07 公爵家へ
王都の端っこにある伯爵家とは違い王都の中心地にある立派な公爵家のお屋敷に馬車は入っていった。
だけど馬車が入ると建物の外観は少々、いえ大分傷んでいるようだった。
庭も手入れがされず寂しいものだった。
「ここが……」
馬車から降りて館や庭を眺めることができた。
すると館の古びた大きな扉が開かれ、執事らしき人に迎えられた。うちのハモンドよりは若い。
「ようこそ、サンドストーン公爵家にいらっしゃいました」
「あ、私は教会のシスターから紹介されたブルーレイク伯爵家のリリエラと申します」
「ええ、お聞きしております。私は家令のエバンスと申します。お待ちしておりました。どうぞよろしくお願いします。ささ、中へお入りください」
邸内は古びた外見とは違いそれなりに手入れがなされていて、美しい歴史の重みを感じる家具や装飾につい目を奪われた。
エバンスが執務室へと案内してくれた。
「旦那様。ブルーレイク伯爵家のリリエラ嬢が参られました」
「そうか。入っていただくように」
重々しく扉が開かれたので中に進んだ。
部屋の奥に座っている男性に丁度窓から光が降り注ぎ、お顔までは良く分からなかった。
私は部屋に入ると精一杯のお辞儀をして挨拶をした。
正式な礼儀作法は習ってないので見様見真似だ。それでも失礼のないように頑張った。
「公爵様、お初にお目にかかります。ブルーレイク伯爵家のリリエラと申します」
「……」
何かおかしかったのかしら? 公爵様の怪訝そうな様子に少し戸惑いました。
「ええと、おほん。ようこそリリエラ嬢」
何処か聞き覚えがあると顔を上げるとそこにいたのはあの治療所で頭を打ち付けていた男性だった。
「あ、あの時の……」
血も泥も無くなっていたが端正な顔立ちは忘れていない。光を受けて艶やかに光る黒髪で細い切れ長のグレイの瞳が印象的な方だった。
こうして見るととても見栄えのする方だったのね。つい見入ってしまったわ。
彼は気まずそうに頷いていた。
「あの時は失礼した。リリエラ嬢。あれから君を探していた」
私より少し年上に見える彼は私に頭を下げようとしたので慌ててお止めした。
こんな怪しいお話だから公爵様がお年寄りかもなんて失礼だったわね。
でも、とても婚約者がいなくてお困りのような風貌でもないと思うわ。
では、一体何が問題なのかしら。
「いえ、私の方こそ不敬なことを申しました。その、公爵様だとは知らずに……」
そうして私は黙り込んだ。
だって、結構着古した騎士服を着ていたし、公爵様が自らあんな現場に出るなんて思わないじゃない?
それについ私もあんなことを言ったので、公爵様の気に障ったとかで探していたのかもしれない。
仮初の花嫁と言いつつ、不敬な娘だと思われていたのかも。
だからここで面接が打ち切られてもおかしくはないわよね。
公爵様は端正なお顔でお若そうだけど威厳のある雰囲気をされていて、治療所でのことは別人のように思われた。
それでもここでこの話が無くなるのは困るので私はなんとか公爵様が気に入られるようにしなければと考えた。
でも流石にロエさんのようには振舞えない。可愛く甘えた声を出したり、初対面の方に気安く抱き着いたりはできそうにない。
だから、お父様やサイモンから可愛げのない女と言われるのよね。
そんなことを高速で考えていると公爵様は沈黙を破った。
「構わない。あんなときでは初対面で私の身分など分からなかっただろう。それでここに来たということは私との結婚に君は了承しているということでいいのだろうか?」
そう仰ると公爵様は切れ長の鋭い瞳でこちらを見遣った。
物柔らかな貴族の若様ではなく重厚な感じのイケメンよね。そんなことを呑気に考えてしまった。
目が合うとドキンと心臓が跳ねるほど公爵様の視線が強く感じられたので、まるで値踏みされているみたい。
「ええ、公爵様。私達は……、ええと、そうですね。共同戦線が張れると思うのです」
「共同戦線?」
公爵様は怪訝そうな表情を浮かべた。
サンドストーン公爵家の立派な執務室にはさんさんと光が降り注ぎ、居心地良いところだった。
同じ執務をするならこういうところでしたいわよね。
では始めましょうか。いつもの領民に対する説明を。
「そう、夫婦という形ではなく貴族社会を戦い抜く仲間としてこの婚活市場から脱出をいたしませんか?」
私はにこりと笑って見せた。
領地を巡回するときに笑顔は潤滑油と思って使いまくっている。
「婚活市場……」
私の前に座る公爵様は困惑した表情で呟かれていた。あら、可愛いかもと少し思ってしまったのは内緒の話ね。
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