99.厄介なお願い
茶会の最後に、ラウルの母であるジャニス様は私に厄介すぎる命令をしてきたのだ。それはラウルの性癖を聞いてこいというものだった。もちろんすぐお断りはしたのに、結局この状況だ。
ただでさえラウルと二人きりになるのは微妙なのに、なんでこんなこと……
「あらっ、アリスちゃんなら大丈夫よ」
っとか言われ、そのまま強引にラウルと二人で散歩に行かされてしまった。
アリスちゃんなら大丈夫って、一体私の何を知ってるのよ? 私はねぇ、友達とだって性癖どころか恋バナすらしたことないんだから!!
っていうか、そもそもまともに友達すらいなかったのよ。だいたいジャニス様はラウルの母親なんだから、知りたければ自分で聞けばいいじゃない!!
心の中ではいくらでも叫べるのに、口には一言も出せずに流されてしまう自分が悲しい。でもたとえ言い返すことができたとしても、あのジャニス様の勢いに勝てる気は全くしない。
「母は悪い人間ではないんですが、少し暴走してしまうところがありますから」
困ったように笑う顔すら美しいラウルを見て、私の気持ちは一段と暗くなる。
あー、こんな気品溢れる人に性癖の話をしなきゃいけないなんて……いやいやいやいや、絶対ぜーったいに無理でしょ。
木漏れ日の中にいるラウルは、まるで天から神が降臨してきたかのように神々しい。あまりの美しさに直視することすらおこがましい気すらしてくる。
「それで、母からどんな面倒事をおしつけられたんですか?」
「それはその……聞かないでください」
「そんな顔をされたら、ますます聞きたくなってしまいますね」
えっ!? 私今どんな顔をしてるの?
自分ではいつも通りだと思ってたのに。慌てて両手を頬に当てた私を見て、ラウルがふっと口元を緩めた。
「その面倒事はわたしの結婚絡みですか? アリス嬢はキャロライン嬢と仲がよいみたいですから」
ごく自然に私をアリスだと受け入れているラウルは、やはり初めから私の正体を見破っていたのだろう。まぁ今更その事について尋ねる必要もない。それより今はこの厄介な任務を早く終わらせる事の方が重要だ。
ラウルの質問は、当たらずも遠からずといったところだろうか。茶会で性癖の話が始まったきっかけは、ラウルとキャロラインの結婚の話だったのだから。
ラウルはジャニス様が、自分とキャロラインの結婚を望んでいる事を知っているようだ。それならもうこの際、「そうです。結婚の話がしたかったんです」と答えておいた方がいいんじゃないかと思えてくる。
「ラウル様はキャロライン様との結婚をどう思っているんですか?」
今日のラウルは私に嫌がらせをしてくる気配はない。だからつい直球で尋ねてしまったけれど、不躾だったろうか?
少し心配したが、ラウルは気を悪くした様子はなかった。
「あなたはわたしとキャロライン嬢の話をどういう風に聞いていますか?」
これについてはすらすらと答えることができた。なぜならさっき聞いたばかりの話なんだから。
私の話を聞き終えたラウルは、
「キャロライン嬢には申し訳ないことをしましたね。あなたとの久しぶりの再会に心躍らせていたでしょうに……つまらない結婚話であなた方の茶会を台無しにしてしまいました」
申し訳なさそうな表情を浮かべたラウルの、艶のある髪の毛がサラサラと風になびく。
「母はわたしに早く結婚して欲しいんですよ」
ため息をつくラウルの憂鬱そうな表情が妙に気になった。
「ラウル様は結婚したくないんですか?」
「そういうわけではないんですが……ただ親のいいなりで結婚するというのは癪に障りませんか?」
ラウルでもそんな風に思うなんて。
反抗期の子供みたいな発言に、今までにない親近感を覚えた。
「でもキャロライン嬢との話はありがたいと思いますよ。キャロライン嬢の父親は現宰相ですからね。彼と姻戚関係になれば、無駄な権力争いをしなくてすむでしょうし」
国の重要ポストにつくためには有能であることと同じくらい、コネも重要のようだ。だから少しでも有利な駒を得たいと貴族達は政略結婚という手段を使うらしい。カサラング公爵があんな無茶をしてまでグレースを王太子妃にしたかったのには上流階級ならではの理由があったのかもしれない。
「でもラウル様は現国王の甥なんですから、政略結婚なんてしなくても重要ポストにつけるんじゃないんですか?」
私の質問にラウルは答えなかった。足を止めたラウルが私の顔をじっと見つめる。美形の真顔というのは迫力があって圧倒されてしまう。
「あなたはわたし達の事を何も聞いてないんですか?」
「えっ? どういう意味ですか?」
私の質問に、再びラウル答えなかった。
私達の事って、ラウルと誰の事だろう?
