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王太子殿下は小説みたいな恋がしたい  作者: 紅花うさぎ


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93/117

93.ウィルバートは黙らせたい

「アリス……」


 再びこうしてアリスを抱きしめることができるなんて夢のようだ。ん? もしかしてこれは夢なのか?


 腕の中に閉じ込めたアリスは小さな子供のように声をあげて泣いている。こうしてアリスに会えるのなら、夢でも構わない。二度と逃がさないよう、アリスを抱く腕に力をこめた。


「ちょっと、ウィルバート兄様!! アリーが泣いてるじゃない!!」

 アリスを抱きしめるわたしの腕を引き離しにかかるのは従妹のオリヴィアだ。


「いきなり抱きつくなんて痴漢よ痴漢。早く離れてよね」


 大声で一体何を言っているんだ。

 ただでさえカサラング公爵の件で夜会中が落ち着かない状態だ。そんな中に噂好きの貴族達が飛びつきそうなネタを投下しないでもらいたい。


「わたしが痴漢なんてするわけがないでしょう」


「そんなの分からないわよ。爽やかなふりしてロリコンだったんだし、痴漢だってするかもしれないじゃない」


「ロリコンって……」

 誰かオリヴィアの口を塞いでくれないだろうか。


 これ以上わけの分からないことを叫ばれては、わたしの築き上げてきた完璧な王太子というイメージが崩壊してしまう。それでもオリヴィアの口からは容赦ない叫びが発射される。


「だから早くアリーから離れなさいってば!!」


「オリヴィア、少し落ちつきなさい」


 金切声をあげるオリヴィアの後ろから現れたのは、祖母と従弟のセスだった。


 よかった、これで少しはオリヴィアも大人しくなるだろう。そう思ったが……甘かった。


「セス兄様、ウィルバート兄様がアリスを襲ってるの」


「襲ってるだって?」

 セスが私に鋭い視線を向ける。


 もちろんそんなものに怯むわたしではないが、襲っているという濡れ衣を着せられるのはごめんだ。


「わたしはただ抱きしめているだけですよ」


「はぁ? 何勝手に人のパートナーに手を出してんだ?」


「アリスはわたしの恋人です。抱きしめて何が悪いんですか?」


「誰が誰の恋人だってぇ? こいつの恋人はなぁ……」


 何を思ったのか、セスが口をつぐんだ。ピリピリっとした空気がわたしとセスの間を流れる。


「オリヴィア、セス、あなた達は向こうに行っていなさい。ウィルバートとは私が話しますから」


 祖母のため息まじりの言葉にも、オリヴィアは全く従おうとしない。自分の欲求に素直なオリヴィアのことは嫌いではないけれど、こういう突っ走ってしまう所は少々めんどくさい。


 本当はアリスを離したくないが、仕方ない。

 腕を緩めると、オリヴィアはくいっとアリスを引きずり出した。


「まぁ、ひどい顔。化粧がとれて大変なことになってるじゃない」

 オリヴィアがわたしを睨みながら、アリスの濡れた瞳にハンカチを当てる。


「ウィルバート殿下」


 名前を呼ばれて思わずあっと声を出しそうになった。目の前のカーティスがわたしに剣を差し出すのを見て、自分が剣を落としていたことに気がついた。アリスに夢中で忘れていたが、わたしはカーティスに対して剣を抜いていたのだった。


 カーティスに礼を言い、受け取った剣をあるべき場所にきちんと収めた。


「君はアリスを殺したわけではなかったんだね?」

 わたしの問いに、カーティスは弱々しく「はい」と答えた。


 カーティスに罪があるのかないのか、今判断することはできない。詳しい話を聞くまで王宮に留まるよう指示をすると、カーティスは頭をさげ去って行った。


 それよりアリスだ。とにかく邪魔なオリヴィア達から離れて、アリスと二人きりになりたい。そうすれば思う存分アリスを抱きしめることができる。


 そんなわたしの浮き立つ心を邪魔するかのように、突然会場からどよめきが起きた。


 また何か起こったのか? まさかアリスに何かあったわけではないだろうな?


 今日一番のどよめきに不安になるが、アリスはわたしの目の前でオリヴィアに構われているので大丈夫そうだ。


 それなら一体何なんだ? 

