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罪と罰

作者: 花織

平日朝の横浜駅。多くの人でごった返している。

そこへひっきりなしに入線しては発車していく列車の束。誰もがこの光景に慣れきっていた。

その中で列に並び乗る予定の電車を待つ人々。


そこへ湘南新宿ラインが入線してくると同時、先頭に立っていた男が後ろに立っていた「赤い服の女」に突然突き飛ばされ、そのままスピードを落とす暇もなく電車に轢かれ体はバラバラに飛び散った。

非日常が横浜駅を襲った。


目撃した人々の中から悲鳴が轟いた。呆然と立ち尽くす人々と携帯でそれを撮影する人々、あまりの出来事に気を失う人、様々だった。

その騒ぎを利用して「赤い服の女」はそそくさと雑踏に消えていって逃げ仰せた。


つまりは通り魔殺人事件の発生である。

一連の出来事は周囲に並んでいた目撃者たちの証言から殺人事件だと断定し捜査一課の私たちが捜査をすることになった。

かくいう私にとっては初の難事件だった。


所持品から判明した情報をもとに家族に連絡を取り事件と訃報を伝えると被害者の妻は泣き崩れていた。

そりゃそうだ。朝元気に見送った夫が原型すら保ってない肉片となって戻ってきたのだから。流石に心中察することができた。

だが双子の兄妹の方は意外と落ち着いていた。

まだ13歳の中学生だし現実を受け止められていないのかな、と思った。そう思うと確かに呆然と立ち尽くしているようにも見えた。そうなるとこんな若くして通り魔によって父親を失うだなんてとっても可哀想だなと同情した。


そして捜査が始まった。

駅じゅうの監視カメラを確認する作業は正直骨が折れた。通り魔事件の難しさは怨恨から被害者の関係先を探す等のことができないことにある。

早送りで見逃すのもまずいので監視カメラの数掛ける前後十分間ほどを血眼になって探すのだ。

私たちは目薬に頼り頭痛に悩まされながら数人で日夜捜索をし続けた。


そこでわかったことだが目撃者たちの言う「赤い服の女」は数本前の上野東京ラインで横浜駅に着き事件直前に割り込むように並んでいて、事件後はホームを変え京浜東北線に乗っている。

駅の監視カメラを確認するもどれもこれも帽子を深く被っており顔がわからなかった上にホームを変えている最中の確認もできなかった。

確認できたのは最近導入された京浜東北線車内カメラのおかげだった。

ただ身長からして女である可能性は確かに高そうだった。


しかし途中でおかしなことに気づいた。

京浜東北線に同じ格好の赤い服の女が最初から乗っていたのだ。遡って調べると赤羽駅から乗っていた。

そして横浜駅で乗り込む前に一度別の車両から降りて車両を変えて再び同じ電車に乗り込んでいる。

事前に監視カメラの位置を確認してからの犯行であるかのように、ちょうど駅の監視カメラには映らない死角で乗り降りしていた。


彼女が本当にずっと京浜東北線に乗っていたというのなら事件に関わることは不可能なはず。

車両を変えた意味はなんなのだろう。

目撃者に二つの画像を見せるとみんなこの女だと言う。

もしかして二人いるのか?だとすると捜査は困難だ。

片方を見つけたところでそれが犯人である確証が取れない。裁判でもう一人のずっと京浜東北線に乗っていた方だと主張されれば疑わしきは罰せずな司法からして無罪は確定だろう。

いくら99.9%有罪と言われている刑事事件であっても無罪の可能性は可能な限り潰しておかなければならない。

今まで捜査一課の先輩たちや検察官たちがそれができているからこそのこの有罪率なのだから。


ただ一つ不可解なのは、そうすると京浜東北線に乗った赤い女は二人いるはずなのに一人しか見つからないのだ。だとすると車両を変えたのではなく降りたと考えるのが自然だろう。もしくは犯人の方の赤い女は京浜東北線には乗っていないかトイレ等で服装を変えたかそのどちらもか、という可能性もある。