さっぱり分からない私を置いてラウルが歩き出した。その後を遅れないようついていく。
「それにしても……母に言われたとはいえ、よくわたしと二人で散歩しようと思いましたね。わたしの想いには気がついているでしょう?」
「はい。私の事が嫌いなんですよね?」
答えはイエスということなのだろう。私に向かってにっこりと微笑んだラウルの瞳は、いつもと同じ美しさにもかかわらずゾクリとする冷たさがあった。
「ラウル様はどうしてウィルバート様の事が嫌いなんですか?」
本当は私を嫌いな理由とかを先に聞くべきなんだろうけど。どうせ何も答えてくれないんだしっと、色々ぶっ飛ばして一番気になっている事を問いかけた。
「簡単な事ですよ。ウィルバートはわたしには決して手に入れる事ができないものを、いとも簡単に手に入れる事ができるからです」
まさか答えてくれるとは。前にエドワードも似たような事を言ってたっけ。でもラウルが絶対に手に入れられないものってなんだろう?
「あぁ、今日はいい天気ですね」
足を止めたラウルが、空を見上げ優しい表情でポツリと呟いた。枝葉の間から差し込む日の光を見つめ、眩しそうに目を細める。
「ラウル様が手に入れたいものって……何なんですか?」
「さぁ……何でしょうね」
ラウルの切ない表情があまりにも美しくて息をのんだ。
「今のわたしでは出来ませんが、キャロライン嬢と結婚してわたしの地位が向上すればおそらく……」
ラウルが言葉をとめ私を見つめた。
「キャロライン嬢との結婚を利用しようするわたしを軽蔑しますか?」
少し憂のある表情で私を見つめるラウルを真っ直ぐに見つめ返す。少し考え静かに首を横に振った。
「私には上流階級のことはよく分かりません。でも仮に、ラウル様がそのような理由でキャロライン様と結婚したとしても、キャロライン様のことを大切にしてくださる気がするんです」
気配りできるラウルのことだから、きっと誰と結婚しても相手のことを気にかけてあげるだろう。
「今自分を嫌っている人間にそのような言葉をかけるなんて……本当にお人好しですね」
ラウルが少し笑った。作ったような笑みではなく、自然に溢れたような笑い声は、なんだか切なく響いた。
「ウィルバートはあなたのそういう所が好きなのでしょうね」
ラウルが一歩私に近づいた。
「だからこそ、余計にあなたの事が憎くなる……」
気まずい沈黙が私とラウルの間を流れていく。
嫌われている私がラウルにどんな言葉をかければいいんだろう。きっと何を言っても言わなきゃよかったと後悔するような気がする。何か言わなきゃと思えば思うほど、重苦しい気分に押しつぶされそうだ。
「誰かこっちに向かって来ているみたいですね」
突如破られた沈黙にほっとしながら、ラウルの視線の先に目をやる。そう言われると、確かに王宮の方から誰かが走ってくるような音が聞こえてくる。
ここに不審者は入って来れないと分かってはいても、姿の見えない音の主に対して身構えてしまう。
「はぁ……やっと……はぁ……見つけた……」
息を切らせ駆けて来たのはセスだった。私達のところまでくると、苦しそうに脇腹を押さえ、前傾姿勢をとる。
「セス、どうしたんです? そんなに慌てて何かあったんですか?」
「何かって……」
息苦しそうな表情のまま、セスがチラッと私を見た。
「ラウル、お前こいつに何言ったんだよ?」
「何って……普通に世間話をしていただけですよ」
「世間話だけでこんな暗い顔にはなんねーだろ。お前の性癖の話がエグすぎたんじゃねーのか?」
「……わたしがそんな話をするわけないでしょう!!」
驚きでラウルの目が文字通り丸くなる。そりゃそうだ。いきなり性癖なんて言われたら誰だって何で!? ってなっちゃうわよね。
でもそれはほんの一瞬で、セスの発言に驚かなかった私を見て、ラウルは何かを悟ったようだ。




