は非情であった。
彼女の魔法適性は、驚くほど低かった。それはもう、絶望的なまでに……。
それでも諦めきれなかった彼女は、魔法の練習と並行して武術の訓練を始めた。剣術や槍術といった武器の扱いはもちろんのこと、馬術や弓術など、様々な技術を学んだ。そうして数年経った頃、ようやく彼女は念願の魔導師となったのだが……。その頃には既に、彼女は心の中で諦めていた。自分が空を飛べる日が来ることはないだろうと。
それからさらに数年後、彼女は運命の出会いを果たした。それが後に、彼女にとってかけがえのない存在となる少年だった。名をエクメド。彼は彼女と同じく魔導師で、とても強い魔力を持っていた。そして何より、空を飛ぶことができた。彼女と彼の実力差はとても大きくて、彼女に勝ち目はなかったけれど……、でも彼と飛ぶことはできた。彼と一緒に空を飛んだ時、彼女は心のそこから歓喜した。空を飛べたからではない。自分のことを特別扱いしない彼が嬉しかったのだ。けっしてお姫様扱いせず、対等な立場で物言う彼に彼女はいつしか心惹かれていた。
だけどそんな幸せな時間は長く続かなかった。
帰り道、彼女が魔導師の道を進むきっかけとなったあの日と同じように、竜に乗った騎士が現れた。
しかし今回は二人だった。どちらも仮面を被っており、剣が月に照らされ、薄気味悪い光を放っていた。剣を向けて一言、「乗れ」と言われた。もちろん、使いの騎士は抵抗したが、一瞬何かが光ったかと思えばすぐさま彼らは倒れた。私はすぐさま捕らえ、無理やり竜に乗せられた。もう一人の仮面の人は、ただただ立ち尽くしていただけだった。
「やめてください!」
私は力いっぱい叫んだが抵抗虚しく、私を乗せた竜は、そのまま飛び立とうとする。
「やめろ!」
一人の男が静止した。突っ立ったままのもう一人の仮面の人だ。
「やっぱりこんなの間違っている」
「話し合ったはずだ。それとも俺に反抗する気か、レオナルド。いや、彼女の前ではこういった方がいいだろうな」
「──エクメド」
「え……エクメド……?」
彼は仮面を取った。そして見覚えのある薄い緑色の眼に、ブラウンの髪をたなびかせる。私は驚いた。なにを隠そう、彼こそ私と一緒に空を飛んでくれた憧れの人だったからだ。
「何をしているレオナルド。まさか情でも湧いたのか」
「そのまさかですよ、タリウス兄さま」
彼らは正面から対峙した。タリウスとレオナルド、二人の話は小耳にはさんだことがある。隣国の、それも敵対国の王子。特に兄のタリウスは極めて冷酷で、残虐性の強い人間らしい。
「馬鹿なお姫様だ。お城の中で引きこもっていれば、こんなことにはならずに済んだのにな」
すばやく剣を抜き、切っ先を向ける。その刹那、剣と剣がぶつかり合う音が鳴り響いた。激しい攻防が続く中、私はどうすることもできずにいた。ただ、見ていることしかできなかった。
だがしかし、次の瞬間、エクメドの剣が折れてしまった。そして、エクメドの首元に刃が突きつけられた。エクメドの負けだ。
「最後に一つ聞かせてほしい。なぜこんな馬鹿な真似をした」
エクメドは一つ大きな息を吸った。喉仏が剣先をかすり、血がにじむ。
「彼女が教えてくれたから。一人で空を飛ぶより、二人で飛んだ方が楽しいって」
タリウスが顔をしかめる。が、エクメドは眉一つ動かすことなく続ける。
「支配なんかしたら駄目だ。一人で空を飛んだって孤独で虚しいだけだ。彼女の住む王国を亡ぼして、この空を僕たちのものにしたってその先になにがある。空は二人で飛んだ方が楽しいに決まっている。兄さんも本当は分かっているんだ。あの時一人きりで、ナラ王女に見せつけるように空を飛んだあの日。敵陣のど真ん中で竜に乗るのが怖くて、苦しくて、寂しくて……だから、今日は僕も乗せた。僕と二人で来た。本当はあの時、一人で空を飛んだけどちっとも楽しくもなかったんだろ。違うか、兄さん」
「お前に俺の何が分かる……!!」