監視カメラの死角で降りた女はどこに消えたのか。再び乗ったのか。はたまた降りてから駅から出たのか。


再び駅前まで含めてさらに多くの監視カメラ映像を確認することになった。

ただトイレは調べようがない。そこで服を捨てていればいいのだが……。清掃員に聞いたところ服はないが血のついた帽子ならあったという。

現物を遺失物係に保管していたため検査したところ被害者の血であることが判明したためそれは確実に犯人の帽子だった。当然、ついていた毛とともに証拠として保管しておくことになった。これは大きな証拠だ。犯人に一歩近づいた気がした。


でもまだわからないことがあって頭を抱えていた。二人いるはずの赤い服の女……。

一人しかいなくなっていた謎。

私が悩んでいるとふとテレビから服のCMが流れてきた。

「服の系統を合わせたいのに沢山服をしまう場所がない一人暮らしの皆さんに!なんとこの服はリバーシブル!その日の気分やコーディネートを合わせたい時に合わせて好きなだけ変えられる選べる二色♪お買い求めは全国のショップにて!」


それを見てようやく思いついた。

そうだ。まさにこれだ。どうして今まで気がつかなかったのだろう。

それで私は犯人はリバーシブルの服である可能性を考えた。

こんな手口なのだから返り血は少なくとも浴びているはず。それを隠すための赤い服かとばかり思っていたがリバーシブルなのなら裏返せば完璧に隠せるではないか。盲点だった。


そこでリバーシブルの片面だけ赤い服を売っている場所を調べ始めた。都内に数店舗まで絞れたので聞き込みをする。犯人が都外で買っていないように祈りながらそれぞれの店まで赴いて最近この服を買っていった人がいないか、いたら監視カメラも見せて欲しいと聞いて回った。


そして最後の一店舗でようやく見つけた。

事件の3日前に赤いリバーシブルの服が二つ欲しいと言ってきた男の子がいる、と。

その店の監視カメラにはバッチリ顔が写っていた。この男に違いない。捜査進展だ。

しかし何故二着欲しがったのか。何故買ったのは男の子だったのか。まさか共犯者がいるのか?どちらにしても片方を捕まえて聞き出せばいい話だ。黙秘されればどうしようもないが。


早速顔写真入りの情報提供募集のポスターを作成する。

ただ、できることはまだあるはず……。ひたすら思考を巡らした。

会員カードがあれば個人情報まで辿り着けたのだがその男の子は拒んだという。犯行に使うつもりなのなら当然だろう。


......そうだ、帽子だ。

帽子の方も特徴的だったので押収した証拠の特徴とメーカーから特定して調査してみたところ通販で誰でも買えるものだと判明し、ここ一ヶ月に二個買った人をそれぞれの通販サイトに連絡をとって調べたところ今度は一人の男が浮上した。


それは被害者だった。配送先の住所も被害者宅で被害者名義で買われていた。

そういえば中学生の双子の娘息子二人と父母の四人世帯で赤羽に住んでいるのだったな、と思い出した。

つまり犯人は家族の誰か、服屋の証言と身長からして被害者の息子が関わっていることは少なくとも確実だった。

被害者は横浜で各停に乗り換えて職場に向かう途中だった。どうりで被害者の並んでいる場所も時間も知っていたわけだ。


そうなると通り魔事件だと今まで思われていたものが怨恨によるものではないかとそうなってくる。

女の方は娘なのか被害者の妻なのかまでは身長だけではわからないが、被害者の息子を任意同行すれば判明するだろう。黙秘権を使われなければの話だが。


かくして私たちは家宅捜索と共に被害者の息子を任意同行した。

事件から1ヶ月経った頃のことだった。


案の定服は処分されていたが息子の方の聴取は意外と進んだ。

ただ共犯者についてだけは黙秘が続いた。

このままでは彼一人だけが殺人容疑で立件されることになる。しかも少年法で守られる。絶対にもう一人も捕まえなければと私たちは焦っていた。ここまで頑なになるということは共犯者は成人しているのか?だとすると被害者の妻が怪しいのではないかと疑って聴取してみたが本当に何も知らなそうで、事件当日こちらから入れた夫の突然の死の一報に狼狽していた事件の日のまま心の整理もついていないようだった。


