95.ウィルバートは触れていたい
さすがに聞くに耐えられなくなってきたので、口を挟むとするか。
「オリヴィア、言い過ぎだよ。キャロライン嬢に謝りなさい」
まぁオリヴィアがわたしの言うことを素直に聞くわけがないとは思っていたけれど、あからさまに不愉快な顔をされると気分が悪い。
「いつもそうよ。わたしには口うるさく言うくせに、誰もキャロラインには注意しないんだから。どうせ私の味方なんて誰もいないのよぉ……」
「いつも口うるさく言われるのは、オリヴィアの態度に問題があるからじゃないのかい?」
面倒くさいのに誰が好き好んで注意などするものか。だいたい相手がキャロラインでなくとも、これだけ手がつけられないのだから常日頃から口うるさく言われても当然じゃないか。
それでもこんな事でそんなに泣くかと思うようなオリヴィアの大泣きに、まるで自分が悪い事をしたかのような罪悪感を感じてしまう。
一体どうしたものか……わたしだけでなく、オリヴィアの扱いに慣れているはずのセスでさえ泣き止まないオリヴィアにため息を漏らした。
トントントン
ノックの音がして扉がゆっくりと開いた。
マリベルの後から部屋へと入ってきたアリスが駄々をこねる子供のように泣いているオリヴィアを見て目を丸くした。
「オリヴィア様、一体どうされたんですか?」
「アリー、みんなが私をいじ……」
アリスの声に顔を上げたオリヴィアが固まってしまう。
「えっ? アリーなの?」
「はい。あっ、違いました。本当はアリーじゃなくて、アリスなんです。あれ? これじゃ意味分かりませんよね」
一生懸命なアリスがたまらなく可愛い。
「へー。噂には聞いてたが、本当に髪が黒いんだ」
アリスに近づいたセスが物珍しそうにアリスの顔を覗きこんだ。
「瞳は真っ黒じゃなくて、濃茶か……綺麗な色だな」
至近距離で瞳を覗きこまれたアリスの頬が赤く染まる。
何て顔をしてるんだ!!
私以外に向かって乙女の顔をするのは許せない。急いでセスとアリスの間に割り込んだ。
「セス、少し近いよ」
「悪かった」と言ってセスが席に戻っていく。じゃあ我々も座ろうかとアリスに手を差し出したが、急に不安になり出していた手を引っ込めてしまった。
そのタイミングが悪かった。今回はどうやらわたしの手をとってくれようとしていたらしく、アリスは手を持ち上げたまま驚いたような顔でこちらを見ている。
「うわぁ、ウィルバート兄様ってばサイテーね」
さっきまで大泣きだったくせに、ここぞとばかりに口を出してくるオリヴィアにカチンとしながらも、
「アリス、違うんだ」
アリスにも最低だと思われたらどうしようという気持ちから、つい言い訳がましい言い方になってしまう。
「いえ、いいんです」
手を引っ込めたアリスが少しだけ切なげに見えたのは気のせいだろうか?
「いや、良くないだろう」
その手をキュッと握りしめるとアリスが再び驚いたような顔でわたしを見る。
「すまないね。もしかしたらアリスがわたしの手をとってくれないんじゃないかと思ったら、急に不安になってしまったんだよ」
アリスがわたしの手をギュッと握り返した。
「私の方こそさっきはごめんなさい。失礼な態度でしたよね」
あぁ、なんて可愛いいんだ。
不安そうに上目遣いで見つめられると抱きしめてしまいたくなる。
「そんなことはないよ。ただアリスに嫌われてしまったかと心配になっただけだよ」
「そんなことっ。さっきはただ顔を見られるのが恥ずかしかったんです」
「恥ずかしい? どうしてそんな風に思うんだい?」
アリスを安心させられるよう、できる限りの優しい笑顔を向けた。
「だって……涙で顔がぐちゃぐちゃでしたから。あんな汚い顔をウィルにだけは見られたくなかったんです」
変装のため塗りたくっていた化粧が涙でぐちょぐちょだったのだとアリスは言う。
わたしだけ……わたしを特別だと思っていることを感じさせるアリスの言葉がとても嬉しい。
「そんな事、気にすることはないよ。アリスはどんな姿だろうと世界一可愛いよ」
少し痩せたように見える頬に優しく触れると、アリスは目を伏せ恥ずかしそうに顔を赤らめた。
くーっ。たまらない。
こんな可愛いらしい子はこの世界どころか、どんな恋愛小説の中を探してもきっと見つからないだろう。アリスのその可愛いらしい姿から目が離せず、手を握りしめたまま見つめ続けた。
「ぐふっ」
珍妙な音が二人の甘い時間を現実へと連れ戻す。うっとりとした表情を浮かべていたアリスは気まずそうな顔をして一歩下がった。