「ナラ王女を誘拐するという任務だけであれば、タリウス兄さま一人で十分だったはずだ。なのに僕も誘った。なぜか。たった一人で空を駆けるのは虚しかったからだ。寂しかったからだ。だから僕も誘った。違うか、兄さん」
「ごちゃごちゃとうるさいんだよ、この馬鹿王子が!!」
剣が振り下ろされる。一度離れた剣先が、すばやく彼ののど元に吸い寄せられる。
断首される直前、彼は言った。わずかにだが確かに聞こえた、彼の思いが。
「好きだ、ナラ」
その時、私の心の中にあったモヤモヤとした感情は、一瞬にして晴れ渡った。あぁそうか、私も彼が好きだったんだ。彼が振り向いてくれている、私の返事を待ってくれている。まだ──間に合う。
声が絞り出せない。恐怖と不安で押しつぶされそう。それでも、彼のためなら頑張れる気がした。
今ここで応えなければ、一生後悔すると思った。震える唇を必死に抑え、私はありったけの声を振り絞って叫んだ。大好きだと。
「「グルゥゥゥァァアア!!」」
突如聞こえたうめき声と共に、剣は「何か」に弾かれた。
「何者だ!!」
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。どこからともなく、姿を現した竜たち。頭上を旋回した後、すぐさま地上に降り立ち、ダリウスに立ちはだかる。
「なんだこれは!? 何が起きている!?」
再び斬りかかったが、またしても竜はエクメドを守り、剣が明後日の方向に弾かれる。竜の鱗には傷一つついていない。
「どういうことだ!? 俺の言うことを聞け、竜!!」
少しずつ後ずさりしていく彼。彼から目を離さない竜の眼は、不思議な光を放っていた。
「まさか、竜の巫女伝説……」
エクメドが口を開いた。
竜の巫女。それは竜と心を通わせ、竜を操ることのできる少女。その昔、竜とともに戦い、世界を救ったとされる伝説の女の子。
私は、そんな伝承信じたことはなかった。そもそも、竜は気高い生き物であり、誇り高き存在。
幼少期から世話をした竜だけが唯一、従えることができる。それだけ手懐けるのが難しい存在なのだ。それを自由に操れる巫女の話など、誰が信じられようか。
だがしかし、目の前にいる竜たちは明らかに私の指示に従っている。
「お願い、エクメドを助けて!」
竜の瞳が一段と輝き、闇夜を照らす。
「うわぁぁあああ!!」
睨まれたタリウスはなすすべもなく、逃げ去っていく。転げ落ちながら、明後日の方角へ。
「助けてくださり、ありがとうございます」
彼は洗いざらい、すべて話してくれた。私を誘拐するために、スパイとして潜入したこと。しかし接していく中で好きになってしまい、どうしても攫うことができなかったこと。それに激怒した兄が強引に誘拐しようとしたこと。彼は土下座して謝罪しようとしたがさすがに止めさせた。いくら彼が悪いことを企てていたとはいえ、それを聞いてもなお、彼のことが好きだったから……
「あの……これからどうしましょうか……」
私の問いに彼は少し考えたのち、こう答えた。──世界を救ってみませんか?……と
私は固まった。そんな大きい夢、私には叶えられないと思ったからだ。
「できますよ、僕とあなたの二人なら」
彼は笑った。初めて会った時と同じように。その笑顔を見て、私は決心がついた。彼に付いて行こうと。不安がないといったら嘘になる。分からないこともたくさんある。でも、不思議と震えはとまっていた。まだ始まったばかり。これから予想外のこともたくさん起こるだろう。でも大丈夫。彼と一緒なら何でもできる気がする。根拠はないけれど、きっと大丈夫。
支配なんてしない。それはただただ、虚しいことだから。彼と出会えて分かった。一人の寂しさも、二人の楽しさも。だから私たちはただ自由に、飛びたいだけ。北から南まで、西から東まで。東西南北どこにだって警備もなく、国境もなく、争いもないそんな空を、二人で飛びたいだけ。
世界征服ではなく、世界を共有する。そんな夢を抱き、私たちは歩き出した。
~完~
☆
あとがき
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