 困惑する私の前にキャロラインが飛び出してきた。


「ウィルバート様!!」


 そういうことか。どよめきの原因はこれだなと、息があがったキャロラインを見て納得した。

この感じだと結構な距離を走ってきたに違いない。クールビューティーだ、淑女の鑑だ、などと言われているキャロラインが、夜会の場で全力疾走したら、目撃者がどよめくのも当然だ。


 息を切らせ、涙目になったキャロラインがわたしに詰め寄る。


「アリス様、アリス様はどこです? 生きていたんですよね?」


 頷いた私の視線の先を確認したキャロラインは、いつもと違う姿のアリスの後ろ姿に一緒戸惑いを見せた。


「アリス……様?」


 恐る恐るといった様子のキャロラインだったが、振り向いたアリスを見た瞬間、アリスに抱きついた。


「アリス様!!」


 再び会場にどよめきが起こる。

 そりゃそうだろう。こんなに感情丸出しのキャロラインなんてそうそう見れるものではないんだから。


「ちょっと、いきなりなんなのよ?」


 アリスに抱きついたキャロラインをオリヴィアが引き離しにかかる。そんなオリヴィアのことなど目に入らない様子で、キャロラインはアリスにしがみついて涙を流している。


「ちょっと、私のアリーから離れなさいよ」


 オリヴィアの金切声に、アリスがキャロラインから離れオリヴィアをなだめ始めた。不愉快そうなオリヴィアに困っているアリスが可愛くてついつい顔がゆるむ。


「アリス、それにキャロライン嬢も。ここではゆっくり話もできないから場所を移そう」


 本当はアリスと二人きりになりたいところだが、キャロラインのアリスを想う気持ちも分からなくもない。ここは3人、いや、アナベルもいれて4人でのんびり語りあうのもいいかもしれない。


「アリス、行こうか?」


 差し出したわたしの手をとることなく、アリスは俯いたまま頷いた。そしてそのままキャロラインの陰に隠れるようにして歩き出してしまった。


 ん? アリスの態度は何かおかしくはないか?

 何か嫌われるようなことをしてしまっただろうか?


 人前で抱きしめたことがまずかったのか?

 それともしばらく会わない間に何かあったのか……


 キャロラインには笑顔を向けていることからして、気に入らないのはわたしだけということか。

あぁ、後ろがやかましくて考えがまとまらない。


「ウィルバート兄様ってば、一体何がどうなってるの? アリーがアリスってどういうことよ? アリスって幼女は死んだんじゃなかったの?」


 後ろからついてくるオリヴィアの質問攻めにうんざりしてしまう。だいたいわたしだってこの状況を把握しきれてないんだから、説明のしようがない。


「だいたいウィルバート兄様が夜会を離れてもいいわけ? あんな騒ぎの後なんだし、うるさい貴族達のフォローとかした方がいいんじゃないの?」


「わたしがいなくても、父やお祖母様がいるから大丈夫ですよ」


 本来なら王太子という立場上、こんな騒ぎの中抜け出すのは間違いだろう。まぁそれについては後で、祖母とルーカスにこってり説教されるとしよう。


「わたしより、セスは抜けて出てもよかったのかな?」

 オリヴィアだけでも邪魔なのに、何故かセスまでついて来てしまった。


「アリス様〜!!」


 部屋に近づいた所で、廊下の向こうから大声と共にアナベルが突進してくる。


「アリスざまぁ……生ぎでらじだんですね……」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃのアナベルの手を取り、アリスも再び涙を流す。二人のやりとりに、熱いものが込み上げてくる。


「まぁアナベル、そんなに泣いてはアリス様を困らせてしまいますよ」

 アナベルの後ろから顔を出したのは、アナベルの母であるマリベルだ。


「ウィルバート殿下、お久しぶりでございます」


「やぁ、マリベルが王宮に来るのは珍しいね」


「はい。今回はアリス様付きの侍女として参らせていただきました」


「アリスの?」

 驚く私に、後ろからオリヴィアの声が飛んでくる。


「マリベルのその言い方って、やっぱりアリーがアリスってことなの?」


「まぁ。説明がまだなのですね」

 それは大変だとマリベルがアナベルを急かし、わたし達を部屋へと案内する。


「お待ちしておりました」

 待機していたルーカスがアリスを見て、

「マリベルから変装しているとは聞いていましたが、正直これほどのレベルだとは思いませんでした」

 感心したような声をあげる。


「そんなことより、早くお茶いれてよね」

 さっさと部屋に入り、ソファーに腰掛けていたオリヴィアがお茶の催促をする。


「アリス、わたしの隣に……」

 座らないかと言い終わる前に、ふいっと顔をそらされてしまう。


 えっ……聞こえていないのか?


「アリス、こっちに……」

 アリスが再びふいっと首をそらした。


 あぁ、これは。明らかにわたしを避けてるみたいだね。それにしてもここまであからさまに顔を背けるなんてひどくないかい? わたしのことを直視するのも嫌だってことなのか?


「おい、何すっ立ってんだ? こっち来てさっさと座れよ」


 セスが声をかけると、アリスは一瞬どうしようかと考えたようだが、大人しくセスの隣に腰掛けた。


 おいっ。

 わたしの隣は嫌でもセスの隣には座るのか!!


 恨みがましい目でアリスを見ると、再びアリスはそっぽを向いた。

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