イルミネーションを見上げて
今、蓮と2人っきりで歩いている。
といっても駅前通りが綺麗だから見物しに来ただけ。デートとは言われてない。
「ねぇ、ちょっとどうしたの?」
それだけの事なのに隣の彼の様子がおかしい。
上を向いてばかりで話しかけても曖昧な返事ばかり。
思い切って肩を揺さぶる。
「え? あぁ、イルミネーションが綺麗だなぁ、と」
「うん、確かに綺麗だね。綺麗だけど……」
「ずっと見てられるよな」
「まぁ、うん」
上を見上げたまま返事された。確かに綺麗だけど、首が変にならないだろうか?
それとも熱があって無理してるんじゃないか? 心配。よく見ると口がパクパクしてるし……。もしかして息苦しいの?
「ねぇ、もしかして風邪ひいてる? もう帰る? なんか具合悪そうだし」
「……元気だ! 風邪もひいてない!」
やっとこっちを向いた。笑顔で手を横に振っていたが、しばらくするとハッとして、また上向きに戻った。
流石に私も我慢の限界だ。
「イルミネーション見に来たんだから分からなくもないけどさぁ……少しはこっちも見てよね!」
「うわっ!?」
今度は蓮を両手でグイッとこちらに向けさせる。手を離すとまたすぐ上を向いてしまうだろう。
私の手じゃ冷たいと思うけど、頬から手を離さなかった。彼は私の手が不快かもしれない。それくらい私のてのひらが熱を奪っている。
最初は呆気にとられた表情の彼だったが、すぐ顔をしかめて元に戻そうとする。しかし私も力を込めてそれに抵抗した。
その結果、しばし戻ろうとする彼と戻させないようにする私の戦いが続いた。膠着状態。傍からだと見つめあってるカップルにしか見えないだろうけど。
その状態を破ったのは蓮からだった。明かりで分かりづらかったけれどよく見たら顔が真っ赤だったのに、見つめていたら青白く変わっていき……。
「ぐはっ、もうダメだ……!」
と一言叫び、ぐったりと膝をついたのだ。
それを見てよっしゃ! 勝った! の意味を込めてガッツポーズをした私だが、ふと我に返る。
一体何の勝負だ。
「だ、大丈夫?」
下を向いてぜぇぜぇと言ってる彼を心配する。ほぼ自分のせいな気がするけど。
しかしこんなにぜぇぜぇ言うほど力を強くしていたつもりはないのに。
やっぱり具合が悪いのか。
「いや、大丈夫だ……葵衣。俺の修行が足りないだけで……」
「修行?」
「まぁ、その、はぁ……」
ため息をひとつ吐いて、よろよろと立ち上がる。
そしてイルミネーションを見上げてこう言った。
「よくわかんないけど、急に酸欠状態というか、息苦しくなったんだよ」
「酸欠? はっ、だから上ばっか向いてたの!?」
「そうだよ! あーもう恥ずかしい!」
口をパクパクしていたのは酸欠状態だったから、って! おかしい! 笑える!
「イルミネーションが綺麗だなぁ、って言ってたのに! アハハッ」
「実際綺麗だろ! 笑うなよ!」
「もー苦しいなら早く言えばいいのに」
「それでも耐えられる範囲内だったんだよ! それをお前が無理やり……こうしたんだろうが!」
私は急に頭をがっしり掴まれた。そして彼の正面に向き直される。
さっきもだけど、今私を掴んでいる手もとても熱い。男性の方が基礎体温高いって聞いたけどそれだろうか。
……じゃなくって!
「だって、こっち見ないで上ばかり見てたからしょうがないでしょ!」
「ばーか! お前と向き合ったから尚更息が出来なくなったんだよ! どれもこれも葵衣のせいだ!」
「はぁ? 私のせい?」
「そうだろ! そもそもお前が、隣にいるから、なんか息が」
そこまで言って彼は停止した。そりゃそうだ。それが原因なら今も私と向き合ってるんだから……。
しかし、この誘いをされた時やっと私の事が好きだと自覚したのかと思ったら……。
自覚した途端これでは前途多難だ。もっとも、そんな奴に付き合う私も私だけど。
いつもの隣で笑いかけてくる彼とのデートはまだ先になりそうだ。
息苦しくなって緩くなった彼の両手から逃れてイルミネーションを見上げる。
確かにイルミネーションはずっと眺めていても飽きないくらいキラキラと輝いていた。
タイトルは鏡花水月(http://nanos.jp/flowermoon/)さまの『クリスマスで5つの御題』より。