自主練
日も落ち、ナイターの明かりが俺たちの汗を照らしていたのは30分前のこと
今、俺たちはそれぞれの短所を補うためか、長所を伸ばすために自主練習を始めていた。
大半の者はゆったりと時間を過ごしていたが、俺とコンビを組んでいる今井と
俺は黙々とバットを振り続けた。自主練を始めてから20,30分した時だった。
バットを振ろうとテイクバックを取ろうとした時、校舎の陰にいる春香が
顔をのぞかせていたのがたまたま見えた。
「今、フォーム崩れたな」
そう指摘してきたのは、隣にいた今井だった。
「テイクバックの後のバットの軌道が乱れたし、右足に体重がかかりすぎてるぞ」
俺が打撃不振になってからよりいっそう一緒にいるようになった
今井は逐次、俺の良くないところを指摘してきた。
「おう、そうか、 ありがとう」
鋭すぎる今井の指摘に、自分でもわかっていることであったこともあり、ため息がでた。
「自主練はあと30分くらいか」
「それくらいだな」
自主練の時間は原則として部活終了後1時間程度までと決まっているため、
今井は少しだけ不満そうだった。昼休みに春香にもそれを伝えていたので春香も
自主練が終わる時間が大体わかるはずなのに、
先ほどからまだなの?みたいな顔でこっちを見ている気がした。
俺は全く気付いていないような雰囲気を出して今井と自主練を続けた。
部活終了後1時間を過ぎようとする5分前、
春香は待ちくたびれたのかは言うまでもないが、
校舎の陰に隠れることなく、こちらからはっきりと見えるところで
壁によしかかり、スマホをいじっていた。
「一時間経つから帰れよ~」
サブリーダがいつも通り全体に聞こえるくらいの声で注意した。
、が言った本人はまだバットを振り続け、ゆったりと過ごしている後輩たちもしゃべりながら、
続けていた。
春香の様子を見ると、手を口に当て、遠目からでも十分わかるようなあくびをしていた。
それを横目に俺と今井はティーバッティング用のボールとバットとネットを片付けていた。
すると、職員室の窓が開いた。
「帰る準備せんか!! お前ら!!」
監督の声がかかり、あるモノは慌てて帽子をかぶり、あるモノ達は慌ててネットを片付けていた。いつも通りの光景を見つつ、俺と今井は苦笑いしていた。
「監督に言われる前に動けよな」
俺は今井の一言に2度頷いた。
これでも動こうとしないものには名指しの指名がはいる。
「おい、谷! お前は何しとるんや!!」
周りに比べて動かないやつは目立つらしく、谷が指名された。
「足が痛くて、動けません!!」
谷が負けない声量で返答した。
それに続いて、3階の職員室にいる監督には聞こえない程度で
「面倒で動きたくありまチェーン」
「・・・ザワザワザワ・・・」
周りからのイジリが入り、グラウンドではひと笑い起こっていた。
春香も見ているのかと思い春香の方を見るが、
ついさっきまでいたところでは春香が見当たらなかった。
「誠也、どこ見てるんだ?」
そう言って、今井は俺が見ている方をみた。
「いや、なんでもないよ」
俺は考えもなく、とっさに否定した。
「そっちって、さっき誰かいたほうじゃないのか?」
今井は覚えていっているのかいないのか微妙な言い方をしてくる。
まぁ、今井は視力が低いため、あれが春香であるかなんていうことはわからないとおもったが...否定するに越したことはないと思い、惚けた。
「な、そうだったっか?」
疑われるような間で、疑われるような反応をしてしまって、つい、今井の顔を見たが、
今井が別のことを考えていたようにも見えた。
「いたような気がしたけどな」
「まぁ、いいか、今、見てもいないしね」
次の返しに困るなと我ながら思ったが、今井が自己完結してくれたので、よかった。
「あと、5分でナイター消すぞ!!」
まだ片付け終わっていなかった者達は先ほどまでとは違う声を上げて、
手際よく片付けをやるようになった。
ここで、片付け終わった者は帰り始めている。
俺も早く春香と合流したい気持ちがあったが、部室の鍵を閉めるのは俺の役割であり、2日連続で杉谷に任せるわけにもいかないため、残らなければならなかった。
後輩4名が片付けに手間取っていたが、監督はそれを待つことなくナイターを消した。
「電気付けてやれよ」
今井がそう言ったため、俺は部室の電気をつけた。
「明日は早く片付けろよ、また、こうなったら、次の試合出れるかわからんぞ」
俺は春香を待たせているという思いからなのか、口調が強くっていたかもしれない。
後輩が帰り、部室の鍵を閉めると、グラウンドは真っ暗であった。
遠くに街灯があるだけで足元はほとんど見えていない。
今井は正門から、俺は西門から帰るため、今井とは早いところで別れた。
俺は春香を待たせているということもあり、小走りで西門に向かった。
周囲は暗かったが、スマホの明かりですぐに春香がわかった。
「ごめん、おそくなったわ」