そう言えばこの音を聞くのも久しぶりだな。懐かしさにふっと口元がゆるんだ。
「もう!! アナベルが変な音立てるから、ラブシーンが見れなかったじゃない」
後ろではプンスカ腹を立てるオリヴィアに、アナベルが申し訳ありません、興奮しちゃいましたと頭をさげている。
「ラ、ラブシーンなんて……」
慌てているアリスも可愛いけれど、わたしとしては誰が見ていても構わないからもっとアリスに触れていたかった。
その様子をクスクスとおかしそうに笑いながら見ていたキャロラインが立ち上がる。
「どうやらわたくし達はお邪魔のようですね。しばらくの間二人きりにしてさしあげましょう」
キャロラインの奴、珍しくいい事言うじゃないか。
「ではわたしは仕事に戻るといたしましょう」
エドワードはそう言うと、一番に部屋を出てカサラング公爵の取調べに戻って行った。
エドワードに続くように、キャロラインも立ち上がる。
「アリス様とお話ししたいことがたくさんございます。明日は必ずわたくしと過ごしてくださいね」
「はい。私もキャロライン様とゆっくりお話ししたいです」
「約束ですよ、ウィルバート様。明日はわたくしの番ですからね」
アリスを独り占めするのは今日だけですよと、キャロラインはわたしに念を押す。
「ちょっと。私はまだここにいるわよ。まだアリーの話を聞いてないんだから」
「そのようにごねるなんて、オリヴィア様もまだまだお子ちゃまなんですね」
キャロラインがバカにするように笑って部屋を後にした。
「何よ何よ何よ。気取っちゃって、やな女!!」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるオリヴィアに向かって、
「あー、悪いな。俺はもう寝るぞ」
バイバイジェスチャーのつもりなのか、あげた右手をひらひらさせてセスは出て行った。
「んもう、なんなのよ!! 皆ムカつくんだから。ルーカス、おかわり」
空になったカップを示しながら、紅茶を催促するオリヴィアにため息が出る。
「アリーもここに座りなさいよね。ルーカス、紅茶はアリーの分もね」
オリヴィアの隣に座るよう命令され、アリスは困ったような顔をしながらも素直に従った。
オリヴィアにこのまま居座られたら、アリスと二人きりの時間が過ごせやしない。
なんとかしてくれ。
カップを片付けていたアナベルにさりげなく目配せをする。うまく伝わったのか、アナベルは小さく頷くと口を開いた。
「あの……オリヴィア様。よろしければ別室でお話しを聞かせていただけませんでしょうか?」
「えー? 話?」
突然の申し出に、オリヴィアは怪訝な顔をする。
「はい。アリス様がラウル様と結婚する可能性があるかないか、オリヴィア様の見た感じの感想をお聞きしたいと思いまして」
「へっ?」
アリスのカップがカシャンと音を立てた。
驚くアリスを横に、もちろんいいわよっとオリヴィアは乗り気だ。
無事にオリヴィアは出て行ったけれど、なんだか複雑な気分だ。どうしてもアナベルを褒める気にはなれない。確かに恋愛ネタならオリヴィアは食いつくだろうが、アリスがラウルと結婚する可能性なんてあるわけがないんだから。
それに今の発言で、アリスがラウルを意識したらどうするんだ!!
『告白されたら好きになってしまう理論』とは少し違うが、人間には意識したら好きになってしまうという性質が多少なりともある。それにラウルはあれだけの美男子だ。アリスの意識の中からすぐさまラウルを追い出さねば危険だ。
それにはアリスの頭の中をわたしで満たしてしまえばいい。すすっと背後に忍び寄り、座ったままのアリスを後ろから抱きしめた。
「アリス、愛してるよ」
体を固くしたアリスが「えっ?」っと小さな声で驚きの声を出した。その戸惑っている様子がわたしを戸惑わせる。
っと、コホンという咳払いが聞こえた。
しまった!! まだルーカスが残っているのを忘れていた。
「いい雰囲気のところ申し訳ありませんが、わたくし共もこれで失礼いたします」
片付けをしていたルーカスがマリベルと共に一礼した。
「本日はお二人の久しぶりの再会ですので朝までお邪魔はいたしません。ですが!! まだ正式な婚約前ですので、くれぐれも節度ある行動をお願いいたします」
ルーカスが釘をさすようにジロリとわたしとアリスを交互に見た。
「よろしいですね。正式な婚約の前にご懐妊などということになれば、また大問題になりますので。くれぐれも……」
「大丈夫だよ。自制するから」
本当に自制してくださいよと念を押すルーカスを何とか部屋から追い出した。