ならば双子の娘が共犯なのか?だとすると息子が黙秘していることに事件の核心があるような気がして、私は彼をなんとか説得をし続けた。


そして送検までのリミット寸前でついに自供を始めた。

彼が言うには絶対に許せないことを被害者はしたらしい。大事な双子の妹に。


「妹を守るには殺すしかないと思った。」

「母親は夫がそんなことするはずがないと聞いてすらくれなかった。自分なら少年法で守られるから妹を守れると思った。」

「妹を巻き込んだのは悪かったと思ってるけれど殺したのは自分だから自分だけ罰せられるべき。」


完全なる怨恨ではあったが情状酌量の余地があるのではないかと思い始めた。

私たちは彼を殺人の容疑で送検した後娘の方も任意同行した。

そしてようやく事件の全貌が見えてきた。



---


僕はある日、通りすがった妹の部屋からくぐもった泣き声が聞こえたから心配になって急いで部屋に入った。

自分の命より大事な妹。何かあったのではないかと心配になったから。

そこで見た光景は一生忘れられないことだろう。

だって父が半裸で妹に覆い被さっていたのだから。


今までの優しい父親像が崩壊した瞬間だった。


何をしているのかはまだ中学に上がったばかりで幼い僕でもなんとなくだけれどわかった。

頭に血が登って僕は父を引き剥がそうとしたけれど逆にぶん殴られて体が吹っ飛んだ。

そのまま父は僕の首を持って「このことを誰かに言ったらお前も妹も殺す。」と言い放つと僕を投げ飛ばし部屋を出ていった。

後に残されたのは半裸で泣きじゃくる妹と呆然と座り込む僕だけだった。


昔から妹のためならなんでもできた。

妹をいじめてた奴らも僕がいつも追い払った。

妹を守れるのは僕だけなんだ。

幼い頃からそう思っていた。それくらい大事な妹。

妹を殺されるくらいなら僕があいつを殺す。

そう思うまでにそう時間はかからなかった。

母親に言っても愛妻家のあの人がそんなことするはずないと聞いてもくれなかったのだから。

妹も私は大丈夫だから、とばかり泣きながら繰り返すだけで一体僕はどうしたらいいのだろうと思ったこともある。


ただ再び妹に手を出させやしない。そうはさせたくなかったから僕は必死に考えた。

学校を休んであいつの通勤ルートも把握したし監視カメラも必死に探し回った。

あいつの名前で帽子を買って僕一人で服も用意した。

犯行計画は完璧なはずだった。


そうして妹に打ち明けた。

君はただこの服を着て電車に乗っていればいいから。あとのことは何も知らなくていい。

全て僕が背負うから。捕まっても妹は幇助の罪で、詳細は何も知らされてないし初犯だから刑務所に行くことはないだろう。そこまで調べたからきっと大丈夫。

妹は僕の言う通りにしてくれた。

この服を着て赤羽駅から乗って横浜で車両を変える。それだけ。

一体何をしようとしてるのかって何度も聞かれたけれど僕はちょっと学校をサボるだけだよ、としか言わなかった。


僕は上野東京ラインに乗ってあいつの湘南新宿ラインよりも妹よりも早く横浜に着く。グリーン車には監視カメラはなかったからそれを利用した。

リバーシブルの服を着てきていたから赤い側への着替えも車内のトイレで素早くした。

そうして多くの人でごった返した横浜駅で僕はあいつを殺した。

どうしてもそうしなきゃいけなかったから。

まだ幼く力のない僕にはこうでもしなきゃ殺せなかった。


早く逃げなきゃ。息は荒く手はまだ震えていた。

横浜駅の女子トイレで帽子を捨て服を裏返しにする。

焦っていたせいで髪が付着していたことには気が付かなかった。

これで妹が傷つくことはないはず。あいつは確実に死んだはずだから。

そう思うと少し落ち着けた。

犯行ノートをもう一度確認して京浜東北線に乗って妹と関内で合流した。

今度は妹に監視カメラに映らないようにトイレで着替えてもらって帽子は鞄にしまった。


妹が人身事故の話を聞かないで済むように妹には言った通り昼は横浜観光をしたけれど僕の心はそれどころじゃなくて、それが伝わったのか妹は心配そうにしきりに僕に声を掛けてきた。

