05 運命の恋人だそうです
ロエさんとサイモンは婚約中というか、まだ家同士の話し合いもまだなので正式なものではない。
何ら関係のない独身の男女が二人きりで部屋にいるのは咎められることだった。貴族の社会では。
そもそもロエさんは付添人もなく一人で来ていたのだ。
男爵令嬢とはいえ、そんなことは淑女としてはありえないこと。年配の方なら眉を顰めていることでしょう。
だから渋々だけど私が監視役をしなければならない。
そもそもロエさんが付添人を連れていたらこんな役目をしなくてよかったのに。
貴族の子女なら当たり前のことなのに。
私だって外に行くときはマーゴやエバンスを連れている。
ああ、教会は近いからつい一人で行ってしまうけれど。
そんなことを思いながら廊下を進んでいると甲高い二人の話し声が廊下に響いてきた。
「やだぁ、サイモン。くすぐったいぃ」
「ちょっとぐらい良いじゃんか」
「やあんもう、サイモンたら。そうそう、リリアラさんだっけ」
「姉さんが何だって?」
名前を間違っているわよ。サイモンも少しは注意してよね。
「なんだか見た目が怖そうだしぃ、年も大分上だから弟に結婚を先にされたから怒っているんじゃないの?」
「姉さんが? そうかなぁ」
「絶対そうよ! だから私の嫌いなものばかり勧めてきたの」
「確かにそう言えば最近姉さんはずっと怒ってばっかりだったかなぁ」
「そうなんだぁ。怒りんぼさんなんだ。サイモンは次期伯爵として凄く頑張ってるのにね。私だけがサイモンを応援しているよ!」
怒りんぼって、子どもが言うような言葉じゃないの。もうため息もでやしない。
確かにロエさんから見れば私は年上だけど。彼女は十六、七だったかしら?
私はドアをノック寸前だったけれど力が抜けて思わず廊下に座り込みそうになった。
ついて来てくれたマーゴも聞こえたのだろう目を吊り上げている。
力尽きそうな私の代わりにマーゴがドアをノックしてくれた。
「……はい? 誰だよ?」
中から不機嫌そうなサイモンの声がするとマーゴは扉を大きく開いた。
いつのもマーゴならこんな失礼なことはしない。ましてやお客様がいるのに。
「坊ちゃま。婚約前の男女が一つ部屋にいるなど、このマーゴの目の黒いうちは許しませんよ!」
「ま、マーゴ!?」
扉が開くとやや服装が乱れたサイモンがソファーに座っているのが見えた。
しかもロエさんはサイモンに抱きついていたのよ。
でもそれを恥ずかしいと思わないのか、逆に私達の方を睨んだ。
そしてヒステリックに叫んでこちらを指で差してきた。
人に指差しをするのは庶民でもマナー違反でしょうに。
私は最早取り繕った笑顔も出なかった。
「なによ。使用人のくせに偉そうに! ねえサイモン、こんな人は解雇しちゃってよ。主人に反抗するような使用人なんていらないわ!」
「そ、そうだね」
サイモンも流石に自分がいけなかったのを弁えていたようだ。
それにマーゴをこれ以上怒らせたくないようでそれ以上は押し黙ってしまった。
私は怒りを抑えて二人の前に進み出た。
「……将来のことは分からないけれど今はまだ違いますわ。サイモンにはそのような権限はありません。ロエさん。あなたにはもっとそのような権限はございません。余所様の家の使用人に口出しするより自らの貞操観念を一度お考えになられるとよろしいかと存じます。我が家では未婚の男女を部屋で二人きりにするなどということは許しておりませんの。我が家の品位に関わりますわ。それがお嫌ならどうぞお引き取りを」
「なっ!」
ロエさんは顔を真っ赤にして震えていた。
私はこれ以上彼女の見苦しい姿を見たくなくてサイモンを見据えた。
「サイモンも成人したとはいえ、私がまだ一人で領主代行をしています。それを理解してちょうだいな。早くあなたに何もかも任せられると良いのだけれど」
いつになったら任せられるのかしらね。このままでは領民は納得しないでしょうね。
母が亡くなって執務をすることになり、小さい頃から領地で必死に大人とやり取りしていた私と学園に行って領民と話もしなかったサイモン。大丈夫かしら?
止めにとじろりとサイモンを睨むと気まずそうに視線を逸らせた。
「酷いわ!」
ロエさんは泣きじゃくり、サイモンはしょんぼりして、先程の甘ったるいムードはぶち壊しになっていた。
「さあ、サイモンもロエさんをご実家にお送りしなさい。婚約のことは後ほどゆっくりと家同士で相談しなければなりませんわ」
貴族の結婚は契約結婚だ。家同士の利益が関わっている。
するとロエさんがサイモンに抱きつきながら叫んでいた。
「家のことなどは関係ないの! 私達は真実の愛で結ばれている! あんたなんか自分は関係ないから妬んでいるんだわ!」
――は? 真実の愛? それがどうしたと。
「そうだよ。僕達は運命の恋人なんだ! ロエは姉さんみたいに誰にも求婚されず嫁にいけない女と違うんだ。可愛い僕のロエ。さあ、こんな家出て行こう。ずっといたら姉さんの悪い所が移ってしまう」
もう、弟の言うことも頭に入ってこなかった。
ロエさんはサイモンの言葉に嬉しそうに微笑んだあと私を蔑んだように見てきた。
「まあ、そうなのね。あんな年まで婚約者がいなかったなんてとても可哀想な人。私なら恥ずかしくて生きていられないわぁ。そうね。行きましょう。ここでは空気が悪すぎるもの」
私が呆気に取られていると二人は手を取り合って客間から出て行ってしまった。
伯爵家から出て行ってくれたからすっきりしたけれどこの顛末をお父様に報告すると嫌味を言われたのよ。
「……ロエさんの言った通りじゃないか。お前が貰い手がないのは間違いない。そもそもそんな性格だから……」
そんなことを言うお父様を睨んでしまった。
「へえ、じゃあ。社交界デビューする予算はお父様が捻出していただけたのかしら? それではこれからは領主としてお父様が全ての執務を取り仕切ってくださいな」
私が執務室に積み上がった書類を見せるとお父様はぼそぼそ言いながら去っていったのだ。
でも、これは本来お父様がしないといけないのですよ? いずれ私は出ていくの。
いいえ、お父様達が私を追い出すのよ。本当に分かっているのかしら?
ああ、お母さまが生きていらしたらこんな惨めな想いをしなかったのかしら。
私は積み上がった書類を捌こうと机に座った。
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なんとか最後まで頑張ります。