そして何事もなかったかのように夕方ごろ家に帰った。学校には休むと僕が連絡してあるから母も何も知らない。学校から帰る時間に合わせたから普通に登校しただけだ思っているはずだ。


服と帽子と犯行ノートは全部ゴミの日に捨てた。

まだ捜査の手は及んでなかったから助かった。

だけどいつ警察が来るかずっとビクビクしながら過ごした。

そしてとうとうバレてしまった。帽子をわざと置いてきたのはそのためだったからこれも想定内。

僕に任意同行を求める警察とどういうことか説明してと半狂乱になる母が玄関で言い争っていた。

僕は素直についていった。どうせバレても妹は大丈夫だから。供述したおかげで逮捕は早かったから送検までのタイムリミットも知ってる。僕はそれまで黙秘するだけだ。

ギリギリになって情状酌量を狙える話を持ち出す。完璧な筋書き通りに事は進んだ。

送検されて検察官にも涙ながらにあったことを話して同情を買った。これは本心だったけれど。

裁判でも僕の思った通りの展開になった。

14歳以下だったから家庭裁判所で判決が出て少年院送りになった。

これでいい。全ての罪は僕が背負うから。

妹さえ無事ならそれでいいんだ。

僕の人生なんか妹のためならいくらでも壊れていい。

ようやく安堵できる。全てが終わったんだ。


---


これが全貌だ。

妹を聴取したらあったことを全部話してくれた。

ある日突然父親に性的虐待を受けた事、双子の兄が止めようとして父親に脅されていた事、いきなり兄から服を手渡されて遊びに誘われた事、当日兄が何故か自分と同じ服を裏返して着てきて女装していたこと、言う通りに全て行ったこと、服を回収されて捨てているところを見たこと。

まだ13歳の女の子ということもあって時折「私のせいでお兄ちゃんがこんなことに」と泣きじゃくりながら。それでも頑張って話してくれたんだ。


双子のお兄ちゃんには申し訳ないけど私は警察官だから彼女のことも幇助の罪で送検しなきゃいけないんだ、ごめんね。

こんなこと、絶対に許せないことだとは思うから情状酌量を求めて送検した。

そして彼女は家庭裁判所の判決で保護観察処分となった。実質無罪だ。

多分彼はそこまでわかっていたから何も妹に伝えなかったんだろう。

計画的犯行ではあるから本当は二人とも重罪になってもおかしくなかった。

でも私はどうしてもこの二人を悪者だとは思えなくて、警察官失格かもしれないけれど同情を禁じ得なかった。

だからこそ2人の処分を人づてに聞いて安心した。


この事件はきっと私の心にずっと残ってしまう。

全貌を知った時涙が止まらなかった。

それも乗り越えての警察官なんだろうけれど、どうか彼らが今後必ず幸せになれるよう、そう祈ることしかできない自分を悔いた。

でも、それでも、本当に何もかもを裁くことが正しいのか、それとも見逃した方が良かったのか。まだわからないでいる。

こんな事件だったなんて、この世界はやっぱり理不尽だ。そう思わずにはいられなかった。



[読んだ後に]

ネタバレになるので最初は書けませんでしたが私も実際に小中学生の頃いじめが嫌で学校に行かないからと言う理由だけで親や祖父母からの虐待を受けて育ちました。何度も首を絞められたり口を塞がれて殺されそうになって必死で裸足で家から逃げ出す毎日を送りました。

当時はまだしつけと呼ばれていて、警察や児童相談所をはじめ誰に相談してもシングルマザーの親が悪いわけがないと私が悪いことにされて、何度も親を殺して逃げようと思ったこともあって、私ももしかしたらこうなっていたかもしれないと思いながら書いた話なのでとても重いとは思います。

しかも実際の事件でももっと胸糞悪い話も多くてその度に私は同情を禁じ得ませんでした。

どうかこんなことが起こらない世の中になってほしいなって、そして誰かに助けを求められたら救ってあげられる世の中になってほしいなって、そう強く思います。


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